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ドルレアク公爵夫妻
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テラスから会場に戻ってもまだ公爵の周りには人だかりが残っていた。それでも先ほどに比べると随分少なくなっていた。そろそろいいだろうとレニエ様が仰るので共にそちらに向かった。
「おお、ミオット侯爵!」
私たちが近付くとドルレアク公爵がレニエ様の姿に気付いて声をかけてくれた。ラシェル様と同じ艶やかな銀髪とラシェル様よりも少し濃い緑の瞳は血の繋がりを感じさせた。損の隣には腰にしっかり手を回した夫人が微笑みを浮かべて佇んでいた。この方が公爵が溺愛していると噂の奥様なのか。際立って美しいわけではないけれど、穏やかで温かな笑みはそれだけで人柄の好ましさを表しているように思えた。
「ドルレアク公爵、ご無沙汰しておりました」
「いやいや、貴殿も忙しい身だから仕方がなかろう。だが、異動を受け容れてくれて助かったよ」
「とんでもございません。過分すぎるほどの人事、恐縮しております」
「ご謙遜を。侯爵なら恙なく務めてくれると信じているよ。むしろ君以上の適任者はいないだろう」
「買い被り過ぎですよ、閣下」
公爵の態度はとても好意的だった。ドルレアク公爵は王妃様やその実家とは距離を置いていた。そういう意味でも気安く感じられているのかもしれない。
「そして、こちらが噂のご令嬢か」
「はい。セシャン伯爵家のジゼルです」
「ジゼル嬢、ようこそ、当家の夜会に。噂は伺っているよ」
「ドルレアク公爵閣下、お見知りおき頂きありがとうございます。セシャン伯爵家のジゼルです。この度は愚弟をご令嬢の婿にお選び下さり、心より感謝申し上げます」
格上過ぎる相手、しかもエドモンのことがあって声が震えてしまった。ここで失敗したらエドモンに影響が出ると思うと緊張してしまう。
「ああ、そんなに硬くならなくていいよ、ジゼル嬢。これまでエドモン君を守ってくれたのは君だと聞いているよ。感謝する。我が最愛の娘が望んだ婿殿だ。大切にするから安心してくれ」
「も、勿体ないお言葉、感謝に堪えません」
公爵の口からもエドモンをそんな風に言って下さるとは思わなかった。どれほど感謝してもし切れない。
「ジゼル様、私からもお礼を申し上げますわ」
声をかけてくれたのは公爵夫人だった。見た目通りに優しく穏やかな声で、何だかホッとする。
「ラシェルが我儘を言ってごめんなさいね。大切な嫡男でしたのに」
「いえ、実家の状況を思えば拾って頂けて感謝しかございません」
「そう言って下さると気が楽になるわ。ラシェルったらエドモン君でなければ結婚しない、なんていうものだから困っていたのよ」
「さ、左様でしたか」
まさかラシェル様がそこまで仰っていたとは。噂以上に一途な方だったのか。
「実家とは縁が切れてもジゼル様はエドモン君の姉君。今度是非遊びにいらしてね」
「あ、ありがとうございます」
何だか想像以上に歓迎されていて驚いた。でも、反対されるのは想定内だと思っていただけに公爵ご夫妻がそう言って下さって安心した。我が国では当主の力は絶対だ。当主が決めたことに異を唱えるのは難しいから、公爵と公爵が溺愛している夫人がこうして公言して下さったからには心配ないだろう。
「ジゼル様もミオット様とご婚約とか。ミオット様、我が家からも是非お祝いをお贈りしたいわ」
「公爵夫人、ありがとうございます」
夫人がそう言うと周りが騒めいた。これで私たちの婚姻も決まったも同然だからだ。既にルイーズ様がお認め下さって養女にして下さったのも大きい。実家のことで難色を示されるかと思ったけれど、これで一層盤石になっただろう。
「ふふ、ミオット様は秘かに人気があったから、これでご令嬢や夫人が泣くことになるわね」
「公爵夫人、そんなことはありませんよ」
「まぁ、ミオット様ったら謙遜を。先日だってお見合いの相談を受けましたのよ。勿論お断りさせて頂きましたけれどね」
知らなかった。でもやっぱりレニエ様は人気があったのだ。でもこの年で侯爵家の当主、しかも背が高くて見目もよく仕事も出来るのだから当然だろう。それでも縁談を断っていたのは、王家やあの公爵家との約束があったからだろうか。
公爵への挨拶が済めば夜会でするべきことは終わったけれど、レニエ様がご友人に囲まれてしまい再び挨拶三昧になった。このような場で見せる姿は侯爵家の当主として職場では見たことがないものだった。いつもの腰の低さは鳴りを潜め、堂々として時折不遜なほどの言動は新鮮で凛々しく見えた。周囲から女性の視線を感じたけれど、後妻や愛人狙いの方だろうか。そう思うと心が騒めいた。
「あなたがシャリエ伯爵令嬢?」
元の名で呼ばれて振り返ると、そこにいたのは二人の女性だった。年は私よりも上だからどこかのご夫人だろうか。一人は黒髪の艶やかな清楚な雰囲気の女性で、もう一人は栗毛の妖艶な女性だった。男性は仕事上顔を覚えているけれど、女性は王宮に勤めていない方はあまり存じ上げない。身分がした者もが上の者に話しかけるのはマナー違反だから格上の方なのだろう。
「そうですが。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「私はバシェス伯爵家のデジレですわ。こちらはラギエ伯爵家のアネット様。あなたは一体ミオット侯爵様とどういう関係ですの?」
黒髪の女性がデジレ様で栗毛の女性がアネット様らしい。まさかここでそれを聞かれるとは思わなかったけれど、そう言えば私たちの婚約はまだ公表されていなかった。それは三週間後のミオット侯爵家の夜会でだ。既にドルレアク公爵や王家が認めて下さっているけれど、それは内々の話だから不審に思われるのも仕方がないかもしれない。共に夜会に出るのは初めてだし。
「レニエ様と婚約しております」
「婚約ですって!? あなたが?」
「はい。三週間後に行われるミオット侯爵家の夜会でお披露目する予定ですわ」
「何ですって……! す、直ぐにお断りなさい。いいわね、これはあなたのことを思って忠告して差し上げているのよ?」
デジレ様が眉を上げて詰め寄ってきたけれど、どういう意味だろう。私のためと言われても……
「ミオット侯爵様の婚約者はこちらにいらっしゃるアネット様ですわ。ラギエ伯爵家とミオット侯爵家で話を進めておりますの。ドルレアク公爵様もご存じのことですわ」
「おお、ミオット侯爵!」
私たちが近付くとドルレアク公爵がレニエ様の姿に気付いて声をかけてくれた。ラシェル様と同じ艶やかな銀髪とラシェル様よりも少し濃い緑の瞳は血の繋がりを感じさせた。損の隣には腰にしっかり手を回した夫人が微笑みを浮かべて佇んでいた。この方が公爵が溺愛していると噂の奥様なのか。際立って美しいわけではないけれど、穏やかで温かな笑みはそれだけで人柄の好ましさを表しているように思えた。
「ドルレアク公爵、ご無沙汰しておりました」
「いやいや、貴殿も忙しい身だから仕方がなかろう。だが、異動を受け容れてくれて助かったよ」
「とんでもございません。過分すぎるほどの人事、恐縮しております」
「ご謙遜を。侯爵なら恙なく務めてくれると信じているよ。むしろ君以上の適任者はいないだろう」
「買い被り過ぎですよ、閣下」
公爵の態度はとても好意的だった。ドルレアク公爵は王妃様やその実家とは距離を置いていた。そういう意味でも気安く感じられているのかもしれない。
「そして、こちらが噂のご令嬢か」
「はい。セシャン伯爵家のジゼルです」
「ジゼル嬢、ようこそ、当家の夜会に。噂は伺っているよ」
「ドルレアク公爵閣下、お見知りおき頂きありがとうございます。セシャン伯爵家のジゼルです。この度は愚弟をご令嬢の婿にお選び下さり、心より感謝申し上げます」
格上過ぎる相手、しかもエドモンのことがあって声が震えてしまった。ここで失敗したらエドモンに影響が出ると思うと緊張してしまう。
「ああ、そんなに硬くならなくていいよ、ジゼル嬢。これまでエドモン君を守ってくれたのは君だと聞いているよ。感謝する。我が最愛の娘が望んだ婿殿だ。大切にするから安心してくれ」
「も、勿体ないお言葉、感謝に堪えません」
公爵の口からもエドモンをそんな風に言って下さるとは思わなかった。どれほど感謝してもし切れない。
「ジゼル様、私からもお礼を申し上げますわ」
声をかけてくれたのは公爵夫人だった。見た目通りに優しく穏やかな声で、何だかホッとする。
「ラシェルが我儘を言ってごめんなさいね。大切な嫡男でしたのに」
「いえ、実家の状況を思えば拾って頂けて感謝しかございません」
「そう言って下さると気が楽になるわ。ラシェルったらエドモン君でなければ結婚しない、なんていうものだから困っていたのよ」
「さ、左様でしたか」
まさかラシェル様がそこまで仰っていたとは。噂以上に一途な方だったのか。
「実家とは縁が切れてもジゼル様はエドモン君の姉君。今度是非遊びにいらしてね」
「あ、ありがとうございます」
何だか想像以上に歓迎されていて驚いた。でも、反対されるのは想定内だと思っていただけに公爵ご夫妻がそう言って下さって安心した。我が国では当主の力は絶対だ。当主が決めたことに異を唱えるのは難しいから、公爵と公爵が溺愛している夫人がこうして公言して下さったからには心配ないだろう。
「ジゼル様もミオット様とご婚約とか。ミオット様、我が家からも是非お祝いをお贈りしたいわ」
「公爵夫人、ありがとうございます」
夫人がそう言うと周りが騒めいた。これで私たちの婚姻も決まったも同然だからだ。既にルイーズ様がお認め下さって養女にして下さったのも大きい。実家のことで難色を示されるかと思ったけれど、これで一層盤石になっただろう。
「ふふ、ミオット様は秘かに人気があったから、これでご令嬢や夫人が泣くことになるわね」
「公爵夫人、そんなことはありませんよ」
「まぁ、ミオット様ったら謙遜を。先日だってお見合いの相談を受けましたのよ。勿論お断りさせて頂きましたけれどね」
知らなかった。でもやっぱりレニエ様は人気があったのだ。でもこの年で侯爵家の当主、しかも背が高くて見目もよく仕事も出来るのだから当然だろう。それでも縁談を断っていたのは、王家やあの公爵家との約束があったからだろうか。
公爵への挨拶が済めば夜会でするべきことは終わったけれど、レニエ様がご友人に囲まれてしまい再び挨拶三昧になった。このような場で見せる姿は侯爵家の当主として職場では見たことがないものだった。いつもの腰の低さは鳴りを潜め、堂々として時折不遜なほどの言動は新鮮で凛々しく見えた。周囲から女性の視線を感じたけれど、後妻や愛人狙いの方だろうか。そう思うと心が騒めいた。
「あなたがシャリエ伯爵令嬢?」
元の名で呼ばれて振り返ると、そこにいたのは二人の女性だった。年は私よりも上だからどこかのご夫人だろうか。一人は黒髪の艶やかな清楚な雰囲気の女性で、もう一人は栗毛の妖艶な女性だった。男性は仕事上顔を覚えているけれど、女性は王宮に勤めていない方はあまり存じ上げない。身分がした者もが上の者に話しかけるのはマナー違反だから格上の方なのだろう。
「そうですが。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「私はバシェス伯爵家のデジレですわ。こちらはラギエ伯爵家のアネット様。あなたは一体ミオット侯爵様とどういう関係ですの?」
黒髪の女性がデジレ様で栗毛の女性がアネット様らしい。まさかここでそれを聞かれるとは思わなかったけれど、そう言えば私たちの婚約はまだ公表されていなかった。それは三週間後のミオット侯爵家の夜会でだ。既にドルレアク公爵や王家が認めて下さっているけれど、それは内々の話だから不審に思われるのも仕方がないかもしれない。共に夜会に出るのは初めてだし。
「レニエ様と婚約しております」
「婚約ですって!? あなたが?」
「はい。三週間後に行われるミオット侯爵家の夜会でお披露目する予定ですわ」
「何ですって……! す、直ぐにお断りなさい。いいわね、これはあなたのことを思って忠告して差し上げているのよ?」
デジレ様が眉を上げて詰め寄ってきたけれど、どういう意味だろう。私のためと言われても……
「ミオット侯爵様の婚約者はこちらにいらっしゃるアネット様ですわ。ラギエ伯爵家とミオット侯爵家で話を進めておりますの。ドルレアク公爵様もご存じのことですわ」
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