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七氏と巫女の出会い
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次の日、やはり体にはまだ怠さは残っているものの、起き上がれない程ではない。
体をゆっくり起こすと、若干の眩暈。
咄嗟に眉間を抑え、収まるのを待つ。
「うぅ」
今日はおとなしくしていないと、母上か父上に怒られてしまうかもしれぬな。
母上達に挨拶だけでもと思い立ち上がると、襖の方から母上の声が聞こえた。心配で来てくれたのだろうか。
「母上、起きております」
『入るわね』
襖が音もなく開かれると、桶を持った母上が中へと入ってきた。
立ち上がり布団を片付けようとしている我の姿を見ると、母上の眉間に深い皺が……え?
なぜ、深い皺が刻まれた?
なぜ、怒っているような形相を浮かべておるのだ?!
「七氏」
「は、はい…………」
我はまだ何もしていないはずだ。何もしていないはずなんだ。
なのに、何故母上は怒り出そうとしている。
わからぬ、わからぬぞ。
「っ、え、なんでしょうか?」
母上が立っている我に近付くと、右手を伸ばし頬に添えてきた。
母上は雪女だからか、いつでも手は冷たく、今の我には気持ちが良い。
「まったく、まだ気分は悪いのでしょう? 駄目よ、無理に体を動かそうとしては。ほら、また布団の中に入りなさい。今日は一日休むこと」
「は、はい」
見抜かれていたという事か。無理をするつもりはなかったが、まさか布団に戻されるとは思わなかった。
これは逆らうとまた、辺りが寒くなるだろうな。
大人しく従おう。
布団に逆戻りした我に、母上は桶を置き、廊下にいたであろう女中に我の食べ物と飲み物を持ってくるようにお願いしていた。
「さぁ、今日もゆっくり寝なさい」
「はい。……あの、父上はどこに?」
見たところ、父上は母上と一緒ではない。
父上の事だ、母上と共に部屋に来てもおかしくはないだろう。
「九尾様は、まだ現代での仕事が残っているみたいよ。昨日から戻って来ていないわ」
「え、それって、我が…………」
「貴方は関係ないわ。単純に、九尾様が今まで仕事をさぼっていたからこのように追い込められているだけ。気にしなくていいわよ。ふふっ」
「…………はい」
母上が桶に入っているタオルを絞ってくれているのだが、水が軽く霜張っていないか? 少しだけ水が凍っている…………母上、怒っているな。これ以上は何も言わないでおこう。
「さぁ、今は眠りなさい。現代には、また体が回復したら行きなさいよ。無理だけはだめ、わかったかしら?」
「はい、申し訳ありません」
「いいの、このように子供は成長してくとわかっていたから」
母上が白いタオルを我のデコに乗せると、頭を冷たい手で撫でてくれた。
母上の手は冷たいが、落ち着く。
このまま睡魔に抗う事はなく、我は意識を飛ばした。
※
我が初めて現代に行ってから三日経った頃、やっと父上が帰ってきた。
その頃には我の身体も全回復、部屋でいつものように読み物に没頭していると、一言も声を掛けられず襖が開け放たれた。
まったく、何故いつも声一つかけんのだ父上。
「七氏よ」
「はい、お帰りなさい父上。先日はご迷惑をおかけしました」
本を閉じ、テーブルの上に置き隣に立っている父上に体を向ける。すると、父上は片膝をつき、我の顎に手を伸ばし目線を合わせられた。
父上の目は赤色で、綺麗。
ずっと見ていると、我の全てを見られているような感覚になるため、思わず目を逸らしてしまう。
目を逸らした我を見て、父上は何かに満足したのか、鼻を鳴らし手を離す。何がしたかったのだ。
「体調の方は良くなったらしいな。では、また後日、現代に行ってみようぞ。もし、七氏が行きたいと思えばな」
「え、また連れて行って下さるのですか?」
「凝りていなければな。だが、七氏が行きたくないというのなら連れてはいかん。生半可な気持ちで行けるほど、現代は甘くはないからな」
父上の言う通り、現代の空気は我らあやかしには毒だった。あと、鉄の乗り物も。たしか、タクシーと言ったか。
百目はあれを毎日運転しているの言っていたな、我には確実に無理だ。
「やはり、行きたくはないか? ワシはどちらでもよいぞ」
「いえ、行きます。我も早く父上のお仕事の手伝いをしたのです。そのためには、まず現代の空気に慣れ、自由に行き来できるようにならなければなりません。何度倒れても、我は行きます」
「そうか、それを聞いて安心したぞ。では、今日はワシも仕事の締めがある。また明日にでも行こう」
え、明日?
「父上はこんな立て続けに現代へ行っても大丈夫なのですか? 少しはお休みになられた方がよろしいかと思うのですが…………」
「心配してくれるのか、嬉しいな。だが、安心せい。ワシの身体は七氏が考えるより何倍も頑丈だ」
豪快に笑う父上は、我の頭を撫でながら言い、立ち上がった。
「明日、改めて迎えに来る。前回と同じ服でも大丈夫だ。着替えを済ませておいてもらえると助かる」
「わかりました」
それだけを言い残すと、父上が部屋を出て行ってしまわれた。
明日、また現代に行くことになった。今度はもっと現代の空気に慣れるように頑張らなくてはならんな。
気合を入れて、頑張るぞ。
体をゆっくり起こすと、若干の眩暈。
咄嗟に眉間を抑え、収まるのを待つ。
「うぅ」
今日はおとなしくしていないと、母上か父上に怒られてしまうかもしれぬな。
母上達に挨拶だけでもと思い立ち上がると、襖の方から母上の声が聞こえた。心配で来てくれたのだろうか。
「母上、起きております」
『入るわね』
襖が音もなく開かれると、桶を持った母上が中へと入ってきた。
立ち上がり布団を片付けようとしている我の姿を見ると、母上の眉間に深い皺が……え?
なぜ、深い皺が刻まれた?
なぜ、怒っているような形相を浮かべておるのだ?!
「七氏」
「は、はい…………」
我はまだ何もしていないはずだ。何もしていないはずなんだ。
なのに、何故母上は怒り出そうとしている。
わからぬ、わからぬぞ。
「っ、え、なんでしょうか?」
母上が立っている我に近付くと、右手を伸ばし頬に添えてきた。
母上は雪女だからか、いつでも手は冷たく、今の我には気持ちが良い。
「まったく、まだ気分は悪いのでしょう? 駄目よ、無理に体を動かそうとしては。ほら、また布団の中に入りなさい。今日は一日休むこと」
「は、はい」
見抜かれていたという事か。無理をするつもりはなかったが、まさか布団に戻されるとは思わなかった。
これは逆らうとまた、辺りが寒くなるだろうな。
大人しく従おう。
布団に逆戻りした我に、母上は桶を置き、廊下にいたであろう女中に我の食べ物と飲み物を持ってくるようにお願いしていた。
「さぁ、今日もゆっくり寝なさい」
「はい。……あの、父上はどこに?」
見たところ、父上は母上と一緒ではない。
父上の事だ、母上と共に部屋に来てもおかしくはないだろう。
「九尾様は、まだ現代での仕事が残っているみたいよ。昨日から戻って来ていないわ」
「え、それって、我が…………」
「貴方は関係ないわ。単純に、九尾様が今まで仕事をさぼっていたからこのように追い込められているだけ。気にしなくていいわよ。ふふっ」
「…………はい」
母上が桶に入っているタオルを絞ってくれているのだが、水が軽く霜張っていないか? 少しだけ水が凍っている…………母上、怒っているな。これ以上は何も言わないでおこう。
「さぁ、今は眠りなさい。現代には、また体が回復したら行きなさいよ。無理だけはだめ、わかったかしら?」
「はい、申し訳ありません」
「いいの、このように子供は成長してくとわかっていたから」
母上が白いタオルを我のデコに乗せると、頭を冷たい手で撫でてくれた。
母上の手は冷たいが、落ち着く。
このまま睡魔に抗う事はなく、我は意識を飛ばした。
※
我が初めて現代に行ってから三日経った頃、やっと父上が帰ってきた。
その頃には我の身体も全回復、部屋でいつものように読み物に没頭していると、一言も声を掛けられず襖が開け放たれた。
まったく、何故いつも声一つかけんのだ父上。
「七氏よ」
「はい、お帰りなさい父上。先日はご迷惑をおかけしました」
本を閉じ、テーブルの上に置き隣に立っている父上に体を向ける。すると、父上は片膝をつき、我の顎に手を伸ばし目線を合わせられた。
父上の目は赤色で、綺麗。
ずっと見ていると、我の全てを見られているような感覚になるため、思わず目を逸らしてしまう。
目を逸らした我を見て、父上は何かに満足したのか、鼻を鳴らし手を離す。何がしたかったのだ。
「体調の方は良くなったらしいな。では、また後日、現代に行ってみようぞ。もし、七氏が行きたいと思えばな」
「え、また連れて行って下さるのですか?」
「凝りていなければな。だが、七氏が行きたくないというのなら連れてはいかん。生半可な気持ちで行けるほど、現代は甘くはないからな」
父上の言う通り、現代の空気は我らあやかしには毒だった。あと、鉄の乗り物も。たしか、タクシーと言ったか。
百目はあれを毎日運転しているの言っていたな、我には確実に無理だ。
「やはり、行きたくはないか? ワシはどちらでもよいぞ」
「いえ、行きます。我も早く父上のお仕事の手伝いをしたのです。そのためには、まず現代の空気に慣れ、自由に行き来できるようにならなければなりません。何度倒れても、我は行きます」
「そうか、それを聞いて安心したぞ。では、今日はワシも仕事の締めがある。また明日にでも行こう」
え、明日?
「父上はこんな立て続けに現代へ行っても大丈夫なのですか? 少しはお休みになられた方がよろしいかと思うのですが…………」
「心配してくれるのか、嬉しいな。だが、安心せい。ワシの身体は七氏が考えるより何倍も頑丈だ」
豪快に笑う父上は、我の頭を撫でながら言い、立ち上がった。
「明日、改めて迎えに来る。前回と同じ服でも大丈夫だ。着替えを済ませておいてもらえると助かる」
「わかりました」
それだけを言い残すと、父上が部屋を出て行ってしまわれた。
明日、また現代に行くことになった。今度はもっと現代の空気に慣れるように頑張らなくてはならんな。
気合を入れて、頑張るぞ。
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