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募る想い

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「……リエ嬢。シャリエ嬢?」
「……え?」

 揺さぶられて意識が戻って来た。ぼんやりした頭のまま目を開ける。

「し、室長!?」

 視界に飛び込んできたのは室長だった。一瞬どうしてと思ったけれど、背後の内装に自分が今いる場所を思い出した。

「うん、よく寝ていたね。戻ってきたらこんなところで寝ているから驚いたよ」
「え、っと……も、申し訳ございません。鍵が残っていたので……」

 そう言ってテーブルの上の鍵に視線を向けた。

「あ、あ~そうだったんだ。すまなかったね」
「え?」
「これは保管庫の鍵なんだ。打ち上げで失くすといけないと思って置いていったんだけど……勘違いさせてしまったみたいだね。すまなかった」
「え? 部屋の鍵じゃなくて?」
「ああ。部屋の鍵はほら、ここに」

 そう言ってポケットから鍵を取り出した。ちゃんと持って行っていたなんて……

「す、すみません。私ったら早とちりしてしまって……」
「いや、片付けずに放り出していった私が悪かった。すまないね。待っていてくれたの?」

 保管庫の鍵は私だって見たことがある。気付かなかった私にも責任があるのに。それに、意識がはっきりしてきて、自分の格好を思い出した。夜着の上にガウンを羽織っているとはいえ、こんな格を見せるなんて恥ずかしい……室長も今は上着を脱いでいる。見慣れない姿に頬に熱が集まるのを感じた。

「え、ええ。部屋に入れないとお困りかと思って」
「そうか。シャリエ嬢は優しいんだな」
「い、いえ……そんな……

 そんな風に言われたことがなかった。それに言い方が優しくて、胸と目の奥が熱くなる。意識しちゃだめだと思うと余計に意識してしまった。顔が赤くなっていなければいいのだけど……

「さぁ、ベッドで休みなさい」
「は、はい。お手数をおかけしました」
「いや、気にしないで。まだ明日も気が抜けないからね。しっかり休むんだよ」
「はい。失礼します」

 逃げるように寝室に入って、後ろ手に鍵を閉めた。また心臓がドキドキしている。こんなに弾むのはきっと今までで一番だろう。顔も赤くなっているはずだ。室長に変に思われなかっただろうか。気付いても人に話す方ではないけれど、こんな格好を見られたのは恥ずかしくてたまらない。
 非現実的な状況に夢心地でベッドに向かった。ベッドに転がって目を閉じると、隣の部屋で室長が動く気配がする。隣にいると思うと眠気まですっかり冷めてしまった。どうしよう……もう眠れないかもしれない……



 コンコン……

 何かを叩く音で目が覚め、ああ、ここは視察先だったと意識がはっきりしてきた。ノックの主は室長だろうか。

「はい」
「ああ、おはよう、シャリエ嬢。起きたかな?」
「は、はい」

 ドア越しに返事をすると、そろそろ起きた方がいいと言われた。急いで身なりを整えて寝室を出ると、室長は既に仕事着に着替えていた。。陽だまりのような笑みに心が満たされた。ちょっと打ち合わせに行ってくるよと言って部屋を出て行った。そういえば警備関係の最終確認があると言っていたわね。

 身支度と今日の予定を確認し終えた頃、室長が戻ってきた。

「昨夜は結局打ち上げに付き合わされてね」
「では、一晩中?」

 あの後また出て行かれたのか。気付かなかった……

「だから君との部屋を交換したことにしておいたんだ。未婚の君にあらぬ噂が立っては申し訳ないからね」
「そ、そんな……私は既に傷物ですから。お気になさることは……」
「いや、そういう訳にはいかないよ。君は優秀で真面目な淑女だ。私のような者と噂になっても困るだろう?」

 そう言って眉を下げて笑みを浮かべたけれど、今はそれが悲しかった。室長とだったら噂になっても構わないのに……全く相手にされていないのだと思ったら、無性に悲しくなってきた。

「ど、どうした、シャリエ嬢?」
「え?」

 室長の声が酷く慌てたものに変わって、何かと思って見上げた。視界が歪んでいる。頬を伝わる感触に自分が泣いているのだと気付いた。

「あ、あれ……」

 泣くつもりなんかなかったのに。自分の反応に一番驚いたのは私かもしれない。

「す、すまない。何か不快な思いをさせてしまったみたいだな。ああ、ダメだな、私は……どうにも人の機微に疎くて……」

 室長が珍しく眉間に皴を寄せ、苦しそうな表情を浮かべた。それは私ではない何かに向けての呟きのようにも聞こえた。

「あ、あの、違うんです。室長のせいではありません」

 本当にその通りなのだ。室長のせいじゃない。ただ、私を見て貰えないことが悲しいだけで……

「だが……」
「本当です。むしろそう言って頂けたのが嬉しくて……」
「嬉しい?」
「はい。私、家では妹に比べて可愛くないダメな娘だと……婚約者に逃げられた役立たずだと言われてきたんです。だから、そんな風に言って頂けたのが嬉しくて……」

 これも嘘ではなかった。私が必死に勉強して文官になっても、父は女に学問など不要だと認めてくれなかった。だから室長に認めて貰えて嬉しかったのだ。ただ、女として見られなくて悲しかったけれど……

「すみません、もう大丈夫ですから。そろそろ朝食の時間ですよね」
「あ、ああ。そうだな」

 その後、今日の予定の話を切り出してこの話は終わった。変に思われてしまったかもしれないけれど、今日一日はまだご一緒出来るのだ。父の動きが心配だけど、それまでの間でも言い、一日でも長くお側にいられるようにと天に祈った。



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