わたくしは、すでに離婚を告げました。撤回は致しません

絹乃

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9、面倒くさい女

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 馬車がホテルに迎えに来て、ブレフトとヘルダは乗り込んだ。
 その時、御者が手紙を預かっているとブレフトに差しだした。

「レオン・ベイレフェルト?」

 手紙と言っても紙切れに書いたメモだった。差出人を見て、しばらく考える。苛立ったような武骨な文字の名前は、確か我が家を訪れている伯爵夫人の息子のものだ。

 ワゴンの中で腰を下ろしたブレフトは、何事かとすぐに目を通した。。

――妻を犠牲にして、好き放題に生きてさぞや楽しいだろう。そろそろ「今」は終わる。覚悟をしておくがいい。

 それだけの文面だった。

「なんだ、これは! 無礼な」

 ブレフトは紙をぐしゃぐしゃに潰した。腹が立ったから、窓から道へ投げ捨てもした。
 
「今が終わるって、なんだよ。爵位も継げないくせして、生意気な」

 イライラが治まらない。ブレフトは親指の爪を噛んだ。いつもなら愛らしいと思えるヘルダですら、さっきの口ごたえをされたせいで鬱陶しく感じる。

(そうだ。新しいメイドを雇えばいいんだ。メイドを入れ替えればいいんだ)

 ヘルダの豊満な胸やくびれた腰は手放しがたいが。手を付ける娘を増やせばいい。領内なら連れ歩いても問題はないし、ヘルダは夜の相手をさせればいい。文句を言うなら、ユリアーナの持参金をいくらか渡してやればいい。

 ブレフトは、それが娼婦に対する扱いであることに気づいていない。

◇◇◇

 思いあがったブレフトは選択を間違えた。

「ブレフトさま。わたくしの持参金が、かなり目減りしています。何にお使いですか?」

 数か月後。ブレフトはユリアーナに問い詰められた。

「うるさい。妻の持参金は夫の物だ。ぼくが使って何が悪い。お前は最近、貴族に頼まれて部屋の内装や調度品を選ぶのを手伝っているのだろう。それで金を稼いでいるというじゃないか。それもぼくに寄越せ」

 季節はもう冬だった。
 今は王都のタウンハウスではなく、クラーセン家の領地に戻っている。雪はめったに降らない。ただ鉛色の雲が重く垂れこめ、霧雨が降ることが多い。

 冬の鬱陶しさをやりすごしたいと考える夫人たちが、室内で快適に過ごせるようにとユリアーナへの依頼が増えているのだ。
 お金はいらないといっても、夫人達は納得しない。ならば代わりにと、宝石を贈ってくる。むしろ高価になってしまうので、ユリアーナは内装や服装のアドバイスに価格を設定することになった。

(レオンの話してくれたとおり、お仕事になったわ)

 その事実は嬉しいし、自分が認められているのはとても誇らしい。
 けれど、このままでは仕事の報酬がすべてブレフトの物になってしまう。

 ブレフトはヘルダに飽きたのか、最近では新たに雇ったメイドに夢中だ。ヘルダよりもさらに若い。あどけない顔に、似合わないほどの胸の大きいメイドだ。

(この家を出ていかなければ。わたくしはどこまでも搾り取られてしまうわ)
 
 そしてブレフトに飽きられたヘルダは、主をなじった。

「旦那さま。どうしてあたしを夜しか呼ばないんですか? あたしはメイドです。旦那さま専用の娼婦じゃありません」

 書斎を訪れたヘルダが、ブレフトに抗議した。ちょうど主は手紙を読んでいるところだった。

 これまでは免除されることの多かった掃除を、ヘルダは命じられることが増えた。
 廊下を箒で掃いて、階段の手すりを拭いて、窓を磨いて。

 彼女が避けてきた仕事ばかりをいいつけられる。お茶を淹れるくらいが、楽で手が抜けてちょうどいいのに。

 クラーセン家のメイドの数は多い。だが、これまでヘルダがブレフトと出かけた日の掃除を、他のメイドは押しつけられていた。
 ヘルダには、その分の仕事がまわってきているだけだ。

「なんで、掃除ばかりしないといけないんですか?」
「お前は自分をメイドだと言ったじゃないか。掃除に関しては、お前がユリアーナの紅茶に雑巾の水を入れたからだろう? 給仕を任せることはできないんだよ」

 ブレフトは、鬱陶しそうに眉を寄せてヘルダを見遣る。

 夕食後なので、外は暗い。オイルランプの芯から、ジジッという音が聞こえた。
 ブレフトは、ベイレフェルト家から届いた手紙をペーパーナイフで開封しようとしていたところだ。

 どうせベイレフェルト夫人が、またユリアーナをお茶会に誘う内容だろう。ならば、彼女宛てにすればいいのに、と考えていたところだった。

(ユリアーナは、今では金という卵を産んでくれるからな。ベイレフェルト夫人以外の貴族からもお呼びがかかることが多い。雑巾の水を飲んで、具合を悪くしたら困るじゃないか)

「旦那さまは、奥さまよりもあたしの方がいいって仰ったわ」
「別にユリアーナに好意があるわけじゃない。ほら、ぼくはヘルダのことを可愛がっているだろう?」

 本当に面倒くさい女だ。
 そう考えるブレフトを、ヘルダは睨みつけた。
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