嘘つき魔女の妖精事件簿

雀40

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第一章 誰が駒鳥を隠したか

【016】隣国の噂

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「……あらまあ、随分なご無理を仰る。神託とは神のご意思であり、人の意向が関与できるものではありませんの」
「ご謙遜を。だからこその“魔女”だろうに。……昨日、貴女が子供のために太陽を呼んだように」

 カサンドラの唇の端がピクリと歪む。どうやら、モナとのことを知られていたようだ。
 現場を見られていたか、興奮したモナが触れまわったか……おそらくは後者だろう。なにせ、モナには口止めすらしていないので、姉だけでなくあちこちで言い触らしたのだと思われる。口止めの必要が無いと楽観視していたカサンドラのミスである。決してモナの非ではない。
 
 間近で見ていたアーサーとて、神託によるものだと思ったのだ。
 幼い少女による拙い話術では、聞いた周囲によってそう判断されることもあるのだと考えておくべきだった。
 一般的な常識では、奇跡だろうが魔法だろうが天候を変えるという御業が存在しないため、完全に油断していた。

「あれはただの偶然。あの少女に小芝居を打ったのは、西の空が明るくなっていたので、高い確率で花嫁行列のタイミングに雨が降ることはないと判断したからですわ」
「なるほど、あくまで偶然と……」
「ええ。事実がそうなのですから、他に申し上げることなど何もありません」

 この中年の男は、大きな商会の地方支店を任されるだけあって、きちんと情報をマメに集めているし処理能力も高いのだろう。
 カサンドラの持つ魔法についての表向きの情報は当然として、この町に着てからの動向も殆ど把握されていそうだ。
 
「そういえば、これは最近小耳に挟んだ話なのだが……隣の国で愚かな聖女の奇跡が剥奪されたと聞いてね」

 頑なに偶然だと主張するカサンドラの説得を早々に諦めたのか、別の話を切り出した男は仕入れたばかりの噂話を得意げな表情で語りだした。

 ――その隣国の愚かな聖女は、力ある優れた聖女を妬み虐げていたのだという。
 愚かな聖女にそそのかされた愚かな神官たちも同様に優れた聖女を虐げ、陥れた。
 そんな状況でも信仰のために祈り続けた心清き優れた聖女は疲れ果て、ついにはその姿を消してしまった。
 しかし慈悲ある神は、愚かな聖女が悔やみ贖いの道を歩むのなら……と、愛し子を害した罰に対して猶予の期間をとる。
 
 けれども愚かな聖女は、自分は何も間違っていないのだと胸を張る――そして、彼女は奇跡の力を失った。

 そうして、隣国の聖女に関する噂を一通り披露した支店長は、満足そうな顔で温かい珈琲を口に含ませた。

「…………その噂話と、私になんの関係が?」

 今のところ、何も話が見えてこない。具体的な聖女の名は出てこなかったが、高い確率で未来視の聖女であるエマと過去視の聖女のことだろう。
 その“虐げられていた聖女”と魔女カサンドラの関連を指摘されるかと一瞬だけ身構えたが、その気配だって何も見せてこない。そもそも、疑われたとしても共通点は瞳の色程度であり、なにより表向きの魔法が違う。藪から蛇を出さぬためにも、無駄に警戒するのは得策ではない。
 
 なお、過去視の聖女は他の聖女を害した罰によって奇跡を剥奪されたのだというが、実際は過去視の奇跡で嘘をついたためであると思われる。
 噂では詳細を語られていないようだが、エマの中で文字通り現場を見ていたカサンドラはそう確信している。
 
 実は、この世界の神は、魔女や聖女個人のことをそれほど重要視していない。
 過去視の聖女があの時に奇跡を騙らねば、人間同士の諍いでエマが敗北したという事実だけが残り、それは神の関与するところではなかっただろう。
 神にとっての魔女や聖女は、世界の安定度を測るための試金石であり、炭鉱のカナリアであり、生贄でしかない。
 
 センチネルたちはこの真実を知っている。例外の塊ともいえる異世界の記憶を持つカサンドラは、妙な疑心を持つ前に知らされたが――。
 
「――優れた聖女の強き力は神の奇跡そのものなのだ。その神の奇跡を妬んだ醜い弱き聖女が淘汰されるのは当然のことだと私は思うのだよ」
「(……うん?)」

 思いも寄らない情報を得たカサンドラが考えに耽っていたら、なんだか話の雲行きが急に変わってしまった。
 カサンドラの目の前のソファに座るアーサーも、訝しげに眉をしかめている。

「歴史上で確認されている奇跡といえば未来視と過去視、神眼に神託。奇跡そのものはどれもが強力。そして魔女殿が持つ、雨雲を吹き飛ばすほどのその魔法。つまり、神託の魔女は神の代行者――貴女の言葉が神の言葉なのだ! これで弟を見返せる、私こそが商会長なのだッ!」

 ――幽霊の正体見たり枯れ尾花。
 カサンドラの脳裏に、そんな一句が思い浮かんだ。

 論理の破綻が激しい御託を鼻息荒く並べたてる支店長を眺め、カサンドラは虚脱感を味わっていた。
 情報が不足するあまり、カサンドラは目の前の脅威を想像で補いすぎていたのかもしれない。もちろん油断は禁物だが、この支店長を過剰に恐れる必要はなさそうだと結論付けた。

 マーガトン子爵領の領都は、活気のある良い街である。そんな支店を任されるだけあって、通常はそこそこ出来る人物なのだろう。だが、こうやって感情的短絡的衝動的に動くという大きすぎる欠点が後継者に選ばれなかった理由……と、いったところか。
 実際、根拠の薄い希望的観測だけでアーサーを拉致しカサンドラを呼び寄せたのは致命的だろう。今回は念の為に話を聞いただけで、カサンドラがアーサーを連れてここから脱出するのは容易なのだ。相手の要求を飲む必要性がどこにもない上に、しかも肝心の魔法が推測と希望で終わっているのである。何故こんなにも成功を確信しているのか。

「もちろん、報酬と魔女の魔法に必要な供物はご用意しているよ」
「……あら、色々とご存知ですのね」

 魔法や奇跡は、自動的に降りてくるのを待つのが普通だが、供物を捧げて能動的に力を誘うこともできる。とはいえ、可能か不可能かの話であって、実用的とは言えない。
 例えば、当時のエマが未来視を喚ぶためには、金塊の山が必要となる。ついでに言えば、それで視たいものが見られるかは別の話なのだ。金塊を山と積んでまで挑み、そして得られた情報が、ひと月後のエマの夕食の献立だった――なんてことが、可能性として低くない。
 
「供物は貴重なものであれば、より良い効果が得られると……そう聞き及んでいる。そして丁度、我々はそんな供物に適した物を手に入れていてね……それが、これだ」
 
 支店長の前にあった何かの布が取り払われ、鳥籠のような物体が姿を表した。
 小鳥の飼育を目的とした持ち運び用の大きさで、蔦や花の細工が施された古い金属製の鳥籠は実に見事なもの。骨董品として高い価値がついていそうだ。
 
 しかし、その鳥籠には住人が居たのである――隅で身を縮める、小鳥の翼を持つ小さな人型の妖精が。
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