魔拳のデイドリーマー

osho

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第18章 異世界東方見聞録

第382話 ミフユの誘惑(?)

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 ま、時間がかかるのは仕方ない。
 向こうも、初の他国との外交ってことで、万全を期そうとしてそうなっているだけのことだ。別に何か悪だくみしてるってわけじゃないんだから、きちんと僕らは僕らなりにやるべきことをやってればいいだろう。

 幸いと言っていいのか、僕らも暇で暇でどうしようもない、なんて感じではないので……元々、長い遠征になるのは覚悟してたわけだしね。

 ただ、やっぱり長い、と感じることは多い。
 今までの仕事は、長くても数週間で終わったけど、本格的に今回は数か月単位での仕事になるのが確定した……いや、もう既になってるんだけどもさ。

 まだまだ終わる兆しがなく、もうさらに数か月追加だから……帰りの船の時間を考慮すると、半年超えるかなこりゃ……下手すると、年行くか……?

 仮にそうなっても大丈夫なように準備はしてきた。『オルトヘイム号』に積んできた食料や嗜好品はまだまだあるし、現地で買って消費するのと並行してるから、消費ペースはそんなでもない。

 それでも、消費する以上は減っていくし、消費しなくても『賞味期限』『消費期限』っていう壁が存在するんだけどもね……さすがに『消費できなくなる』のはもったいないし、そんなのは『もったいない』の精神を持つ国で生まれ育った身として許せないから、そうなる前に全部食うけど。

 加えて、こっちに持ってきたものについてのみならず、向こうに『残してきた』ものについても、遠征に耐えうるだけの備えはしてきた。

 具体的に言えば、僕が留守中の『キャッツコロニー』及びその周辺地域だ。

 自然環境――って言っていいのか迷うほど手入れてるけど――の意地は、ネールちゃんとビート達に任せとけば問題ない。

 家の中のことは、ターニャちゃんが部下のメイドロボたちを上手く使ってやってくれる。部屋の掃除から、アイドローネ姉さん(住み込み)のお世話まで。

 そのターニャちゃんについても……さすがに、僕らが不在の間も含めて数か月間『キャッツコロニー』でお留守番、ってのはきつそうだから、時々希望に応じて出かけられるようにしてある。
 具体的には、アイドローネ姉さんに頼めば、外に出かけるための乗り物を動かせるようになっている。あの人、拠点の機械類(マジックアイテム)の使い方きっちり覚えてるからなあ。

 そして……ターニャちゃんが管理できない部分についても万全だ。

 拠点のアイテム類の整備は、メイドロボがオートでやるようになってるし、留守中に使う見込みがないものは、出かける前に全部休眠状態にした上でロックしてある。それなら摩耗もしないし……そもそも、2年くらいは余裕でメンテナンスフリーでやれるように作ってあるしね。

 極めつけに、警備もきちんと……これは説明が面倒なくらいに充実させてるので省く。

 簡単に例えて言えば、今すぐにどこかの大国が攻めてきても対応可能なくらいにはなってます、とだけ。それも、ネールちゃんやビート達を戦力に数えずに、だ。

 そんなわけで、僕らは何も心配せずにここでお仕事にいそしめるわけだ。
 仕事って言っても好きなようにやってんだけどね、全面的に。

「まー何にせよ、退屈しないでいられるってのはせめてもの救いかなー……未知の土地だけあって、研究材料には事欠かないし、時たまこんな風に面白いアイテムを見る機会もあるし」

 そんなことをつぶやきながら、今僕は、自室で、とあるアイテムを調べている所だ。
 この国のマッド枠である、ミフユさんと一緒に。

「はい? 何か言いました?」

「あ、いや何でも。すいません独り言です」

 そう言いながら僕は、目の前にあるアイテムを解析して読み取った、そこに組み込まれている術式を神に写し取っていく。
 いくつか大陸の専門用語が混じるので、その意味がきちんと分かるように、横に注意書きとかも一緒に書き込みながら。

「なるほど……やはり大陸の素材が混ざっていましたか。道理で解析が進まないはずですの」

「大陸サイドの僕にとって、『陰陽術』関連が全く未知の領域だったように、逆もまた然りってことですか……そこに何かあるのはわかっていても、解析まではいたらなかったと」

「そういうことですの。その意味ではやはり、ミナトさんの技には学ぶべきところが多いと言えますの……こうして出会えた運命に感謝しなくては」

「ははは、こちらもお役に立ててよかったです。『陰陽術』の指導じゃ、お世話になりっぱなしですからね……しっかし、この国には面白いものがあるなあ……」

 僕らの目の前にあるのは……一言で言えば、灰である。
 木とか紙とかを燃やすとできる、あの灰である。比喩とかではなく。

 いや、ある意味比喩とも言えるか……この灰、ただの灰じゃないからな。

 コレは、れっきとした魔法薬だ。植物に振りかけると、その植物を急速に成長させ、花を咲かせるまでに至らせる効果がある。……ってまあ、思いっきり『はなさかじいさん』の灰だな。

 もっともこれは、そういうなんか不思議なおまじない的なプロセスの元にそうなるわけじゃなく、きちんと理屈の通った『魔法薬』として作られてるんだけどね。

 解析したところ、確かに、有機物が燃焼した結果としてできる『灰』に間違いない。しかし、その素材や燃やし方、さらにその際使った燃焼促進剤なんかが特殊なんだろうな。

 しかも驚いたことに、この灰、大陸の素材とこの国の素材の両方を使っている。そのせいで、ミフユさんはこの『薬』としての灰を解析しきれなかったわけだ。

「……正真正銘『燃やされて』こうなってるだけに、解析が難しかったですね」

「そうなんですの……私としても、単なる加熱ならともかく、燃焼によって反応を起こす調合レシピなんて、聞いたことも無くて……。一種の焼成と言えばいいのか……炭焼きや溶鉱といった、似たような、過剰な熱を加える技法を絡めて考えていましたが……大陸の素材が必要と言うのでは、わからないはずですの。それを見抜いたミナトさんの慧眼には、感心させられるばかりですの」

「たまたまですよ……似たような反応を知っているからこそ、こうして思いつけたわけですし」

 『炎色反応』みたいな、燃焼時に起こる化学反応についても、前世から通して色々と勉強してたからな……理系だったから、そういうのは特に、って感じで。
 それが功を奏して第一志望の大学に受かったんだけど……その前に死んだんだっけ。

 ま、その時のことはもう思いだしてもしゃーないしね。

 それに、『煮る』でも『焼く』でも『蒸す』でもなく『燃やす』ないし『くべる』ことで効能を発揮する薬品の類って、意外と多いもんな。
 日本でも、蚊取り線香とかそうじゃんね? 燃やして出す煙で虫を退治する。

 それゆえに、何を燃やすとどんな反応を起こすか、っていうのをある程度知っていた僕は、大陸の素材に似た成分を持つものがあったのを思い出した。

 しかし、それは魔法薬の素材じゃないし、そもそも火にくべて使うものでもない。火にくべるとこんな有害な物質を出す、っていう知識で知っていた。

 しかし、こっちに――ヤマト皇国に来てから得た知識で、それを中和する作用がある素材の存在を知ったため、もしかしたらと思って試してみたら、ビンゴだった。

「多分だけど、これを最初に作った人は、偶然この効能を知ったんじゃないかな? この灰の元になる木材は、材木としてはかなり良質で、細工物を作るのに向いてるんです。ただ、燃やすと有害な成分を放出するので、処分が手間なんですが……この国で育つ、染料の材料になる一部の植物にそれを中和する効能があるようです。その2つの端材か何かを一緒に燃やして……」

「その灰をそのへんに撒いて処分したら、植物を成長させる効能が発揮されて、それに気づいた……なるほど、ありそうな話ですの」

 うんうん、と何度も首を振って納得したように言うミフユさん。
 しかし直後にはにっこり笑って、僕が解析したレシピを書き記した紙を手に取り、

「でも、製法さえわかればもう問題ないですの。いやあ、一時はどうなることかと思いましたが……これで今後もこれを使うことができますの」

「よかったですね、失伝状態にならなくて……」
 
 ああ、今更だけど……今僕がこうして、ミフユさんの依頼で魔法薬の成分や製法を解析していたのは、『陰陽術』のレッスンのお礼としてである。
 ほら、契約する時に言ってあったからね、そういう条件にするって。

 僕は、最高水準の『陰陽術』のレッスンを受けられる。
 その代りに、タマモさん達からの頼みをできるだけ聞く。

 少し前……そうだな、サクヤの治療が始まったあたりくらいから、ちょっとずつこういう『依頼』を受け始めてたんだよね。

 護衛としての仕事に支障がない範囲であれば、そういう頼み事を受けても構わないってオリビアちゃん達から了解もとってあるし……今回みたいに、未知の魔法薬やマジックアイテムの解析を頼まれることもあるので、楽しんでやっている。

 で、今回のこの『灰』だが……田舎とある農村で作られていたものらしいんだけど、最近、コレを作れる職人さんが絶えていなくなってしまったらしいのだ。

 レシピを知っている最後の1人が事故で死んでしまい、残された弟子たちもその作り方を知らない者達ばかりだった。ゆえに、もう売れるのは、すでに作ってあったものの備蓄だけで、それ以降はもう……なんて状態だったのを、どうにか今回僕が解析しました。
 
「しかしこれ、何に使うんです? やっぱ枯れ木に花を咲かせるんですか?」

「いやいやいや、何言ってるんですか。枯れ木に花が咲くわけないじゃないですか……花を咲かせるなら、少なくともつぼみができていないと使えないですよ」

 ですよね。この灰、っていうか魔法薬、本質は即効性の栄養剤+成長促進剤ですもんね。
 高い栄養価と優秀な吸収率により、短期間分ではあるけど、植物を一気に成長させる、というもの。だから、それ相応には植物が成長してないと使えない。

 しかも、一気に成長させるから植物への負担自体も小さくはない。急激に投与された栄養をきちんと体になじませる期間が必要だから、継続的ないし連続的な投与はできないという欠点がある。

 さらに、コレ使って野菜とか成長させると、無理やり成長させる分、どうしても時間が必要になる『熟す』っていう点がおろそかになる可能性がある。
 早い話が、普通に作るより早くできるが、その分美味しさが犠牲になる可能性があるのだ。

 そんな、すごくはあるけど使用用途は限定された魔法薬を何に使うのかと言えば……

「ああ、これはまあ……言うなれば、お偉方の道楽ですの」

「道楽」

「はい。花見、ってご存じですか?」

「ああ、はい、知ってますよ? 春に桜の花を見ながら飲み食いとかする奴ですよね? 『花より団子』っていうことわざの語源にもなった」

「相変わらず博識ですの……ええ、その通りなんですけどね? キョウの都のお偉方の中には、花見はしたいけど仕事が忙しくて中々都合がつかない、ちょうどよく桜が咲いている時期に行くのが難しい、っていう人が結構いますの。加えて、桜がいつ咲くかなんて、わかりませんしね」

「……ひょっとして、自分達で桜が咲く時期をコントロールするために?」

「ええ。普段はわざと桜の成長を遅らせて留めさせる魔法薬を使い、花見をする日の朝にこの『灰』を使うことで、狙って桜を開花させ、満開にするんですの。朝一番で使えば、昼過ぎには満開になりますからね、この薬なら」

 なるほど……そりゃ確かに『道楽』だな。
 聞いたところ、この薬って結構なお値段するみたいだし、普通の市民には手が届かない価格帯だ……貴族や大商人の御用達品になるのもむべなるかな、ってとこか。

 しかし……もったいないなあ。

「ちょっと改良すれば、いい肥料として仕えそうなのに……逆に一部の効能を弱めて、植物の成長を、あくまできちんと着実なものにするだけの成分にとどめておけば……うん」

「……ひょっとしてそれ、作れたりします?」

「材料さえあれば、多分」

 すでに僕、過去に似たような薬――強力かつ植物にやさしく、品質にも何も悪影響を及ぼさない合成肥料型魔法薬――を作ってるしな。あくまで、大陸の材料でだけど。

 それを、この国で取れる材料だけで作れるようにすれば……いや待て、この『灰』も、一部大陸の材料を使ってるんだよな。なぜか。
 ……例の現象で『流されて』きたものの中に、種か何かが混ざってて、こっちで自生したのか?

 いずれにせよ、この『灰』の産地だったっていう農村の近くにある野山か何か、調べる必要がありそうだ。その辺はミフユさんに任せるけど。

「それにしても……わかってはいましたけど、ミナトさんは本当に、研究者としても一流なのですね。ここ数週間の間に、今まで謎だった秘薬や法具の仕組みをいくつも解き明かしてもらえて……正直、私も一端の学者である自信はあったのですが、それもなくしてしまいそうですの」

「いやいやいや、自分のはただ、ここに来るまでの知識と経験が上手いこと噛み合った結果ですよ。僕だって陰陽術に関しちゃ、今まさにその『知識』を吸収してる最中ですし、研究の時に一緒になって調べたりして、ミフユさんのお世話になるシーンも多いじゃないですか」

「それこそ、今はあなたにとって『未知』である部分で優位に立っているだけですの。同じ所までミナトさんが知識をつければ、あっという間に追い抜かれてしまいますの。実際……この国の素材や知識だけを使った研究ででも、私が追いつけない分野まで進めているものが出てきてますし」

 はぁ、とため息交じりに言うミフユさん。
 しかし不思議と、その彼女からは嫌味な感じも、嫉妬するような感情も感じられなかった。純粋に研究が進んで、自分にとっての未知なる領域に足を踏み入れることができていることを嬉しがり、またそれによってタマモさん達の役に立てることを嬉しく思っている感じだ。

 何より、ミフユさんは微塵も諦めていない。
 今は確かに、知識を吸収して怒涛の勢いで――自分で言うのもなんだけども――研究を進めている僕の後塵を拝している状態だが、自分は自分で大陸の技術やら何やらを貪欲に吸収し、ゆくゆくはもっと上のステージへ行くのだと言わんばかりの、燃えた目をしている。

 こうなった時の研究者は強い。
 いや、もっと言うと……怖い。

 これまた僕が言うのもなんだが、止まらない。止まる気がない。何をするかわからない。そして大体、とんでもないことをやらかす。けど結果は出す。
 少なくとも、僕の周囲ではそうだった。僕含めて。

 それを既に『楽しみだ』と思ってるあたり、僕はもう心底マッドなんだな、と思った。

 すると、ふいにミフユさんは、その目の炎を消したかと思うと、何かを思いだしたかのように、今度はいたずら好きな子供のような笑みを浮かべて、

「えーっと……ミナトさん、そう言えばですね、ちょっと聞きたかったことがあったんですけど」

「? 何ですか?」

「ミナトさん、私と『ピ――――』しませんか?」

「いきなり何てことを聞くんですか」

 ちょっと、ホントに何、いきなり?
 読めない。意図が読めない、全く。何を考えてそんな伏せ字確定用語きいてきたのおたく?
 
 まだ昼間、日も高いうちから、教育上よろしくない質問を。何だ、この質問は……何かの心理テストか? 僕今、何かを試されてる? どう答えるべきなんだ?

「あ、別にコレ何かを試してるとかそういうんじゃないですから、心配しなくていいですの。今、言ったまんまのことが知りたくて言った質問ですの」

「それはそれでどうなんですかね……ていうか、何を考えてこんなこと聞いてきたんです?」

「ん~……ミナトさんって、普段の生活ぶりを見る限り、『そういうこと』に興味がないわけじゃないし、エルクさん達を相手に『お楽しみ』してる様子も結構な頻度であるのに、その他の女の子……屋敷の奉公人に手を出す様子もなければ、都にあるそういうお店を利用してる様子もないって聞きますから、どうしたのかな、と思って」

「待ってください、ちょっ、ホント待って、何ですかその……え!?」

 あの、色々聞き逃せない単語と言うか、話が……何? 僕、なんかミフユさんにそんな、夜の出来事系の事情把握されてるの? なぜに!?

 そ、その……エルクとかと『そういうこと』をしてることもそうだけど、それ以外では手を出してないとか……いや、全部その通りなんだけど……何で知ってる? 調べたのか? なぜ!?

「そりゃまあ……私としても興味、ありますからね? 大陸の学問はもちろん……ミナトさん、あなた自身にも。『夢魔』なんですよね? 突然変異とはいえ……この国にはいない『亜人』種族」

「?」

「この国にも、いわゆる『淫魔』の系列……異性との淫らなことに及ぶ生態を持つ『妖怪』はいくつもいますからね……かくいう私もその一例ですし。大陸では、『夢魔』というのはその代表格で……タマモ様曰く、ミナトさんの母君であるリリン様もそうだったと聞きますの。でもそれにしては、ミナト様はそういう方向には決して貪欲でなく、むしろ慎ましやかなくらいですし、それが単なるミナトさんの趣味嗜好なのか、それとも生態なのか……仮に後者だとすれば、通常、雌しかいない夢魔の雄はどんな生態を持っているのか……その他、考えれば考えるほど気になって」

「あー……もしかして、そういう?」

「ええ。ミナトさんだって、私達『妖怪』に興味津々でしょう? 何度か私達を見る目が、面白い研究対象を見る目になっていましたの。気づかないと思いました?」

「……それについては、その……大変失礼しました」

「いいえ、お互い様ですから気にする必要はありませんの。少なくとも私はね。こうして今、もう我慢できなくなって正面から聞かせていただいてますし……勘違いさせるような言い方をしてしまいましたけど、興味があるのはミナトさんだけじゃないですし。『ネガエルフ』に『ハーフエルフ』、『マーマン』に『ケルビム』、さらには『吸血鬼』や『先祖返り』……種族だけでもこれだけいるのに、それらが使う技能や、全く未知な道具に秘薬……皆様が来てから、毎日ときめいておりますの」

 いつの間にやら、彼女の目に炎が戻ってきていた。
 成程、彼女の今の質問は、エロい意味じゃなくて……いや正確には、エロい意味の部分すら学問ないし研究の一環として見て、僕にそのことを聞いてきてるわけか。

 さらに言えば、僕の仲間達も……彼女からすれば、未知の『妖怪』と言ってもいいくらいの存在であると言えるわけだ。全く未知の技を使う、見たことも聞いたことも無い種族とくれば……そりゃ、同じマッドである僕にはわかる。
 敬意をもって接する仲間や友達であると同時に、どうしても『研究対象』としても見てしまう。

 さっきのアレな質問は、『夢魔』である僕に対してのとっかかり、ないし話題作りとして聞いてきた……ってことか? まあ、それなら……わからなくもないような、いや、やっぱりそれでもちょっと問題ありなような……

「ふふっ、驚かせてしまったのはすみません。でも、冗談で言ったわけではないんですよ? 先程言ったように、私もそういう妖怪の一種ですから、もしそういう手段でコミュニケーションがとれるようであれば、もっと親密になれるかな、と思っただけですし、お互いの研究のとっかかりにもなるでしょう? 何せ、素肌を隠さず触れ合わせる仲になるわけですし」

「……そういえばさっき言ってましたけど……ミフユさんも『夢魔』と同じような種族……淫魔の類だってどういうことですか? あなた確か『雪女』じゃ……」

「ええ、そうですよ? 『雪女』の中には、生態として人間の男の精気を好んで吸う生態を持っている者達もいるんですの。ご存じありませんでした?」

 ……そうなの?
 冗談……を、言ってる様子はないな……初耳です。

「全部が全部そうってわけじゃあないですの。そもそも、『夢魔』と違って、定期的にそれを吸わなければ生きていけないわけでもないですし。でも、それを好みとする『雪女』にとっては、雪山で出会う男の精気は、それはそれは上等なご馳走ですの」

「ご馳走?」

「ええ。聞いたことありませんか? 男性は生命の危機に直面すると、子孫を残すために一時的に精力と性欲が高まり……大陸でいうところの『ハイ』な状態になる、と。その状態の男性から吸い取れる精気というのが、もう一度味わったらやめられないくらいの美味でして……! ですから一部の雪女は、雪山で遭難した男を見つけて連れ帰り、そのギリギリでハイになった精気を吸わせてもらう代わりに、コトが終わったら手当をしてご飯も食べさせて、無事に人里に返す、ということをしていますの。私も、旬……もとい、冬になったら時々お休みをもらって里帰りしてますし」
 
 ……今、明らかに『旬』って言ってたのはともかくとして。

 うまいこと考えるもんだな。遭難者の救助と自分達の欲求の発散の両立か……まあ、誰も不幸にはなってないし、いいのか?

「そんなわけで、もしミナトさんもそういったことに寛容なのであれば、ひとついかがかな、と思ってお誘いさせていただいたんですの。きちんとしたお互いの『生態』なわけですし……この国には『房中術』という、男女が閨を共にしている最中に使う、いわゆる『秘術』もありますの」

 『いかがですか?』と改めて問いかけてくるミフユさん。
 その笑顔は、裏表なんて何もなく、ただ今言った通りに、コミュニケーションの一環としてというか……スポーツか何かみたいな感覚で誘ってるようだった。

 その、今までにない感じでの問いかけに、ちょっと一瞬怯んでしまったものの……

「えーと、すいません。やめときます」

「あら、それは残念。私はいつでも歓迎ですから、気兼ねなくおっしゃってくださいですの」

 きちんと断ると、ミフユさんもあっさり引いた。一言付け加えるのは忘れなかったものの……やはり、そこまで真剣……というか、がっつく感じで言ったわけではなかったようだ。

 …………が、

「……もしかしたら近々、必要になるかもしれませんから、ね」

 最後の最後にそう言い残していったのは、いたずらか、あるいは……?





 ちなみに、ミフユさんが、僕がたびたびエルク達と『昨夜はお楽しみでしたね』なことになっているとわかっていたのは、タマモさん情報らしい。
 曰く『一目見れば昨日ヤったかどうかくらいはわかる』とのこと。怖えーよ。



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