74 / 111
続編/燈子過去編
不安の日々(燈子)―1
しおりを挟む
店の奥のスタッフルームで麻里奈と遅いランチを取っていた。レンジで温めたお弁当を取り出そうとしていたら麻里奈の驚いた声に思わず取りこぼしそうになる。
「ええ?駿くん会ってんの?」
「ストレスで死にそう……」
昨夜自分が平常心を保つのにどれだけ苦労したか、そして自分のポーカーフェイスさに感心した。多分、彼は気づいていない。幸いなことに私の動揺は女性の名刺の携帯番号に注がれていると思い込んでいる。
「燈子の前にいた会社に来てるってこと?それで駿くんと仕事で絡んでるわけ?」
「どれくらい絡んでるのかわからないけど……外部監査って言ってたから私のいた関連会社の方に昔来ていた時と同じ感じかな……本体の方に来てるから部署としてお手伝いしてるって聞いたけどしっかり監査に駿くんが絡んでることはないと思うんだけど」
「えー、気づいてる可能性は?」
「ないはず、二人ともないと思う。私は職場も離れてるしあの人と接触する機会はもうないし。もしあるなら駿くんが私のことを言う以外ないと思うけど、そんな会って数回の人にプライベートなこと話すような人じゃない」
そう言ったら麻里奈がう~ん、と唸りながらお箸を咥えて何かを考えている。
「なんか内緒にしててもバレちゃいそう、だからもう先に燈子が会って終わらせた方が良くない?なんか駿くんってそういうの気づいちゃうよ、絶対!」
麻里奈は彼に何度か会っている。コミュ力の高い者同士、そして私という共通点があって出会ってすぐに仲良くなっていた。そんな二人を横目にすごいなぁと他人事のように見ていたのだけど、あとで麻里奈は私に言ってきた。
「駿くんって洞察力がすごい人だね。会話をしててもさぁ、相手の意図とか思考が読めるんだろうね、常に先回りしてくるじゃん。コミュニケーションの取り方やばいわぁ」
そうなのだ、私も一番そこが不安ではある。私から打ち明けるのは勇気がいる、けれどもし彼が先に気づいてしまったらどうしよう。情報が限られていても相手の意図を素早く読み取れる、そこが洞察力に長けた人。そして彼は間違いなくそれができる。
「駿くんはさぁ、先入観や固定観念とかは持たずに客観的に物事の本質にたどり着いてくれるとは思うよ?そのうえで適確な意見とか考えを持ってくれるって私は思う。でもだからこそ燈子から話をした方がもっとスムーズなんじゃないかなぁ。言わないってことをどう受け止めるかだと思うんだよね」
「……どういうこと?」
「言いたくない本音が知りたくならない?どうして自分には話してくれなかったんだって。それってさ、客観的にはなかなか捉えられないよ。好きな人相手にそこまで冷静になれるかなって。燈子の持つ不安と駿くんが感じる不安は別物だと思うよ?燈子だって思うでしょ?なんでも自分に話してほしいって、そう伝えてるんじゃないの?」
麻里奈の言う通りだ。
話した方がいいのかもしれない、変に勘繰られたり心配させるくらいなら正直に話して知ってもらうほうが安心かも、そんな気持ちが芽生えてきてもまたすぐに心の扉が閉じてしまう。
あの頃――、精神的に弱っていた私は彼の優しさを目の前にして、心のやり場を見失って縋ってしまった。
雨の中濡れた私たち。
お礼を言う前に泣きじゃくってしまった私に何も言わず、その人は落ち着くまで傍にいてくれた。ようやく涙を止められた私は冷静になるととたんに慌ててなにかお礼を、そう言ったが「そんなつもりではない」と、優しく笑顔で突っぱねられた。
結局なにも出来ないままその人は行ってしまって私の手の中には失うと思ったブルートパーズのピアスが舞い戻ってきた。
もしまた落としたらたまらない、そう思ってつけるのはやめようか、そんな風にも思ったが、変化を起こすのが怖かった。今まで当たり前に行っていたことをあえて変えるのは勇気がいった。母のこともある、身に着けていたものを外したくはなく、ピアスをまたお守りとして耳に戻した。
その数日後、母も無事に退院でき、当たり前の日常が戻りつつあった。
そんな時、偶然また再会できたのだ。
「ええ?駿くん会ってんの?」
「ストレスで死にそう……」
昨夜自分が平常心を保つのにどれだけ苦労したか、そして自分のポーカーフェイスさに感心した。多分、彼は気づいていない。幸いなことに私の動揺は女性の名刺の携帯番号に注がれていると思い込んでいる。
「燈子の前にいた会社に来てるってこと?それで駿くんと仕事で絡んでるわけ?」
「どれくらい絡んでるのかわからないけど……外部監査って言ってたから私のいた関連会社の方に昔来ていた時と同じ感じかな……本体の方に来てるから部署としてお手伝いしてるって聞いたけどしっかり監査に駿くんが絡んでることはないと思うんだけど」
「えー、気づいてる可能性は?」
「ないはず、二人ともないと思う。私は職場も離れてるしあの人と接触する機会はもうないし。もしあるなら駿くんが私のことを言う以外ないと思うけど、そんな会って数回の人にプライベートなこと話すような人じゃない」
そう言ったら麻里奈がう~ん、と唸りながらお箸を咥えて何かを考えている。
「なんか内緒にしててもバレちゃいそう、だからもう先に燈子が会って終わらせた方が良くない?なんか駿くんってそういうの気づいちゃうよ、絶対!」
麻里奈は彼に何度か会っている。コミュ力の高い者同士、そして私という共通点があって出会ってすぐに仲良くなっていた。そんな二人を横目にすごいなぁと他人事のように見ていたのだけど、あとで麻里奈は私に言ってきた。
「駿くんって洞察力がすごい人だね。会話をしててもさぁ、相手の意図とか思考が読めるんだろうね、常に先回りしてくるじゃん。コミュニケーションの取り方やばいわぁ」
そうなのだ、私も一番そこが不安ではある。私から打ち明けるのは勇気がいる、けれどもし彼が先に気づいてしまったらどうしよう。情報が限られていても相手の意図を素早く読み取れる、そこが洞察力に長けた人。そして彼は間違いなくそれができる。
「駿くんはさぁ、先入観や固定観念とかは持たずに客観的に物事の本質にたどり着いてくれるとは思うよ?そのうえで適確な意見とか考えを持ってくれるって私は思う。でもだからこそ燈子から話をした方がもっとスムーズなんじゃないかなぁ。言わないってことをどう受け止めるかだと思うんだよね」
「……どういうこと?」
「言いたくない本音が知りたくならない?どうして自分には話してくれなかったんだって。それってさ、客観的にはなかなか捉えられないよ。好きな人相手にそこまで冷静になれるかなって。燈子の持つ不安と駿くんが感じる不安は別物だと思うよ?燈子だって思うでしょ?なんでも自分に話してほしいって、そう伝えてるんじゃないの?」
麻里奈の言う通りだ。
話した方がいいのかもしれない、変に勘繰られたり心配させるくらいなら正直に話して知ってもらうほうが安心かも、そんな気持ちが芽生えてきてもまたすぐに心の扉が閉じてしまう。
あの頃――、精神的に弱っていた私は彼の優しさを目の前にして、心のやり場を見失って縋ってしまった。
雨の中濡れた私たち。
お礼を言う前に泣きじゃくってしまった私に何も言わず、その人は落ち着くまで傍にいてくれた。ようやく涙を止められた私は冷静になるととたんに慌ててなにかお礼を、そう言ったが「そんなつもりではない」と、優しく笑顔で突っぱねられた。
結局なにも出来ないままその人は行ってしまって私の手の中には失うと思ったブルートパーズのピアスが舞い戻ってきた。
もしまた落としたらたまらない、そう思ってつけるのはやめようか、そんな風にも思ったが、変化を起こすのが怖かった。今まで当たり前に行っていたことをあえて変えるのは勇気がいった。母のこともある、身に着けていたものを外したくはなく、ピアスをまたお守りとして耳に戻した。
その数日後、母も無事に退院でき、当たり前の日常が戻りつつあった。
そんな時、偶然また再会できたのだ。
12
お気に入りに追加
164
あなたにおすすめの小説
甘やかしてあげたい、傷ついたきみを。 〜真実の恋は強引で優しいハイスペックな彼との一夜の過ちからはじまった〜
泉南佳那
恋愛
植田奈月27歳 総務部のマドンナ
×
島内亮介28歳 営業部のエース
******************
繊維メーカーに勤める奈月は、7年間付き合った彼氏に振られたばかり。
亮介は元プロサッカー選手で会社でNo.1のイケメン。
会社の帰り道、自転車にぶつかりそうになり転んでしまった奈月を助けたのは亮介。
彼女を食事に誘い、東京タワーの目の前のラグジュアリーホテルのラウンジへ向かう。
ずっと眠れないと打ち明けた奈月に
「なあ、俺を睡眠薬代わりにしないか?」と誘いかける亮介。
「ぐっすり寝かせてあけるよ、俺が。つらいことなんかなかったと思えるぐらい、頭が真っ白になるまで甘やかして」
そうして、一夜の過ちを犯したふたりは、その後……
******************
クールな遊び人と思いきや、実は超熱血でとっても一途な亮介と、失恋拗らせ女子奈月のじれじれハッピーエンド・ラブストーリー(^▽^)
他サイトで、中短編1位、トレンド1位を獲得した作品です❣️
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
【完結】元カレ消防士からの爽やかな溺愛~厚い胸と熱い思いで家族ごと愛されて~
朝永ゆうり
恋愛
元旦那との離婚後、実家に戻った梓桜(あずさ)は自分が一人では何もできないダメ人間だと落ち込んでいた。
何とか仕事を見つけ、自立した人間になるために頑張らないとと思った矢先。
息子の大好きな消防車両を見に行くと、そこでは高校時代の元カレ・大輝(だいき)が消防職員として働いていた。
高校時代、優しくて爽やかで、お日さまみたいにみんなを照らすムードメーカーだった大輝。
そんな大輝はあの日と変わらず爽やかに、お日さまみたいな笑顔を浮かべていた。
シングルマザーだと言った梓桜を、大輝は気にかけ心配する。
さらに、倒れた父親を助けに救助隊としてやってきたり、息子の入院準備を手伝ってくれる大輝。
そんな大輝に胸が甘く疼くけれど、梓桜はそれを大輝の優しさだと受け取っていた。
それなのに――
「決めた。俺、梓桜にアタックする」
「だから、俺のこと、もう一度好きになってほしい」
*****
オールラウンダーな消防職員
使命感に燃える優秀な消防隊長
佐岡 大輝
Daiki Saoka
×
離婚した自分に自信を持てない
それでも前を向きひたむきに頑張る
塩沢 梓桜
Azusa Shiosawa
*****
優しくて、爽やかで、逞しくて、頼りになる、お日さまみたいな大輝。
そんな彼からの止まらない溺愛は、やがて梓桜の家族をも巻き込んでいく――
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
私の心の薬箱~痛む胸を治してくれたのは、鬼畜上司のわかりづらい溺愛でした~
景華
恋愛
顔いっぱいの眼鏡をかけ、地味で自身のない水無瀬海月(みなせみつき)は、部署内でも浮いた存在だった。
そんな中初めてできた彼氏──村上優悟(むらかみゆうご)に、海月は束の間の幸せを感じるも、それは罰ゲームで告白したという残酷なもの。
真実を知り絶望する海月を叱咤激励し支えたのは、部署の鬼主任、和泉雪兎(いずみゆきと)だった。
彼に支えられながら、海月は自分の人生を大切に、自分を変えていこうと決意する。
自己肯定感が低いけれど芯の強い海月と、わかりづらい溺愛で彼女をずっと支えてきた雪兎。
じれながらも二人の恋が動き出す──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる