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本編

第6話_人の皮被る獣-1

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午後の講義後、蒼矢ソウヤは友人と分かれて研究室へ寄り、所用を済ませてからようやく大学を後にする。
冬至が近付く時節とあって、まだ夕方の時刻だが既に日はだいぶ落ち、薄暗く人通りがまばらな歩道を、最寄りの駅まで向かう。

歩き慣れた道程を、なんとなく心ここにあらずな面持ちで無意識に進む。
いつもと同じように立ち並ぶ道沿いの建物や、明かりの灯りはじめる飲食店の看板。
見知った顔ではないが、さして真新しくもない行き交う人々の姿。

そんな普段通りの景色を行く中、ぼんやりと漂っていた蒼矢の視線が、ふとある一点へ注がれた。

「…!」

自然と足は止まり、吸い込まれるように"それ"へ注視する。

道路を挟んで対面の歩道に、男がふたり立っていた。
向かい合い、歩道脇の壁にもたれて立ち話している彼らは、必要以上に盛り上がっている風でもなく、ひと言ふた言会話を投げ合いながら、緩慢なペースで唇を動かしている。
その和やかな空気感は、通り過ぎる人の存在など見えていないようで、ふたりだけの世界を造り上げているように見受けられた。

この公共の往来の中で、彼らの居る空間はそこだけが周囲から浮き上がったように独特のものがあったが、蒼矢が釘付けになった理由はそれではなかった。

男の片方が、ここ最近の自分の記憶に刻まれ、焼き付くように脳内にちらつく人物だった。
レザーのロングコートが似合う、平均より突出した長身と、顔の左右に揺れる緩やかな長髪。

柄方エガタさん…?

柄方と話している男は、彼よりは低いもののやはり長身で、引き締まった健康的な体格にジーパンを履き、ブルゾンを羽織ったラフな格好の青年だった。
どことなく、雰囲気が烈に似ていた。
柄方は愛おしげに彼を見つめ、時折その肩から腕を撫で、首筋や顎に手を伸ばす。
男の方も少しくすぐったそうにするものの、横顔を少し染め、柔らかな柄方の面差しを見つめ返している。

蒼矢が遠くから見守る中、ふたりの会話はやむことなく続き、やがて柄方が男の腰を抱きながら、揃って奥の路地裏へ入っていく。

彼らの姿が消えると、時が動き出したように蒼矢の身体がびくりと揺れた。

「……」

こういうことを、あまり邪推してはいけない。
そう理性が咎めたが、蒼矢にとっては何事も無かったことにはしがたい事実だった。

思いつめた面持ちで地面へと目を落としていた蒼矢は、ふと顔を上げ、彼らが消え去っていった路地裏を見据えた。
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