嘘つき魔女の妖精事件簿

雀40

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第一章 誰が駒鳥を隠したか

【015】雪華の君

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「――なっ、ななな、ななんで、それを知っているんです!?」

 何も浮かべていなかったはずの顔に焦りの感情をたっぷりと乗せ、アーサーが腰を浮かせる。
 監視役が制止しかけたが、これ以上取り乱さないようにとぎゅっと目を閉じたアーサーが、背後によって制止される前に座り直した。
 
「やはりお忘れだったのですね……ロジャー・ブラウンです……先輩は、この名前もお忘れですか?」
「……えっ、ブラウン君!? ごめん、印象が全然違うから全く気が付かなかった……」

 先程まで全身で主張していた胡散臭さや刺々しさはどこへやら。先輩を慕う後輩……というよりも、狂信者といっても差し支えないような様相である。交わされた会話から察するに、ロジャーと名乗る胡散臭かった男は、アーサーの寄宿学校時代の後輩らしい。
 つまり「雪華の君」という謎の異名もまた、その頃の産物なのだろう。しかし、この穏やかな男アーサーのどこにどうやって雪華という涼しげな単語が接続されたのか、カサンドラは非常に気になってしまっている。どんな話題よりもまずそれを聞きたい。

 そんなカサンドラの腕の中で身を丸め、エフィストは笑いを堪えていた。自由で小憎たらしい黒猫にだって、この状況で声を出すまいと努める神経くらいは流石に備わっていたらしい。
 しばらく黒猫のバイブレーション機能は止まらず、ぶるぶるし続けるエフィストをいっそ床に置いてやろうかとカサンドラが思い始めた頃、誰かの咳払いによって場の空気を強制的に転換する試みがなされた。

「――そろそろ、話を進めてもいいかね?」
「まぁ、ごきげんよう。新商品の置物かと思っておりました」

 カサンドラが到着するまでの間はアーサーと話をしていたのだろう。実は、支店長と思しき中年の男はずっと最上位席に座っていた。
 なお、誰にも席を勧められていないので、カサンドラは先ほどから立ったままである。これ以上立ち続けたままで話が進むのならば、支店長の背後に設置された立派なマントルピースに座って見下ろしてやろうかと思っている。

 そして大変残念なことに、こういった場での農民モードの言葉遣いは下に見られるだけである。
 思い浮かべる手本は、かつてエマを事あるごとに貶めてきた過去視の聖女。直接的な罵倒の語彙は少ないが、度重なる嫌がらせのおかげで嫌味のパターンは学習済みである。
 
 カサンドラの自意識は農民だが、それは金持ちや特権階級に無条件で従うことと同義ではない。
 何故ならカサンドラは魔女だから――異端の生き物は、隙を見せれば排除されるのが世の常というものだ。
 呼ばれたのにゲストとしてもてなされない侮辱を弱腰で看過するよりは、嫌味をたっぷりと含ませた無作法で返すほうがよっぽど良い。そういう面では、このままアーサーを連れて帰るのが最善なのだが、これには何も解決しないという欠点がある。

 それに、艶のあるセンターテーブルに置いてある布の掛けられた何か……あれが妙に気になるのだ。
 カサンドラに備わっているのかはわからないが、魔女の勘が告げてくる。

 結局はその後、ここまで案内をしてきた壮年の男によって席へと導かれた。勝手に座るかどうかなど、こちらの作法について試されていたのかもしれない。
 そもそも碌なエスコートもなかったというのに、こちらばかりを試すその所業。カサンドラからすれば不愉快そのものである。笑い疲れてぐったりとするエフィストを膝の上で撫でながら、やはりホスト気取りでマントルピースに座ってやればよかった……という素直な感想を飲み込んだ。

 その後、上辺のみに終始した挨拶も無事交わされ、本題に入るべく場が動き出した。
 
「さて、魔女殿にご足労いただいた目的なのだが……」
「従者の拉致と文書偽造をしてまでの強引さで誘き寄せた……の間違いではなくて?」
「よくある見解の相違というものだろう」
「あらあら……それは細かく擦り合わせていかねば、大変なことになるものです。とはいえ、その機会はまた後日にでも」
 
 お互いに寒々しい笑顔でやりとりをするカサンドラと支店長を見て冷静になったのか、アーサーも感情を隠した様子に戻っていた。
 ロジャーは壁際にじっと控えているため、とりあえずは無視をしてもよさそうだ。何故ここにいるかが不明だが、先に帰られてないことないこと吹聴されるのも困る。

 壮年の男によって取り替えられたアーサーの前の珈琲は、湯気の立つ静かな水面を晒している。カップに触れられてすらいない。
 飲料を供されれば、まず一口は飲むのが一般的な礼儀ではある。しかし、魔女の冷茶に一瞬のためらいもなく口をつけたアーサーがここまで警戒しているのを察するに、飲料に混入された睡眠薬などで昏倒したのかもしれない。となると、カサンドラも手を付けない方が無難だろう。
 
 魔女は人の秩序に寄り添うべし――かつて神はそう言ったが、魔女の意思を自分勝手に捻じ曲げるために無法をされては、秩序も何もないのである。

「……先程まで、私は貴殿から我が魔女に“お願い”があるのだと伺っておりましたが」

 この状態が続いても、喧嘩腰のカサンドラと支店長の応酬は平行線になるのではと判断したアーサーが話の先を促した。話を効率良く進める都合上、カサンドラはアーサーを従者として扱っていたが、どうやらアーサーもこの従者ロールプレイに乗っかってくれるらしい。事前の打ち合わせもなくカサンドラの言葉を拾い理解してくれるので、話が早くて助かる。
 
「ああ、そうだ。神託の魔女殿には……我々のためにその神託を降ろしていただきたい」

 ようやく自らの要求を通せるのが嬉しいのか、支店長は晴れ晴れしい笑顔でカサンドラにそれを告げた。
 これで世界が救われるのだと、それが絶対の正義なのだと言わんばかりに。

 「(――ああ、やはりこの人も私利私欲で魔法を欲する者だったか)」

 支店長の喜びの姿に反し、重く落ち着いていくカサンドラの心に湧き上がったのは、ただそれだけだった。
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