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噂
噂4
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── 廊下を歩く乙は、片手をポケットにしまい、厨房をノックして少し開けると軽食を頼む。
出来上がった軽食をカートに載せ、ふと廊下の窓を見た。
「…雨…?」
「風邪をひくわよ?」
「…!!!」
一瞬、聞き覚えのある声が聞こえた気がして振り向いたが、誰もいるわけがない。
「鈴音…」
物悲しい表情を浮かべ、雨をしばらく見つめていた。
初めて鈴音と出会ったのも、こんな雨の日だった。
必死に廊下で慣れない英語で訴えて助けを求めていた。※1
荒んで遊び歩く乙が唯一、心を許した女性。
だが彼女はある日、忽然と乙の前から姿を消した。
一通の手紙を残して…。
最初は、鈴音を探すため手を尽くし、いつか帰ってくると信じていた。
しかし、鈴音から連絡は無かった。
『こんな想いをするくらいなら、もう二度と人は愛さない』
乙は、また心を閉ざすようになった。
鈴音と出会う前と変わらず、ラブペットを作り…。
それは今も変わらない…。
人を愛する恐怖、痛み、苦しみ…
乙には愛は苦痛でしかない。
「…ッ」
『未だに何処かで期待しているのかもしれないな…。
いつか…帰ってくるかもしれないと…
そんな事あるわけない。
鈴音は…もう…』
亡くなったと風の噂で聞いたことがある。
何故かそれが納得できた。
何の根拠もなく、それが何故なのかは解らないが…。
多分、鈴音は二度と乙の元には帰らない。
そんな気がしたのだ。
雨音が乙の闇の部分に溶けていくようだ。
「乙…愛してるわ」
鈴音の声が雨音に混じり存在しているような錯覚さえ生まれる。
乙は、深いため息と共にまた廊下を歩きだした。
部屋に戻るとひんやりとした空気と共に重苦しい空気が漂っている。
寝室に行くと勿論、その原因と言えるものが膝にシーツをかけ、体育座りにうずくまりヒクヒクと大きく震えていた。
「…風邪をひくぞ」
そう言うとポフンと瀾の頭に手を置き、ベッドに腰を掛けた。
よほど泣いたのだろう。
白兎のように赤く瞳を腫らして、半ば怯えた弱々しい表情を浮かべ瀾は乙を見上げた。
その表情が過去の鈴音と重なる。
乙は、少し物悲しい表情を浮かべ、そっと瀾を抱き締めた。
「体が冷えきっている…」
「…ヒック…ヒッ…」
抱き締めた腕に力が入る。
乙は、過去の鈴音の温もりと瀾の肩を重ねていた。
『そう…これはきっと…
雨のせいだ…』
そう想いながら…──
※1)小説『アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー』
章〔撫子〕~〔狂愛の慈愛〕参照
出来上がった軽食をカートに載せ、ふと廊下の窓を見た。
「…雨…?」
「風邪をひくわよ?」
「…!!!」
一瞬、聞き覚えのある声が聞こえた気がして振り向いたが、誰もいるわけがない。
「鈴音…」
物悲しい表情を浮かべ、雨をしばらく見つめていた。
初めて鈴音と出会ったのも、こんな雨の日だった。
必死に廊下で慣れない英語で訴えて助けを求めていた。※1
荒んで遊び歩く乙が唯一、心を許した女性。
だが彼女はある日、忽然と乙の前から姿を消した。
一通の手紙を残して…。
最初は、鈴音を探すため手を尽くし、いつか帰ってくると信じていた。
しかし、鈴音から連絡は無かった。
『こんな想いをするくらいなら、もう二度と人は愛さない』
乙は、また心を閉ざすようになった。
鈴音と出会う前と変わらず、ラブペットを作り…。
それは今も変わらない…。
人を愛する恐怖、痛み、苦しみ…
乙には愛は苦痛でしかない。
「…ッ」
『未だに何処かで期待しているのかもしれないな…。
いつか…帰ってくるかもしれないと…
そんな事あるわけない。
鈴音は…もう…』
亡くなったと風の噂で聞いたことがある。
何故かそれが納得できた。
何の根拠もなく、それが何故なのかは解らないが…。
多分、鈴音は二度と乙の元には帰らない。
そんな気がしたのだ。
雨音が乙の闇の部分に溶けていくようだ。
「乙…愛してるわ」
鈴音の声が雨音に混じり存在しているような錯覚さえ生まれる。
乙は、深いため息と共にまた廊下を歩きだした。
部屋に戻るとひんやりとした空気と共に重苦しい空気が漂っている。
寝室に行くと勿論、その原因と言えるものが膝にシーツをかけ、体育座りにうずくまりヒクヒクと大きく震えていた。
「…風邪をひくぞ」
そう言うとポフンと瀾の頭に手を置き、ベッドに腰を掛けた。
よほど泣いたのだろう。
白兎のように赤く瞳を腫らして、半ば怯えた弱々しい表情を浮かべ瀾は乙を見上げた。
その表情が過去の鈴音と重なる。
乙は、少し物悲しい表情を浮かべ、そっと瀾を抱き締めた。
「体が冷えきっている…」
「…ヒック…ヒッ…」
抱き締めた腕に力が入る。
乙は、過去の鈴音の温もりと瀾の肩を重ねていた。
『そう…これはきっと…
雨のせいだ…』
そう想いながら…──
※1)小説『アールグレイの月夜 ー双子の妹・輝李編ー』
章〔撫子〕~〔狂愛の慈愛〕参照
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