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忠告1 見合いの打診
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しおりを挟む――本日、7月初旬。
エントランスの掲示版には、月末から海外グループ企業の御曹司が、トップマネジメント研修という名目で我社に来日してくることが記されていた。
期間は、月末から四ヶ月後に控える、“漆鷲ホールディングス創業百五十周年レセプションパーティー”までの約三ヶ月間。
会長と親友であられるグループ企業経営者の依頼から、決まった模様だ。
その裏には、うちで新しく勧められる事業も関係しているらしいのだけど……それはひとまず置いておいて。
しっかりと経営枠が整ったうちのマネジメントシステムは、興味を持つ経営者がとても多かった。
経営スクールや法人団体から講義を依頼されることも多々あり。
こうしてグループ企業の役員・社員を、長期マネジメント研修という形で受け入れることは、よくあることだった。
そんななか、今回研修に来るのは、将来を約束されたエグゼクティブ。
身内事情で長期間受け入れることもあって、期間中は、本社に身を置くことになっているらしい。
……とはいえ、困ったことに、やってくる御曹司は、来日経験が乏しく日本語にも不慣れ。極めつけには、まだ経営に携わってまもなく秘書もいないとか?
そんなわけで――今回の御曹司のサポートとして白羽の矢が立ったのが、永斗社長の専属秘書を務めている、島田智秋さん。
さっきも言ったように、ペンタリンガルという逸材の上に、経営知識や高い情報収集能力を極めていて。
その優秀さを見初められて、学生時代から研修を兼ねてここに出入りしているとか?
もとより永斗社長の幼馴染みであることが、ここへの入社のきっかけらしいけれど、それを差し置いても彼のエグゼクティブ対応は誰もが認めている。
三十四歳という若さでありながら、漆鷲グループの秘書たちの統制をはかり、管理、監督をしている秘書統括責任者という立場にあるエリートだ。
関連する事業もろとも、全てをフォローしつつ、弊害にならないようサポートがこなせるのは彼しかいない……という満場一致の意見が上層部であがったらしい。
「――ということで」
一通り説明を終えた室長は、ゼネラルマネージャー――改め、島田さんのシャープな肩に親しげにポンッと手を乗せた。
「――三ヶ月間、島田が引き受けてくれることになったから、よろしくね。みんなの知っての通り、島田は永斗坊っちゃんの専属だから。場合によっては島田の手が向こうで必要になることもあるわ。協力してね」
「「――はい」」
背の高いダークスーツに包まれた均等のとれた美しい体躯。サラリと斜めに流れる漆黒の髪。
その下から覗く、セルフレームのシンプルなメガネに。長い睫毛のふち取る切れ長の瞳と鼻梁の通った鼻筋。そして、ちょっぴり薄情そうな薄い唇。
あぁ……今日も素敵だなぁ。
スーツモデルのように知的で凛とした美貌を持つ彼だけれど、またの名を『秘書室の悪魔』と陰で囁かれている。
冷静沈着で。誰よりも仕事に忠実。
こなす業務は一級品なのに、どこか歯に着せぬ物言いで敬遠されがち。
そこに特有の圧のある敬語口調も重なれば、恐れの対象となってしまうわけだ。
まぁー。
たまにみられる怪しげな薄ら笑いは、鬼というよりかは、悪魔や言ったほうがしっくりくるかもしれない?
ちょっとだけ独特な、私たちグループセクレタリーのトップである。
特段、私は嫌な人だと思ったことはないんだけどね。
だって――。
「良かったね、桜」
朝礼を終えたあと、友子がニヤニヤと肘でつついてから坪井さんと個別役員室へ向かう。
もう……。少しくらい隠して欲しいな。
『業務はもちろんのこと、あなた方の緩んだ態度も指導したほうがよさそうですね……。よろしくお願いいたします。――では』
手早く挨拶を済ませ、秘書フロアを後にするダークスーツの後ろ姿を思い出すと、きゅっと胸の奥が詰まる。
「國井ーー! 先に執務室行ってるぞ! 今日は会長が出社する日だからな」
「はい!」
相棒の会長第一秘書、藤森さんに呼ばれ、タブレット端末、ペン、ファイル、スケジュール帳、などなどをガサゴソと手に抱えて、すぐさま後を追いかける。
――例え職場が一緒になろうと、もう、彼があのときのみたいに、笑いかけてくれることはないだろうな。
私は入社当時から、ゼネラルマネージャー、
ううん。島田さんに、ずっと恋をしている。
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