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9. すれ違う不器用な父子 (ヴェルナー視点)

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 結婚式のために王都へ向かう馬車の中、もっとワガママになっていいし、甘えていいんだと伝えたら、リヒターは泣き出した。
 公爵と会うことに緊張しているのか、出発の時から少し情緒が不安定気味だったが、泣き出したのには驚いた。

 亡き母親にそっくりだと言われているリヒターだが、それは母親に似せようと本人が努力した結果だった。

「子どものころはリディアにそっくりで女の子のようだったのに、やっぱり男の子だな、と仰って、以前のように抱き上げてもくださらなくて……」

 それは、成長を喜んだ言葉だったのだろうし、抱き上げなかったのも、大きくなったリヒターが嫌がるかもしれないと思われたからだろう。けれどリヒターにはそれが、3年ぶりに会った父親からの拒絶だと感じられた。
 それから、母親に似せるために髪を伸ばし、物静かな雰囲気を装い、自分を押し殺して。心のバランスをとるために研究に没頭したのだろう。
 冒険者のリオに一目惚れしたと言われて髪を切ったのは、それが自分ではなく、亡き母親の幻想に対してのものだと感じたからなのかもしれない。

 本当にこの親子は、ボタンを掛け違えている。
 公爵の愛情は全く伝わってないし、リヒターもそのことを伝えようともしない。だから公爵は愛情が伝わってないことに気付いていないし、リヒターも公爵の愛情に気付いていない。
 いや、今のリヒターは気付いているのかもしれないが、だからといって子どもの頃の寂しさがなくなるわけではない。
 ずっと寂しさを我慢して、そして愛情を得ることを諦めて、自分から距離をおいた。
 なんて不器用なんだろう。


 王都の公爵家の屋敷についてすぐ、公爵への面会を申し入れた。今はリヒターを刺激してほしくないので、先に伝えておきたい。ただのマリッジブルーならいいが、過去の傷が深いので、親子の関係が取り返しのつかないことになる可能性もある。

「リヒターにお母上の話はしないでください。今はとてもナーバスになっています」
「何故だ」
「ルートヴィッヒ様がお帰りになられた後、婚約を解消したいと言われました。自分は公爵家にいないほうがいいからという理由でした」
「そんな……」
「お母上に似ていなければ、貴方に愛されないと思っています。不幸なすれ違いですが、今は刺激しないであげてください」

 自分の愛情が伝わっていなかったことに、公爵が愕然とし、項垂れてしまった。
 しばらくして、気持ちを持ち直した公爵が頭をあげた。それでも悄然としているのが分かる。

「君が、リヒターと心を通わせてくれたようでよかった」
「いえ、本当に少しだけです。踏み込むと心を閉ざされそうで、まだ深くは無理です」
「それでも、あの子には友人もいなかったから。そういえば冒険者と仲良くしていると聞いていたが」
「相手に恋情があったようで、疎遠になりました」
「そうか……」

 リヒターはあの容姿だ。本人が友情を望んでも、相手がそうとは限らない。これからも同年代の友人を作るのは少し難しいのかもしれない
 それから結婚式の打ち合わせのほか、領地のことなども話をして、席を立った。

 リヒターの母方のおじい様とおばあ様は、普段は伯爵家の領地で過ごしていらして、数日前に王都入りされたそうだが、訪ねてはいらっしゃらなかった。
 父方のおじい様、前公爵は、すでに鬼籍に入られている。前マクスウェル公爵夫人であるおばあ様は先王陛下の妹姫なので、王家所有の離宮でお過ごしになられているが、前日に屋敷でのお茶会があり、私も参加した。リヒターを可愛がっていらっしゃって、第二王子殿下にずいぶんとご立腹だったので、若干リヒターが引いていた。


 迎えた結婚式当日。
 リヒターの手を取って、ふたりで神殿の祭壇に向かって歩く。
 神殿に入って来たリヒターの髪が短くなっていることに、場が一瞬ざわめいたが、リヒターは一切動揺も見せず、背筋を伸ばしまっすぐに前を向いて歩いた。今までの儚い姫とは真逆の、凛と気高い貴公子だ。

 遠くから見ると白から黄色のグラデーションになっている一見シンプルなジャケットには、黄色の糸で刺しゅうされたダリアの花が裾に行くほど多く咲いていて見事だ。そして胸にはあの時のように、本物のダリアの花が挿してある。ごてごてと飾らない分、リヒターの美貌が強調されている。

「綺麗だ」
「ヴェルナーに初めて可愛いじゃなくて綺麗と言われた気がします」
「そうだね。可愛いし、とても綺麗だよ」

 その言葉に、リヒターがそれまでの作り笑いではなく、とても綺麗な笑みを見せた。

「ヴェルナーもかっこいいです」
「ありがとう」

 公爵家の結婚とあって多くの列席者が並ぶ神殿で、ふたりで神に誓いの言葉を述べた。
 リヒターにとってはただの儀式のセリフでしかないだろうが、私はリヒターの心を守っていくことを心から神に誓った。

 最善を尽くすことを誓いますので、心優しき貴方の愛し子の傷が癒えるよう見守りください。


 神殿での結婚式の後は、公爵家でのお披露目パーティだ。
 出席者は絞ってあるが、それでも多い。

「おめでとう。リヒター、とても素敵よ」
「おばあ様、ありがとうございます」
「おめでとう。そのダリアの花は何か由来があるのかしら?」
「叔母上、ありがとうございます。去年の収穫祭でヴェルナーが贈ってくれたのです」
「素敵ね。でも収穫祭はピンクではなくて?」
「去年の公爵領は、私のためにと領民が黄色にしてくれたのです」
「まあ、リヒターは領民に愛されているのね」

 それを聞いていた周りの出席者が、口々にリヒターが土壌改良に取り組み、その結果領民に愛されていることを、褒め称えている。なぜ領民がピンクを避けたのかは誰も明言しないが、もちろん理解しての発言だ。
 中には、なぜこんな素晴らしい方を王家は手放してしまったのかと嘆いている人もいるが、反応に困るので私に聞こえるところで言わないでほしい。

 おばあ様と、侯爵夫人となられているルートヴィッヒ様の妹君にご挨拶をして、次はリヒターのお母上のご両親と兄君ご夫妻だ。
 リヒターが緊張しているのが分かったので、そっと肩に手を添えると、私の顔を見て一度深呼吸をしてから、彼らに向き直った。

「おじい様、おばあ様、今日は遠くよりお越しいただきましてありがとうございます。伯父上、伯母上もご出席ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 私も一緒に頭を下げると、彼らも頭を下げた。リヒターが学園に通うために王都に戻ってきてからも、母上のご実家とはほとんど交流がなかったと聞いている。

「リヒター、大きくなったな。領地に貢献しているようで誇らしく思うよ」
「おじい様、ありがとうございます」
「幸せそうで安心したました。リディアも喜んでいるでしょう」
「伯父上、ありがとうございます。ヴェルナーは私を支えてくれます。得難い方と縁を結ぶことが出来たと思っています」
「ヴェルナー様、どうかリヒターをよろしくお願いいたします」
「もちろんです」

 当たり障りなく挨拶を終えた。疎遠ではあるが、愛情がないわけではなさそうだ。この様子だと、リヒターが聞いた言葉は、直接投げかけられた言葉ではないのかもしれない。
 ただこちらはこのまま疎遠のままのほうがリヒターのためにはいいだろう。

 それからもふたりで挨拶に回り、私の家族で最後だ。
 父と兄とは当たり障りのない挨拶を済ませたが、問題は母だ。

「髪を切られたのね。とても可愛らしいわ」
「ありがとうございます」
「お洋服も素敵だわ。前からドレスでも着こなせそうでしたけど、今はドレスから騎士服までなんでも似合いそうですわ」

 不味い。母の趣味がさく裂している。母は人を着飾るのが好きだ。今日の父と兄の服も、兄の奥方とふたりで張り切ったのだろう。
 リヒターが曖昧に笑っている。

「ヴェルナーはセンスがないので、こういうの褒めてくれないでしょう。ごめんなさいね」
「母上、その私に頼むほどリヒターもセンスがないので、母上の趣味に巻き込まないでください」
「なっ、ヴェルナー!」

 私にバラされて、リヒターがこういう場では珍しく表に出すほど動揺している。

「あら、何を着ても似合う方は逆に無頓着になるのかしら。黄色いダリア、とても似合ってますわ。それに、仲良くされているようで良かったです」
「ありがとうございます」

 母の心からの賛辞に安心したのか、作り笑いではない笑顔を見せた。
 王子妃ではないのだから、完ぺきを装わなくてもいい。もっと気軽でいい。

 それからも会場中に笑顔を振りまいて、にこやかに祝福の声に答えていた。


「大丈夫かい?」
「疲れました。しばらく人には会いたくありません」

 ソファーでダレているリヒターを見るのは初めてだ。どうやら取り繕う気力もないようだ。
 元来の性質が内向的なリヒターは、人に会うのは得意ではないのだろう。それをおくびにも出さずに完ぺきに振る舞うのはさすがだ。

「ところでリヒター、今夜は初夜だけど、どうしたい?」

 その言葉に、リヒターが固まった。氷の彫像かというくらいカチコチに固まっている。
 考えていなかったのか、考えたくなかったのか。どれくらいで溶けるかな。
 だいぶたってから思考が回り始めたリヒターが、おずおずと話し出した。

「ヴェルナーは、その、私を、あの……」
「リヒター、君の嫌なことをするつもりはないから安心して」
「いえ、結婚したのですから、それは」
「義務で応じられても、私は嬉しくないよ」
「ヴェルナー……」
「まっさらな君にあれこれとこの手で教え込むのは楽しそうだけど、できれば君の心が欲しいな」

 真っ赤になって再度固まった。
 王家に嫁ぐには純潔が求められる。知識は与えられているだろうが、経験はないはずだ。
 しばらくして、恥ずかしさが突き抜けたのか、今度はプリプリと怒り出した。

「ヴェルナーが余裕で悔しいです」
「私は10歳も年上だし、2度目だしね。可愛いな」
「子どもじゃありません」
「そうだね。子どもを閨には誘わないよ」
「っ!」

 自滅した。初心で可愛いなあ。でもあんまりいじめると拗ねそうだから、この辺りにしておこう。
 私も2度目とはいえ浮かれているようだ。

「何もしないから、一緒に寝よう。さすがに初日から別々の部屋では周りが心配するからね」
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