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ゲーム本編編 ヒロインの座を奪い取れ

最後の楽しいパーティー・後編

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 次に踊るのは、聖国の王子ラヴィスマン・ホーリー・アガペーだ。
 数年経ったが、身長が伸びただけで、顔つきも体つきも変わらない。

「まさか、我とも踊ってくれるとはのう。先の三人より、些か華やかさが足りぬのではないか?」
「あら、ご謙遜を。ラヴィ様も十分素敵ですわよ」
「ナーシャ姫にそう言われると、そう思ってしまうのう」

 ラヴィスマンは「ほほほ」と笑った。

「話は届いておろう。新しい【博愛の聖女】が選定されると」
「ええ。聞いておりますわ」

 アナスタシオスは悲しげな表情をする。

「前の【博愛の聖女】──王妃様のこと、心よりお祈り申し上げます……」

 新しい【博愛の聖女】が選ばれるということは、つまり、前の聖女がいなくなったということ。
 前の【博愛の聖女】は聖国の王妃──ラヴィスマンの母君だ。
 六年程前に王妃が老衰していると聞いていたから、直ぐに察しがついた。

「折角のパーティーなのじゃ。暗い顔をせんでくれ」
「申し訳ありませんわ」
「して、話の続きじゃが……。次の【博愛の聖女】はそなただと良い、と我は思っておるのじゃ」

 アナスタシオスは知っている。
 自分が【博愛の聖女】に選ばれることはないと。
 第一に男であるし、他に選ばれる人がいることを、クロードから聞かされている。

「……わたくしが決められることではありませんわ」
「我が決められることでも、な」

 【博愛の聖女】は聖女選定の儀で選ばれる。
 それは、聖国にある博愛教の聖地の大聖堂にて執り行われる。
 そして、その場にいた者達全員に【博愛の聖女】の名前や姿の啓示がされる。
 故に、【博愛の聖女】の選定は誰の思惑も介在出来ないのだ。
 ラヴィスマンは目を伏せた。

「聖女に選ばれたら、こぞってそなたを奪いに来るのじゃろうな。身も心も美しい上に【博愛の聖女】など、誰もが欲しがるに決まっておる」
「わたくしにはアデヤ殿下しかいませんわ」

 ぐい、とラヴィスマンはアナスタシオスを引き寄せた。

「……我では駄目か?」

 ラヴィスマンは真剣な目で、アナスタシオスの目を見る。
 アナスタシオスは首を横に振る。

「ラヴィ様、何度も言ってますが、婚約者のいる女性を口説くのは……」
「……ほほ、冗談じゃよ」

 ラヴィスマンはパッと手を離した。

「困らせてすまなかったのう」

 ラヴィスマンはダンスの礼をすると、アナスタシオスの前から立ち去った。

 □

「お姉様、大丈夫だったか? ラヴィ先輩とやたら近かったけど……」

 一通りダンスを終えたアナスタシオスにクロードはそう尋ねる。
 アナスタシオスは眉を下げて笑う。

「ちょっと躓ちゃっただけよ。大丈夫」
「そうか……」

──ダンスのときは身体が密着するから、てっきり男だとバレたのかと……。
 アナスタシオスはクロードの心情を読み取ったのか、「そんなヘマしねえよ」と言っているようなふてぶてしい顔をした。

「クロのお姉ちゃま、もう中等部を卒業されてしまうんですね……」

 クロードの横にいたシルフィトが涙ぐみながらそう言った。
 賢国の第八王子、シルフィト・ウィズダム・マニア。
 身長こそ伸びたが、可愛らしい顔と華奢な体はそのままだった。

「もう、シルフィトったら。今生の別れじゃないんだから、泣かないの」
「それはわかってますけど! やっぱりシルは寂しいです!」
「シルフィトはいつまで経っても甘えん坊ね。クロードも少しはそういう素振りを見せてくれたら良いんだけど……」

 アナスタシオスはチラリとクロードを見た。

「もうそんな年齢じゃないって……」
「あら、シルフィトと同い年じゃない。そのシルフィトがこんなに寂しがってるのよ?」
「高等部に行くだけだろ? 同じ敷地内にいるんだから、直ぐ会えるじゃないか」
「理論的にはそうだけど! 寂しいものは寂しいの!」

 シルフィトがべそをかきながらクロードに叫ぶ。

「クロのお姉ちゃま、シルとも一曲踊って頂けませんか!? 一生の思い出にしますから!」

 シルフィトがアナスタシオスに手を差し出す。
 アナスタシオスは「勿論」と笑った。

「でも、まずは涙を拭いてから、ね?」
「は、はい!」

 シルフィトはハンカチで涙をごしごしと拭いた。
 そして、約束通り、アナスタシオスとダンスをする。
 最中にもシルフィトは泣き出して、アナスタシオスは困ったように笑っていた。
──二年後のパーティーも、こんな風に楽しかったら良いのにな……。
 ダンスをする二人を見ながら、クロードはそう思った。

 □

 ミステールは鼻歌を歌いながら、自身の身支度を整える。
 その鼻歌が【キュリオシティラブ】のメインテーマであることは置いておいて、随分と上機嫌だ。
 タキシードを身につけて、ループタイを占め、真っ白の手袋をくい、と引っ張る。

「どう? クロード坊ちゃん。執事姿のミステールは!」

 ミステールはポーズを取る。
 そのポーズが【キュリオシティラブ】の公式サイトでのポーズということはさておき、随分とノリノリである。

「あーうん。似合ってるぞー」
「棒読みだなあ。元王族のイケメンに給仕して貰えるなんて早々ないんだから、光栄に思いなよ?」
「美人の兄さんがいるだけでおれは満足だ」
「本当、クロードくんはお兄さんの顔が好きだねえ」

 ミステールはククク、と笑う。

「それにしてもまさか、メイばあやに怒られまくってた奴が専属執事になるとはなあ。それもこれも、兄さんの死亡フラグを折るためなんだけどさ」
「出来ればクロードくんの専属になりたかったんだけどね」
「それは駄目だ」

 クロードは力強く否定する。

「これから、件の主人公ヒロインが入学してくる。ミステールには兄さんのことを頼みたいんだ」
「監視しろ、と」
「監視じゃなくて見守り! 兄さんには『主人公ヒロインに関わるな』って口酸っぱく言ってるから大丈夫だろうけど……。主人公ヒロインがどういう動きをするかはわからないからな」

──それに、大きな理由はもう一つある。
 男性が女性のふりをする。
 そこには大きな問題があった。
 それはトイレである。
 男女の明確な違いが現れる前から、トイレは問題の一つであった。
 人がいないトイレを探し、アナスタシオスが男子トイレに入っている間、誰か来ないか監視する。
 その役目は、アナスタシオスが男であるという秘密を知るクロード、メイばあや、ミステールの三人にしか出来ない。

「専属執事なら、兄さんと一緒に高等部に入れる。流石に、中等部のおれが短い休憩の間に行き来出来ないからな。兄さんのこと、頼んだぞ」
「わかってますよ、クロード坊ちゃん。主の御心のままに」

 ミステールは執事らしく、丁寧にお辞儀をした。
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