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弟とその婚約者
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「……エドモン」
「ああ、やっと見つけたよ、姉上!」
女性をエスコートしながら笑顔でこちらに向かってくるのはエドモンだった。きっとあの方がラシェル様なのだろう。学園で遠目に見たことはあったけれど、こうして直にお会いするのは初めてだ。
「姉上、紹介するよ。ドルレアク公爵家のラシェル嬢だ。ラシェル、俺の姉のジゼルだよ。こちらは婚約者のミオット侯爵様」
「ラシェル=ドルレアクですわ、初めましてジゼル様。ミオット侯爵、お久しぶりでございます」
ラシェル様は輝く銀色の髪を綺麗に結い上げ、青に金の差し色のドレスを纏っていた。エドモンの色そのままだ。薄緑色の瞳は潤み、頬は薔薇色、少し厚めの唇が色っぽいけれど、顔立ちは涼しげで私よりも大人っぽく見える。しかも出るところが出ている実に羨ましい身体つき、しかも公爵家の後継者で学園では首席を争う才女なのだ。羨ましい事この上ない。
「初めまして、姉のジゼルです。今はセシャン伯爵家でお世話になっております」
「ええ、伺っていますわ。ルイーズ様とは親しくさせて頂いていますの。ルイーズ様も姉妹が出来たと仰ってお喜びでしたわ。ね、ミオット侯爵?」
「そうですね。これもジゼルのこれまでの努力の賜物でしょう」
「そ、そうですか」
ルイーズ様はそんな風に言って下さっていたのか。それならよかった。それにしても……
「ラシェル様、つかぬ事をお伺いしますが……」
「まぁ、何でしょう? エドモンのお姉様のためなら私、出来る限りのことは致しますわ」
そう言うとラシェル様はうっとりエドモンを見上げた。頬が一層赤みを増し、目も潤んでいる。これって……
「その、エドモンでよろしいのでしょうか? 我が家はしがない伯爵家ですし……その、色々とお恥ずかしい噂も……」
「まぁ! そんなことは問題ありませんわ。私はエドモン様の為人に惹かれましたもの。身分や世間の噂なんて我が家の力をもってすればどうとでもなりますわ」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ。外側のことなどどうにでも致します。でも……お人柄はどうしようもありませんわ。私、エドモン様さえいて下さればそれで幸せなのです」
そう言って頬を益々染めたけれど、もしかしてラシェル様のべた惚れ、なのだろうか……いや、ドルレアク公爵家は一途だとは聞いているけれど。
「ジゼル様、エドモン様のことはご心配無用です。私とドルレアク公爵家が全力でお守り致しますわ。例え王家であっても邪魔などさせませんから」
そう言って可愛らしく拳を握る姿を見るに、本心からの言葉に思える。思えるけれど、どうしてそこまでエドモンがいいのかがわからない。他にもいい条件の子息はいるだろうに。
「姉上、そういうことだから心配しないで。あ、ラシェル、お父上が手招きしているよ」
「え? まぁ、お父様ったらもう。でも仕方ありませんわね。ジゼル様、またゆっくりお会いしたいですわ。是非遊びにいらして」
「姉上、一旦戻るよ。まだ挨拶が終わっていなかったから」
「え、ええ」
返事が聞こえただろうか。二人はあっという間に手を取り合っていってしまった。挨拶の途中なら仕方がない。
「わざわざジゼルのところに来てくれたんだね。姉思いのいい青年だ」
「ええ。そうですね」
思わず笑みが零れた。二人の気持ちが嬉しいし、仲がいいのはもっと嬉しかった。あの二人なら大丈夫だろう。特にラシェル様は本気でエドモンを好いてくれているみたいで安心した。
「エドモン君も大したものだね」
「そうでしょうか」
「ああ、ドルレアク公爵家の執着心はかなりのものだし、ラシェル嬢は外見からは想像出来ないほど激しい気性を秘めていると聞く。それを気にもせずに受けとめて仲良くしているんだ。中々出来ることではないよ」
あのラシェル様が……確かに涼やかな見た目とはかけ離れているように感じる。
「現に公爵夫人はお若い頃、公爵の焼きもちに散々苦しんだのは有名な話だからね。まぁ、今も大概だけど」
レニエ様は笑ったけれど、それは伝説的な話として聞いている。あれはかなり盛られているのだろうと思っていたけれど、今の話を聞くと本当だったのかもしれない。
「じゃ、ラシェル様も……」
「そうなんだろうね。あのドレスを見ればわかるだろう? 普通あそこまで相手の色を入れたりしないよ。しかも今日は公爵家の夜会。公爵家の色を入れるのが一般的だからね」
確かにレニエ様が言う通りだ。私だって婚約披露のパーティーではレニエ様の色に合わせたドレスを頼んである。
「公爵もラシェル嬢と同類で彼女の気持ちがわかるから、きっとエドモン君を守ってくれる。心配はいらないよ。エドモン君も何だかんだいって要領がいいしね」
「だといいのですが……」
少し不安だ。でも、あの子なら難なくやりそうな気がする。心配はいらないのかもしれない。
まだ公爵の周りの人だかりが途切れそうにないのでテラスに向かった。途中で給仕に飲み物を貰い、テラスの席に腰を下ろした。ここまでくると会場の喧騒は聞こえないし、ヒヤッとした空気が心地よく、シャンパンが美味しかった。こんな風にレニエ様と夜会に参加出来る日が来るなんて思わなかった。
「疲れた?」
「そうですね。慣れないので緊張します」
「うん、私も同じだよ。ダンスの時はジゼルの足を踏むんじゃないかと冷や冷やしたよ」
「まさか? とても踊りやすくて慣れていらっしゃると思いましたよ」
レニエ様なら社交も慣れていらっしゃるだろうに。レニエ様の年で当主を務める人は少ない方だから。
「いや、ダンスなんて殆ど踊ったことはなかったんだ。夜会に出ても一人だったし、仕事の話が殆どだったからね。この年になると令嬢から誘われることもなくなるし」
「そうでしたか。でも、ダンス、お上手でしたよ。とても踊りやすかったです」
「そうかい? だったら特訓した甲斐があったなぁ」
「と、特訓?」
何時の間にそんなことを。お忙しくてそんなこと知る時間なんてなかっただろうに。
「執事と侍女長に頼んで練習相手になって貰ったんだ。本当に久しぶりだったからね。ジゼルにみっともない姿は見せられないから」
嬉しそうにそう言われて顔が火照るのを感じた。なんて、なんて可愛いことを仰るのだろう。その笑顔も反則だし。年上の、十も上の男性を可愛いと思うなんて失礼かもしれないけれど。外の冷たい空気が有り難かった。きっと顔が赤くなっている筈だから。
「ああ、やっと見つけたよ、姉上!」
女性をエスコートしながら笑顔でこちらに向かってくるのはエドモンだった。きっとあの方がラシェル様なのだろう。学園で遠目に見たことはあったけれど、こうして直にお会いするのは初めてだ。
「姉上、紹介するよ。ドルレアク公爵家のラシェル嬢だ。ラシェル、俺の姉のジゼルだよ。こちらは婚約者のミオット侯爵様」
「ラシェル=ドルレアクですわ、初めましてジゼル様。ミオット侯爵、お久しぶりでございます」
ラシェル様は輝く銀色の髪を綺麗に結い上げ、青に金の差し色のドレスを纏っていた。エドモンの色そのままだ。薄緑色の瞳は潤み、頬は薔薇色、少し厚めの唇が色っぽいけれど、顔立ちは涼しげで私よりも大人っぽく見える。しかも出るところが出ている実に羨ましい身体つき、しかも公爵家の後継者で学園では首席を争う才女なのだ。羨ましい事この上ない。
「初めまして、姉のジゼルです。今はセシャン伯爵家でお世話になっております」
「ええ、伺っていますわ。ルイーズ様とは親しくさせて頂いていますの。ルイーズ様も姉妹が出来たと仰ってお喜びでしたわ。ね、ミオット侯爵?」
「そうですね。これもジゼルのこれまでの努力の賜物でしょう」
「そ、そうですか」
ルイーズ様はそんな風に言って下さっていたのか。それならよかった。それにしても……
「ラシェル様、つかぬ事をお伺いしますが……」
「まぁ、何でしょう? エドモンのお姉様のためなら私、出来る限りのことは致しますわ」
そう言うとラシェル様はうっとりエドモンを見上げた。頬が一層赤みを増し、目も潤んでいる。これって……
「その、エドモンでよろしいのでしょうか? 我が家はしがない伯爵家ですし……その、色々とお恥ずかしい噂も……」
「まぁ! そんなことは問題ありませんわ。私はエドモン様の為人に惹かれましたもの。身分や世間の噂なんて我が家の力をもってすればどうとでもなりますわ」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ。外側のことなどどうにでも致します。でも……お人柄はどうしようもありませんわ。私、エドモン様さえいて下さればそれで幸せなのです」
そう言って頬を益々染めたけれど、もしかしてラシェル様のべた惚れ、なのだろうか……いや、ドルレアク公爵家は一途だとは聞いているけれど。
「ジゼル様、エドモン様のことはご心配無用です。私とドルレアク公爵家が全力でお守り致しますわ。例え王家であっても邪魔などさせませんから」
そう言って可愛らしく拳を握る姿を見るに、本心からの言葉に思える。思えるけれど、どうしてそこまでエドモンがいいのかがわからない。他にもいい条件の子息はいるだろうに。
「姉上、そういうことだから心配しないで。あ、ラシェル、お父上が手招きしているよ」
「え? まぁ、お父様ったらもう。でも仕方ありませんわね。ジゼル様、またゆっくりお会いしたいですわ。是非遊びにいらして」
「姉上、一旦戻るよ。まだ挨拶が終わっていなかったから」
「え、ええ」
返事が聞こえただろうか。二人はあっという間に手を取り合っていってしまった。挨拶の途中なら仕方がない。
「わざわざジゼルのところに来てくれたんだね。姉思いのいい青年だ」
「ええ。そうですね」
思わず笑みが零れた。二人の気持ちが嬉しいし、仲がいいのはもっと嬉しかった。あの二人なら大丈夫だろう。特にラシェル様は本気でエドモンを好いてくれているみたいで安心した。
「エドモン君も大したものだね」
「そうでしょうか」
「ああ、ドルレアク公爵家の執着心はかなりのものだし、ラシェル嬢は外見からは想像出来ないほど激しい気性を秘めていると聞く。それを気にもせずに受けとめて仲良くしているんだ。中々出来ることではないよ」
あのラシェル様が……確かに涼やかな見た目とはかけ離れているように感じる。
「現に公爵夫人はお若い頃、公爵の焼きもちに散々苦しんだのは有名な話だからね。まぁ、今も大概だけど」
レニエ様は笑ったけれど、それは伝説的な話として聞いている。あれはかなり盛られているのだろうと思っていたけれど、今の話を聞くと本当だったのかもしれない。
「じゃ、ラシェル様も……」
「そうなんだろうね。あのドレスを見ればわかるだろう? 普通あそこまで相手の色を入れたりしないよ。しかも今日は公爵家の夜会。公爵家の色を入れるのが一般的だからね」
確かにレニエ様が言う通りだ。私だって婚約披露のパーティーではレニエ様の色に合わせたドレスを頼んである。
「公爵もラシェル嬢と同類で彼女の気持ちがわかるから、きっとエドモン君を守ってくれる。心配はいらないよ。エドモン君も何だかんだいって要領がいいしね」
「だといいのですが……」
少し不安だ。でも、あの子なら難なくやりそうな気がする。心配はいらないのかもしれない。
まだ公爵の周りの人だかりが途切れそうにないのでテラスに向かった。途中で給仕に飲み物を貰い、テラスの席に腰を下ろした。ここまでくると会場の喧騒は聞こえないし、ヒヤッとした空気が心地よく、シャンパンが美味しかった。こんな風にレニエ様と夜会に参加出来る日が来るなんて思わなかった。
「疲れた?」
「そうですね。慣れないので緊張します」
「うん、私も同じだよ。ダンスの時はジゼルの足を踏むんじゃないかと冷や冷やしたよ」
「まさか? とても踊りやすくて慣れていらっしゃると思いましたよ」
レニエ様なら社交も慣れていらっしゃるだろうに。レニエ様の年で当主を務める人は少ない方だから。
「いや、ダンスなんて殆ど踊ったことはなかったんだ。夜会に出ても一人だったし、仕事の話が殆どだったからね。この年になると令嬢から誘われることもなくなるし」
「そうでしたか。でも、ダンス、お上手でしたよ。とても踊りやすかったです」
「そうかい? だったら特訓した甲斐があったなぁ」
「と、特訓?」
何時の間にそんなことを。お忙しくてそんなこと知る時間なんてなかっただろうに。
「執事と侍女長に頼んで練習相手になって貰ったんだ。本当に久しぶりだったからね。ジゼルにみっともない姿は見せられないから」
嬉しそうにそう言われて顔が火照るのを感じた。なんて、なんて可愛いことを仰るのだろう。その笑顔も反則だし。年上の、十も上の男性を可愛いと思うなんて失礼かもしれないけれど。外の冷たい空気が有り難かった。きっと顔が赤くなっている筈だから。
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