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本編
35話・心地よい時間(燈子)
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電車に乗って一駅。
普段はあまり降りない駅の裏通りで、ひっそりとした隠れ屋的なお店へ高宮さんが連れてきてくれた。
「食通の友達に教えてもらったんですよね。うまいですよ?」
そう笑う顔がカッコいい。
まずは飲み物を頼もうとアルコールのメニュー表を手渡すと断られた。
「俺は今日飲まないんで。酒の力は使いたくないし、一滴の酒も理由にしたくないんで」
「……私も本当はお酒、得意じゃないんです」
「そうなんですか」
意外そうに言われた。
「ビール一杯飲めたらもう満足できるタイプです。日本酒なんて……もうそんな」
前の飲み会がいい例だ。すぐに悪酔いしてしまう。
「強そうなのに」
クスっと笑われてなんだか恥ずかしくなる。
「強いのは高宮さんでしょう?前もあんな度数の高い泡盛……それよりも前から飲んでたのに、でしょ?」
「あ~、あれはでも結構きつかったですね。泡盛とかはあんまり好きじゃないかも」
「じゃあ……ビールとか?」
「ビールも好きだけど……うーん、ワインが一番好きかも」
(ワイン……似合いすぎる)
そんな知らない一面を知ると勝手にドキドキしてくるからそれを悟られないようにメニュー表に視線を落とした。
「ジンジャーエールにしようかな……飲んでるっぽくなるし」
照れ隠しで笑うと「じゃあ俺もそれで」と、また笑ってくれる。
間接照明に照らされて細いグラスの中で泡立つジンジャーエールの淡い琥珀色に見惚れてしまった。
「綺麗な色……ブラウントパーズみたい」
雫が浮かぶ細長いグラスに指先を這わせながら思わずつぶやくと彼が言った。
「もうつけないんですか?昔つけてた……ブルートパーズ」
(覚えていてくれたの?)
「……ひとつ失くしちゃって。母から譲り受けてた物なので同じ物はもう売ってないんです。だからまた失くすと困るから家で保管してます」
「それは残念でしたね」
「気づいたらなかったから、緩んでたのかな……ショックでした」
そんな懐かしい話をしていると料理が運ばれてきて終始和やかに美味しい食事を楽しんだ。来る前の緊張が嘘みたいな穏やかで楽しい時間だ。アルコールなど一滴も入っていないのに酔っているような浮遊感――心地よかった。
彼から醸し出される柔らかな空気が、彼の傍にいれる穏やかな時間がどうしようもなく心地よかった。
「あの、本当にいいんですか?ご馳走になって」
割り勘を頼んだのにサラリと断られて、店先でしつこく言えば彼の顔をつぶすことにもなると思って店を出てからもう一度聞いた。
「もちろん、誘ったの俺だし。今日は迷惑もかけたので」
迷惑をかけられたのはどう考えても彼の方だと思うのだけど、聞き入れてくれそうにない。渋る私を見かねて彼が言ってきた。
「今日は俺に奢らせてください。そんなに気になるなら次は美山さんにご馳走になります」
次、と自然に言われて顔がホワッと赤くなった。
(次があるのか……)
その顔を見られたくなくて頭を下げる。
「では、ごちそうさまでした」
「いいえ、このあとまだ時間ありますか?あるならもう少し付き合ってください」
私の返事を聞く前にさっさと通りを出て駅前まで行きタクシーに乗せられた。着いた先は見覚えのある場所だ。
普段はあまり降りない駅の裏通りで、ひっそりとした隠れ屋的なお店へ高宮さんが連れてきてくれた。
「食通の友達に教えてもらったんですよね。うまいですよ?」
そう笑う顔がカッコいい。
まずは飲み物を頼もうとアルコールのメニュー表を手渡すと断られた。
「俺は今日飲まないんで。酒の力は使いたくないし、一滴の酒も理由にしたくないんで」
「……私も本当はお酒、得意じゃないんです」
「そうなんですか」
意外そうに言われた。
「ビール一杯飲めたらもう満足できるタイプです。日本酒なんて……もうそんな」
前の飲み会がいい例だ。すぐに悪酔いしてしまう。
「強そうなのに」
クスっと笑われてなんだか恥ずかしくなる。
「強いのは高宮さんでしょう?前もあんな度数の高い泡盛……それよりも前から飲んでたのに、でしょ?」
「あ~、あれはでも結構きつかったですね。泡盛とかはあんまり好きじゃないかも」
「じゃあ……ビールとか?」
「ビールも好きだけど……うーん、ワインが一番好きかも」
(ワイン……似合いすぎる)
そんな知らない一面を知ると勝手にドキドキしてくるからそれを悟られないようにメニュー表に視線を落とした。
「ジンジャーエールにしようかな……飲んでるっぽくなるし」
照れ隠しで笑うと「じゃあ俺もそれで」と、また笑ってくれる。
間接照明に照らされて細いグラスの中で泡立つジンジャーエールの淡い琥珀色に見惚れてしまった。
「綺麗な色……ブラウントパーズみたい」
雫が浮かぶ細長いグラスに指先を這わせながら思わずつぶやくと彼が言った。
「もうつけないんですか?昔つけてた……ブルートパーズ」
(覚えていてくれたの?)
「……ひとつ失くしちゃって。母から譲り受けてた物なので同じ物はもう売ってないんです。だからまた失くすと困るから家で保管してます」
「それは残念でしたね」
「気づいたらなかったから、緩んでたのかな……ショックでした」
そんな懐かしい話をしていると料理が運ばれてきて終始和やかに美味しい食事を楽しんだ。来る前の緊張が嘘みたいな穏やかで楽しい時間だ。アルコールなど一滴も入っていないのに酔っているような浮遊感――心地よかった。
彼から醸し出される柔らかな空気が、彼の傍にいれる穏やかな時間がどうしようもなく心地よかった。
「あの、本当にいいんですか?ご馳走になって」
割り勘を頼んだのにサラリと断られて、店先でしつこく言えば彼の顔をつぶすことにもなると思って店を出てからもう一度聞いた。
「もちろん、誘ったの俺だし。今日は迷惑もかけたので」
迷惑をかけられたのはどう考えても彼の方だと思うのだけど、聞き入れてくれそうにない。渋る私を見かねて彼が言ってきた。
「今日は俺に奢らせてください。そんなに気になるなら次は美山さんにご馳走になります」
次、と自然に言われて顔がホワッと赤くなった。
(次があるのか……)
その顔を見られたくなくて頭を下げる。
「では、ごちそうさまでした」
「いいえ、このあとまだ時間ありますか?あるならもう少し付き合ってください」
私の返事を聞く前にさっさと通りを出て駅前まで行きタクシーに乗せられた。着いた先は見覚えのある場所だ。
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