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10. 最終課題は先に確認しよう (リヒター視点)
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結婚式は無事に終わった。
黄色のダリアの花の衣装も好評だった。
父上は一言、とても綺麗だよ、と仰ってくださったが、それ以外は話す機会もなく、何か余計なことを言ってしまうかもというのは杞憂に終わった。
母上のおじい様とおばあ様とも、当日のパーティーでしかお会いすることもなく、緊張した私に気付いたヴェルナーがさりげなく支えてくれた。伯父上に言った、得難い方と縁を結ぶことが出来たという言葉は本心だ。ヴェルナーでよかった。
けれど疲れた。私は友人もいないし、パーティーの参加者のほとんどは公爵家のお付き合いの相手だ。愛想笑いも数年分は使い切った気がする。
衣装も脱いで部屋着に着替えたところで、ソファーでダラけている。お行儀が悪いと怒られそうだが、引きこもりが頑張ったのだから、許してほしい。
「ところでリヒター、今夜は初夜だけど、どうしたい?」
忘れていたわけじゃない。忘れていたわけじゃないけど、あえて考えないようにはしていた。
殿下の婚約者だったので、一通りの知識はある。殿下のお手を煩わせないよう、どうやって準備をすればいいのかも、教えられている。
それが自分の役目だと分かっていたし、特に思うことはなかった。そうなるように誘導されていたのもある。
けれど、相手がヴェルナーだと思うと、恥ずかしいのだ。
ヴェルナーは2回目だから大したことがないのかもしれないが、私はすでにいっぱいいっぱいだ。
だいたい私の経験値が低いのは分かってるんだから、そこはヴェルナーがさりげなくリードしてくれればいいじゃないか。
恥ずかしさが怒りに変わって八つ当たりしていたら、ヴェルナーが笑い出した。
「何もしないから、一緒に寝よう。さすがに初日から別々の部屋では周りが心配するからね」
「そのつもりなら、最初からそう言ってくださいっ」
「ごめんね。うろたえる君が可愛くて」
ちょっと意地悪く笑っているし、ヴェルナーはSだ。そんなこと、この場面で気づきたくなかった。
用意されたお風呂には、バラの花びらが浮かべてあった。だよね、そうだよね、初夜だもんね。自分が入るのでなければロマンチックで素敵だと思えるけど、当事者になると、ただただ恥ずかしい。
結局、さらに緊張するだけで温まることも出来ずにお風呂から出た。
寝室に向かうと、こちらは窓辺や天蓋に黄色いダリアが飾ってあるだけだった。用意してくれた人グッジョブ。これでバラの花びらがまかれていたら、恥ずかしさのあまりに逃亡した気がする。
それに、草木染めが成立するくらいだから、花びらを散らしていたら、踏みつけて潰れたところが染まってしまうんじゃないかと気になる。
どうやって待っていればいいのか分からず、ベッドの前で立ち尽くしていたら、別の部屋で準備を済ませたヴェルナーが寝室に入って来た。
「早かったんだね。ちゃんとお風呂で温まった?」
「いえ、その……」
「緊張で入ってられなかったのかな」
くすくすと笑うヴェルナーにベッドへと誘導されて、大人しく従った。もうホント許容量を超えているので許してください。
キングサイズのベッドは、2人で寝ても余裕がある。
「リヒター、そんなに隅っこにいないで、こっちにおいで。さすがに傷つくよ」
これだけ広いんだからくっつかなくてもいいのに、手の届くところまで近づかないと、ヴェルナーが許してくれない。
仕方なく近づいたら、優しい手つきで髪を撫でられた。
「そんなに緊張しないで。今日は疲れただろう。ゆっくりお休み」
額にキスをして優しくささやかれた言葉は、まるで幼子をあやす様で、私の中で硬く凍り付いていた何かが溶け出す気がした。
「……そんなに優しくしないでください」
「リヒター?泣いているの?ごめん、嫌だった?」
「そんなに優しくされたら、期待してしまうから」
私だけを愛してもらえるんじゃないかと期待してしまう。
ヴェルナーとはそんな関係じゃない。父上が私の世話と領地運営のためにつけた人だ。
期待したところで応えられることはないのに。期待しても叶わなくてつらい思いをするだけだ。
緊張で眠れないと思っていたけれど、疲れていた身体は睡眠を欲したようで、気付けば翌朝だった。
目の前にヴェルナーの顔があるのを見て、状況を思い出した。少し寝坊したようだ。
こういうときに、ぐっすり眠れる自分の図太さに呆れていいのか、喜んでいいのか、どっちだろう。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。眠れました」
朝食を用意してもらおう、と言いながら起き上がったヴェルナーを見ながら、どう振る舞えばいいのか考えているが、正解が分からない。
「また余計なことを考えてるね。新婚なんだから、しばらく私に甘やかされていなさい」
額にキスをされて、頭が沸騰した。
昨日もされたけど、あれは夜で、今は朝で、明るくて、えっと、むり。
再度ベッドに潜り込んでいたら、朝食の準備が出来たと呼びに来たヴェルナーに、ベッドから引っぱり出された。
「昨日もあまり食べてないんだし、まずは食べて。お腹がすくと余計なことを考えるからね」
「昨日から子ども扱いされている気がします」
「新妻として扱ってあげようか?」
「子どもでいいですっ!」
耳元で囁くように言われて、即座に白旗を上げた。
経験値の差で全く勝てる気がしないのに、勝負を挑んでも無駄な体力を消耗するだけだ。
前世を含めれば私のほうが人生経験は長いはずだが、こと恋愛関連となると経験の薄さは否めない。前世で恋人はいたのに、その経験が何の役にも立っていないのは何故だ。
使用人に手伝ってもらいながら手早く朝の支度を済ませてリビングに向かうと、朝食のパンを盛り付けた籠にも黄色いダリアの花が飾ってあった。開花期には少し早いので、このために温室で用意してくれたのだろう。
私の視線を追ったヴェルナーが、何を見ているのかに気付いた。
「黄色のダリアが私たちの印のようだね」
「初めてもらった花だから嬉しいです」
「じゃあ毎年収穫祭に贈るよ」
続いていく未来の約束が嬉しい。
あの時はヴェルナーに貰ったということよりも、領民が私のために色を変えてくれたことが嬉しかった。実際のところ私はピンクでも構わないけど、その気持ちが嬉しかったのだ。
でも今は、この優しい時間が続いていく象徴のようで嬉しい。
「君は薬草のほうが喜ぶかと思ったけど」
「薬草にも花をつけるものはありますよ。カレンデュラは綺麗な花を咲かせますが、花が薬になります。アグリモニアも黄色い花で、葉も花もすべてが薬になります。他にも、……すみません」
思わず花を咲かせる薬草をつらつらと上げて、我に返った。
ヴェルナーはにこにこと聞いてくれているけど、新婚の朝にする会話ではない気がする。
「いいよ。君が詩をよみ始めるほうが心配になるよ」
「後朝の歌ですか」
平安貴族じゃないし、と思わず突っ込んでしまったが、ヴェルナーに分かるわけもない。
さあ食べようと食事を始めたが、気を遣ってくれたのかいつもは給仕をするためにいる使用人が全員退室したので、ヴェルナーとふたりだけだ。
お茶のお替りはいる?とヴェルナーに世話をされている。なんだかお母さんみたいだなと、失礼なことを考えてしまった。
ちょっと口うるさかったけど、仕事に忙殺されていた私をいつも気にかけてくれたお母さん。
私が家族の、父上の愛情を求めてしまったのは、前世の記憶があるからなのだろう。なければ、知らなければ、貴族などこんなものだと割り切ることが出来たはずだ。
記憶があるのも善し悪しだ。
5日後に領地に帰るまで、特に予定はない。
新婚ということで夜会への参加も免除されているし、挨拶するべき相手とは式の前とその後のパーティーで全て済ませている。
つまり、やることがない。
調薬したいなと思うものの、流石にここでそれを言い出さないだけの分別はある。
手持ち無沙汰でぼーっとしていたら、ヴェルナーに笑われた。
「暇を楽しんだらどう?」
「どう楽しめばいいのか……、時間を測ればいいんでしょうか」
「リヒターには難しいか。隣りにおいで」
呼ばれたので、ヴェルナーの隣に座ると、肩を抱かれた。
「えっと……」
「この5日間の仕事は、私に慣れること」
「慣れる」
「そう、最終日にはリヒターから抱き着いてキスしてくれると嬉しいな」
「それは……っ」
逃げようとしたが肩を抱かれていたので、逃げられない。
自分からってハードルが高すぎる。
「領地に帰ったら、毎朝行ってらっしゃいのキスを、夜はお帰りのキスをしてね」
「無理です」
「頑張って。そのための5日間の練習だよ」
攻略不可能な課題を出さないでほしい。
この国ではそれが普通なんだろうか。父上とアルベルトの母上のそういう所は見たことがないが、私が温室と調薬小屋に籠っていたからかもしれない。
気付くと、あれこれ考えている私を見て、ヴェルナーが笑っていた。
やっぱりヴェルナーはSだ。私がうろたえているのを楽しんでる。なんか悔しい。
そう思ったら、反抗心がむくむくと湧いてきた。
5日間の羞恥と、今の一瞬の羞恥。羞恥の度合いを時間の関数f(t)とした場合、積分すれば一瞬の羞恥のほうが小さいはずだ。
ここは度胸だ。やれば出来る。私は出来る子だ。
首に抱き着いて、頬にキスをした。
これでどうだ!
「リヒター、もうちょっとムードを大切にしようか」
「課題はクリアしたはずです」
「課題……、そうだね。じゃあ次の課題は、愛を囁きながらキスしてね」
「出来ませんっ!」
「大丈夫、いま1つクリアできたんだから、次も出来るよ」
最終課題を確認しなかった私のミスだけど、後出しなんてひどいとムスッとしていたら、額にキスをされて、恥ずかしさに怒りもしぼんでしまった。
「私の可愛い子猫ちゃん、頑張って」
悔しい。
もてあそばれてるけど、言い返すとさらに逃げ道を塞がれそうで言い返せないのがもっと悔しい。
それに私は犬派だ。どこかでかみついて逃げてやる。
黄色のダリアの花の衣装も好評だった。
父上は一言、とても綺麗だよ、と仰ってくださったが、それ以外は話す機会もなく、何か余計なことを言ってしまうかもというのは杞憂に終わった。
母上のおじい様とおばあ様とも、当日のパーティーでしかお会いすることもなく、緊張した私に気付いたヴェルナーがさりげなく支えてくれた。伯父上に言った、得難い方と縁を結ぶことが出来たという言葉は本心だ。ヴェルナーでよかった。
けれど疲れた。私は友人もいないし、パーティーの参加者のほとんどは公爵家のお付き合いの相手だ。愛想笑いも数年分は使い切った気がする。
衣装も脱いで部屋着に着替えたところで、ソファーでダラけている。お行儀が悪いと怒られそうだが、引きこもりが頑張ったのだから、許してほしい。
「ところでリヒター、今夜は初夜だけど、どうしたい?」
忘れていたわけじゃない。忘れていたわけじゃないけど、あえて考えないようにはしていた。
殿下の婚約者だったので、一通りの知識はある。殿下のお手を煩わせないよう、どうやって準備をすればいいのかも、教えられている。
それが自分の役目だと分かっていたし、特に思うことはなかった。そうなるように誘導されていたのもある。
けれど、相手がヴェルナーだと思うと、恥ずかしいのだ。
ヴェルナーは2回目だから大したことがないのかもしれないが、私はすでにいっぱいいっぱいだ。
だいたい私の経験値が低いのは分かってるんだから、そこはヴェルナーがさりげなくリードしてくれればいいじゃないか。
恥ずかしさが怒りに変わって八つ当たりしていたら、ヴェルナーが笑い出した。
「何もしないから、一緒に寝よう。さすがに初日から別々の部屋では周りが心配するからね」
「そのつもりなら、最初からそう言ってくださいっ」
「ごめんね。うろたえる君が可愛くて」
ちょっと意地悪く笑っているし、ヴェルナーはSだ。そんなこと、この場面で気づきたくなかった。
用意されたお風呂には、バラの花びらが浮かべてあった。だよね、そうだよね、初夜だもんね。自分が入るのでなければロマンチックで素敵だと思えるけど、当事者になると、ただただ恥ずかしい。
結局、さらに緊張するだけで温まることも出来ずにお風呂から出た。
寝室に向かうと、こちらは窓辺や天蓋に黄色いダリアが飾ってあるだけだった。用意してくれた人グッジョブ。これでバラの花びらがまかれていたら、恥ずかしさのあまりに逃亡した気がする。
それに、草木染めが成立するくらいだから、花びらを散らしていたら、踏みつけて潰れたところが染まってしまうんじゃないかと気になる。
どうやって待っていればいいのか分からず、ベッドの前で立ち尽くしていたら、別の部屋で準備を済ませたヴェルナーが寝室に入って来た。
「早かったんだね。ちゃんとお風呂で温まった?」
「いえ、その……」
「緊張で入ってられなかったのかな」
くすくすと笑うヴェルナーにベッドへと誘導されて、大人しく従った。もうホント許容量を超えているので許してください。
キングサイズのベッドは、2人で寝ても余裕がある。
「リヒター、そんなに隅っこにいないで、こっちにおいで。さすがに傷つくよ」
これだけ広いんだからくっつかなくてもいいのに、手の届くところまで近づかないと、ヴェルナーが許してくれない。
仕方なく近づいたら、優しい手つきで髪を撫でられた。
「そんなに緊張しないで。今日は疲れただろう。ゆっくりお休み」
額にキスをして優しくささやかれた言葉は、まるで幼子をあやす様で、私の中で硬く凍り付いていた何かが溶け出す気がした。
「……そんなに優しくしないでください」
「リヒター?泣いているの?ごめん、嫌だった?」
「そんなに優しくされたら、期待してしまうから」
私だけを愛してもらえるんじゃないかと期待してしまう。
ヴェルナーとはそんな関係じゃない。父上が私の世話と領地運営のためにつけた人だ。
期待したところで応えられることはないのに。期待しても叶わなくてつらい思いをするだけだ。
緊張で眠れないと思っていたけれど、疲れていた身体は睡眠を欲したようで、気付けば翌朝だった。
目の前にヴェルナーの顔があるのを見て、状況を思い出した。少し寝坊したようだ。
こういうときに、ぐっすり眠れる自分の図太さに呆れていいのか、喜んでいいのか、どっちだろう。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。眠れました」
朝食を用意してもらおう、と言いながら起き上がったヴェルナーを見ながら、どう振る舞えばいいのか考えているが、正解が分からない。
「また余計なことを考えてるね。新婚なんだから、しばらく私に甘やかされていなさい」
額にキスをされて、頭が沸騰した。
昨日もされたけど、あれは夜で、今は朝で、明るくて、えっと、むり。
再度ベッドに潜り込んでいたら、朝食の準備が出来たと呼びに来たヴェルナーに、ベッドから引っぱり出された。
「昨日もあまり食べてないんだし、まずは食べて。お腹がすくと余計なことを考えるからね」
「昨日から子ども扱いされている気がします」
「新妻として扱ってあげようか?」
「子どもでいいですっ!」
耳元で囁くように言われて、即座に白旗を上げた。
経験値の差で全く勝てる気がしないのに、勝負を挑んでも無駄な体力を消耗するだけだ。
前世を含めれば私のほうが人生経験は長いはずだが、こと恋愛関連となると経験の薄さは否めない。前世で恋人はいたのに、その経験が何の役にも立っていないのは何故だ。
使用人に手伝ってもらいながら手早く朝の支度を済ませてリビングに向かうと、朝食のパンを盛り付けた籠にも黄色いダリアの花が飾ってあった。開花期には少し早いので、このために温室で用意してくれたのだろう。
私の視線を追ったヴェルナーが、何を見ているのかに気付いた。
「黄色のダリアが私たちの印のようだね」
「初めてもらった花だから嬉しいです」
「じゃあ毎年収穫祭に贈るよ」
続いていく未来の約束が嬉しい。
あの時はヴェルナーに貰ったということよりも、領民が私のために色を変えてくれたことが嬉しかった。実際のところ私はピンクでも構わないけど、その気持ちが嬉しかったのだ。
でも今は、この優しい時間が続いていく象徴のようで嬉しい。
「君は薬草のほうが喜ぶかと思ったけど」
「薬草にも花をつけるものはありますよ。カレンデュラは綺麗な花を咲かせますが、花が薬になります。アグリモニアも黄色い花で、葉も花もすべてが薬になります。他にも、……すみません」
思わず花を咲かせる薬草をつらつらと上げて、我に返った。
ヴェルナーはにこにこと聞いてくれているけど、新婚の朝にする会話ではない気がする。
「いいよ。君が詩をよみ始めるほうが心配になるよ」
「後朝の歌ですか」
平安貴族じゃないし、と思わず突っ込んでしまったが、ヴェルナーに分かるわけもない。
さあ食べようと食事を始めたが、気を遣ってくれたのかいつもは給仕をするためにいる使用人が全員退室したので、ヴェルナーとふたりだけだ。
お茶のお替りはいる?とヴェルナーに世話をされている。なんだかお母さんみたいだなと、失礼なことを考えてしまった。
ちょっと口うるさかったけど、仕事に忙殺されていた私をいつも気にかけてくれたお母さん。
私が家族の、父上の愛情を求めてしまったのは、前世の記憶があるからなのだろう。なければ、知らなければ、貴族などこんなものだと割り切ることが出来たはずだ。
記憶があるのも善し悪しだ。
5日後に領地に帰るまで、特に予定はない。
新婚ということで夜会への参加も免除されているし、挨拶するべき相手とは式の前とその後のパーティーで全て済ませている。
つまり、やることがない。
調薬したいなと思うものの、流石にここでそれを言い出さないだけの分別はある。
手持ち無沙汰でぼーっとしていたら、ヴェルナーに笑われた。
「暇を楽しんだらどう?」
「どう楽しめばいいのか……、時間を測ればいいんでしょうか」
「リヒターには難しいか。隣りにおいで」
呼ばれたので、ヴェルナーの隣に座ると、肩を抱かれた。
「えっと……」
「この5日間の仕事は、私に慣れること」
「慣れる」
「そう、最終日にはリヒターから抱き着いてキスしてくれると嬉しいな」
「それは……っ」
逃げようとしたが肩を抱かれていたので、逃げられない。
自分からってハードルが高すぎる。
「領地に帰ったら、毎朝行ってらっしゃいのキスを、夜はお帰りのキスをしてね」
「無理です」
「頑張って。そのための5日間の練習だよ」
攻略不可能な課題を出さないでほしい。
この国ではそれが普通なんだろうか。父上とアルベルトの母上のそういう所は見たことがないが、私が温室と調薬小屋に籠っていたからかもしれない。
気付くと、あれこれ考えている私を見て、ヴェルナーが笑っていた。
やっぱりヴェルナーはSだ。私がうろたえているのを楽しんでる。なんか悔しい。
そう思ったら、反抗心がむくむくと湧いてきた。
5日間の羞恥と、今の一瞬の羞恥。羞恥の度合いを時間の関数f(t)とした場合、積分すれば一瞬の羞恥のほうが小さいはずだ。
ここは度胸だ。やれば出来る。私は出来る子だ。
首に抱き着いて、頬にキスをした。
これでどうだ!
「リヒター、もうちょっとムードを大切にしようか」
「課題はクリアしたはずです」
「課題……、そうだね。じゃあ次の課題は、愛を囁きながらキスしてね」
「出来ませんっ!」
「大丈夫、いま1つクリアできたんだから、次も出来るよ」
最終課題を確認しなかった私のミスだけど、後出しなんてひどいとムスッとしていたら、額にキスをされて、恥ずかしさに怒りもしぼんでしまった。
「私の可愛い子猫ちゃん、頑張って」
悔しい。
もてあそばれてるけど、言い返すとさらに逃げ道を塞がれそうで言い返せないのがもっと悔しい。
それに私は犬派だ。どこかでかみついて逃げてやる。
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