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王都からの早馬
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あれから丘で軽食を摂り、その後森の中をのんびり散策してから別荘に戻ると、表に馬が繋がれているのが見えた。今し方到着したように見えるそれにレニエ様と顔を見合わせた。何だろう、いやな予感がする……
「ああ、旦那様!」
門をくぐると門番が声を上げた。何かあったらしい。その声を聞きつけてか、玄関の扉が開き、侍女長が出てきた。
「どうした?」
「旦那様、王都のお屋敷より早馬です」
「早馬?」
こちらですと侍女長が差し出したのは一通の封書だった。わざわざこんなところにまで送って来るのだからよほどの用事なのだろう。
「ジゼル、着替えてから私の部屋に来て」
「ええ」
胸騒ぎがするけれど私には関係ないものかもしれない。侍女長と部屋に戻って身体を軽く拭いてから普段着に着替える。侍女長の話では早馬はほんの少し前に到着したという。話を聞きながらレニエ様の部屋に向かった。
「ああ、ジゼル。こちらに」
部屋に入るとレニエ様は三人掛のソファに腰かけていた。隣の座面を叩くのでそこに腰を下ろした。封書は既に開けられてテーブルの上に置かれていた。
「レニエ様、何があったかお聞きしても?」
「ああ、ジョセフ殿からだ。お父君が……倒れられたそうだ」
「お父様が?」
「うん。幸い命に別状はないらしいが……」
レニエ様を見上げると頷いて書面を渡してくれた。そこには父が倒れていたこと、これからジョセフ様が領地の父の元に向かう旨が記されていた。ミレーヌも同行することも。
「どうする、ジゼル」
「…………」
「ここからシャリエ領の領宅までは馬車で一日だ。王都から行くよりも近い」
「……行っても、いいのでしょうか……」
命に関わることはないと言われても父は父。既にシャリエ家から籍も抜けているし、仕事だってあるけれど、簡単に切り捨てるなんて出来ない。
でも、今から向かえば暫くは戻れないかもしれない。レニエ様の異動だってもう直ぐだ。休んでいる間に仕事も溜まっているだろうから、向かっていいのかと戸惑う。
「養子に出ても実親との縁が完全に切れたわけじゃない。それに今頃はエドモン君も向かっているだろう」
レニエ様の言う通り、エドモンは既に向かっているだろう。あの子は実家などどうでもいいような言動をしながらも決して見捨ててはいない。これまでもミレーヌの様子をジョセフ様から聞いているというし。
「……お、お願いします」
「わかった。ここからシャリエ領か……ナラ、途中に宿が取れそうなところはあるか?」
侍女頭に尋ねると、彼女はしばらく考え込んだ。
「ここからシャリエ領となりますと……貴族が泊れる宿はなかったかと。道中に村はありますが小さいものです」
「そうか……ジゼル、明日、夜明けと共に発とう。さすがにここでは野営の準備は出来ない」
少し考えてからレニエ様がそう仰るので頷いた。この人数の護衛で野営は自殺行為だろう。それよりも朝一番に出発した方が危険は少ない筈。
「今日は早めに休もう。ナラ、すまないがその準備を頼む」
「かしこまりました」
「ジゼル、王都には早馬を送る。仕事のことは心配しなくていい」
「ありがとうございます」
休みは残り二日あるけれど、シャリエ領から王都までも二日はかかる筈。天候で帰都が遅れることはままあるけれど、休暇延長を願い出ておいたほうがいいだろう。カバネル様たちに負担をかけてしまうのが申し訳ない。
「ジゼル、カバネル先輩たちは君の事情をご存じだから心配はいらない。それよりも顔色が悪い。少し休んだ方がいい」
頬に手をそっと添えられて、その手の熱さに驚いた。それだけ冷えていたのだろうか。湯の用意をとレニエ様が侍女に頼み、直ぐに出ていった。
「ジゼル、ゆっくり湯に浸かって体を温めて。それから少し休んだ方がいい」
「は、はい」
泣きそうな表情で見下ろされては否やとは言えなかった。確かに慣れない遠乗りで少し疲れたかもしれない。昨夜はあまり眠れなかったし。
程なくして侍女が湯の準備が出来たと呼びに来た。熱いくらいの湯に身体を鎮めると痛いくらいで、身体が思った以上に冷え切っていたのだと感じた。風が気持ちいいと思っていたけれど、思った以上に冷えていたらしい。身体が温まると眠気が襲って来た。ソファに掛けて侍女に髪を拭いて貰っていると瞼の重みに耐えられなくなるのを感じた。
「……レニエ様?」
目が覚めた時、私はレニエ様によりかかっていた。掛布がかかっているけれど、レニエ様がしてくれたのだろうか。
「ああ、目が覚めたかい?」
「私……眠って……」
「疲れたんだろう。貴族の令嬢が馬に乗るなんて滅多にないからね」
「そう、ですね」
その通りで、馬に乗ったのは初めてのことだった。昨日も乗ったせいで少し筋肉痛になっているくらいだ。
「さぁ、そろそろ夕食の時間だけど、食べられる?」
「ええ。お腹……空きました」
「ははっ、それならよかったよ」
お腹が空くうちは大丈夫だと誰かが言っていたっけ。レニエ様にエスコートされて食堂に向かった。
その日は早々に就寝して、翌朝私たちは日の出とともに別荘を発った。命に別状はないと言われても、実際にこの目で見なければ安心出来そうもない。不安を抱えながらも初めて足を踏み入れるシャリエ領邸へと向かった。
「ああ、旦那様!」
門をくぐると門番が声を上げた。何かあったらしい。その声を聞きつけてか、玄関の扉が開き、侍女長が出てきた。
「どうした?」
「旦那様、王都のお屋敷より早馬です」
「早馬?」
こちらですと侍女長が差し出したのは一通の封書だった。わざわざこんなところにまで送って来るのだからよほどの用事なのだろう。
「ジゼル、着替えてから私の部屋に来て」
「ええ」
胸騒ぎがするけれど私には関係ないものかもしれない。侍女長と部屋に戻って身体を軽く拭いてから普段着に着替える。侍女長の話では早馬はほんの少し前に到着したという。話を聞きながらレニエ様の部屋に向かった。
「ああ、ジゼル。こちらに」
部屋に入るとレニエ様は三人掛のソファに腰かけていた。隣の座面を叩くのでそこに腰を下ろした。封書は既に開けられてテーブルの上に置かれていた。
「レニエ様、何があったかお聞きしても?」
「ああ、ジョセフ殿からだ。お父君が……倒れられたそうだ」
「お父様が?」
「うん。幸い命に別状はないらしいが……」
レニエ様を見上げると頷いて書面を渡してくれた。そこには父が倒れていたこと、これからジョセフ様が領地の父の元に向かう旨が記されていた。ミレーヌも同行することも。
「どうする、ジゼル」
「…………」
「ここからシャリエ領の領宅までは馬車で一日だ。王都から行くよりも近い」
「……行っても、いいのでしょうか……」
命に関わることはないと言われても父は父。既にシャリエ家から籍も抜けているし、仕事だってあるけれど、簡単に切り捨てるなんて出来ない。
でも、今から向かえば暫くは戻れないかもしれない。レニエ様の異動だってもう直ぐだ。休んでいる間に仕事も溜まっているだろうから、向かっていいのかと戸惑う。
「養子に出ても実親との縁が完全に切れたわけじゃない。それに今頃はエドモン君も向かっているだろう」
レニエ様の言う通り、エドモンは既に向かっているだろう。あの子は実家などどうでもいいような言動をしながらも決して見捨ててはいない。これまでもミレーヌの様子をジョセフ様から聞いているというし。
「……お、お願いします」
「わかった。ここからシャリエ領か……ナラ、途中に宿が取れそうなところはあるか?」
侍女頭に尋ねると、彼女はしばらく考え込んだ。
「ここからシャリエ領となりますと……貴族が泊れる宿はなかったかと。道中に村はありますが小さいものです」
「そうか……ジゼル、明日、夜明けと共に発とう。さすがにここでは野営の準備は出来ない」
少し考えてからレニエ様がそう仰るので頷いた。この人数の護衛で野営は自殺行為だろう。それよりも朝一番に出発した方が危険は少ない筈。
「今日は早めに休もう。ナラ、すまないがその準備を頼む」
「かしこまりました」
「ジゼル、王都には早馬を送る。仕事のことは心配しなくていい」
「ありがとうございます」
休みは残り二日あるけれど、シャリエ領から王都までも二日はかかる筈。天候で帰都が遅れることはままあるけれど、休暇延長を願い出ておいたほうがいいだろう。カバネル様たちに負担をかけてしまうのが申し訳ない。
「ジゼル、カバネル先輩たちは君の事情をご存じだから心配はいらない。それよりも顔色が悪い。少し休んだ方がいい」
頬に手をそっと添えられて、その手の熱さに驚いた。それだけ冷えていたのだろうか。湯の用意をとレニエ様が侍女に頼み、直ぐに出ていった。
「ジゼル、ゆっくり湯に浸かって体を温めて。それから少し休んだ方がいい」
「は、はい」
泣きそうな表情で見下ろされては否やとは言えなかった。確かに慣れない遠乗りで少し疲れたかもしれない。昨夜はあまり眠れなかったし。
程なくして侍女が湯の準備が出来たと呼びに来た。熱いくらいの湯に身体を鎮めると痛いくらいで、身体が思った以上に冷え切っていたのだと感じた。風が気持ちいいと思っていたけれど、思った以上に冷えていたらしい。身体が温まると眠気が襲って来た。ソファに掛けて侍女に髪を拭いて貰っていると瞼の重みに耐えられなくなるのを感じた。
「……レニエ様?」
目が覚めた時、私はレニエ様によりかかっていた。掛布がかかっているけれど、レニエ様がしてくれたのだろうか。
「ああ、目が覚めたかい?」
「私……眠って……」
「疲れたんだろう。貴族の令嬢が馬に乗るなんて滅多にないからね」
「そう、ですね」
その通りで、馬に乗ったのは初めてのことだった。昨日も乗ったせいで少し筋肉痛になっているくらいだ。
「さぁ、そろそろ夕食の時間だけど、食べられる?」
「ええ。お腹……空きました」
「ははっ、それならよかったよ」
お腹が空くうちは大丈夫だと誰かが言っていたっけ。レニエ様にエスコートされて食堂に向かった。
その日は早々に就寝して、翌朝私たちは日の出とともに別荘を発った。命に別状はないと言われても、実際にこの目で見なければ安心出来そうもない。不安を抱えながらも初めて足を踏み入れるシャリエ領邸へと向かった。
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