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14 知らない顔
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電子チケットを握りしめ、ついにその日は来た。
arisaの時よりも圧倒的に多い女性客の波について行くように会場に向かい、ステージ向かって右側の指定された席に着く。転売防止目的か直前までわからなかった席に不安があったが、これはどうしようもないだろう。
おれとしてはリョウさんが見れればそれでいい。しかし、ステージ全体は見たい。彼はステージ全部の空間を考えているだろうし、そうとなれば余白だって彼の踊りの一部だろう。
だんだんと人が増えていく。ワイワイと騒がしく、そして楽しそうなお客さんの様子。男があまりいないものだから、ちらちらとこちらを見てくる人もいる。笑い返すことができるはずもなく、そっと目をそらす。悪いことをしているわけではないが、圧倒的女性率の中ではさすがに居心地が悪かった。
埋まっていく客席を見つつただ黙って座っていると、もしかしてと気がついた。誰もいないときにステージまで見通しがいいのは当然だが、こうして客が入った今も、席に座ったままステージが見えている。段差と通路を挟んでいるせいなのだろう。見通しがいい分遠くはあるが、立ち上がって後ろの人の視界を遮らずに済むのなら良い席だと思う。
母に借りたオペラグラスでステージや向こう側を覗き見、裸眼では"人の形"としかわからないだろうステージに沈黙する。でもきっとリョウさんのことはわかる。細かな部分は難しいだろうけど、彼が出てきたことくらいはきっと、わかる。
視力はいくつだったか。生活するのに困ってはいないが、誇れるほどは無かったはずだ。でもできるならオペラグラスを覗くよりも裸眼で見たい。視界の広さが問題だ。
少しずつ熱気を帯びていく場内で、聞くでもなく周りの雑音を聞いた。コンサートを楽しみにしていた騒ぎ、席への嘆き、購入してきたグッズを開封する話声。新曲の感想なんかがあれば、振り向かない代わりに目を見開いて耳を澄ませた。
新曲のダンスについて話しているのを、座った足の間に落とし置いたセーターの袖口をいじり聞く。あなたの好きな緒形タカヒロに、リョウさんが振りつけたんだよ。曲をとても考えて理解したんだろうってわかるよね。そんなことを言わず、ただ指先で描いた。
注意アナウンスが流れれば、場内は一瞬しんと静まり返る。いよいよだ。散り散りになっていたみんなの意識が集まっていく。
暗闇。
スクリーンに表示された緒形の顔。
黄色い声が天を貫く。
このために作られたんだろう映像が流れ、いつの間にか曲が始まっていた。飛び跳ねんばかりに立ち上がり手を伸ばす少女たち。彼女たちの神様は、雨のように降り注ぐ光の中に現れた。
目が眩むほど強い光が舞台から客席へと走る。後光を背負った男は堂々と、ただ一人そこにいた。
注目を浴びかっこつけることに慣れているんだろう。ここにいるのは9割がファンなのだから当然ともいえるが、一気に空気が上がるのを感じた。
たとえその人のファンじゃなかったとしても、この空気は面白いなとarisaの時にも感じたことを再び思う。熱狂している人々に自分も手を引かれて連れていかれるような。足の先から頭までドボンと水に飛び込むような感覚だ。
予習していたものだから流れてくる曲は一応聞き馴染みのあるもので、不規則に揺れる一人一人の青い光を目に映してただ空間を楽しんだ。
リョウさんが言っていた通りダンサーはあまり出て来ず、メインステージから花道へと歩き歓声を浴びる彼だけを何となく目で追っていた。
光の草原のなか、彼はすべての客に目を向けるように下から上までを見上げている。黄色い歓声を上げる最前列のファンから、ただ座っている天井席近くまで等しくだ。
何曲目か、メインステージに戻り暗転したのち、彼はダンサーを連れていた。
手元に置いていたオペラグラスの存在を忘れ、おれは目を凝らす。緒形タカヒロの後ろで男女二人、対になって踊る片割れはきっとリョウさんに違いない。あまりにも遠いが、やっぱり動きでわかるものだ。特に二人だと、相手が女性なものだから差が出ていた。
リョウさんは男性的な踊りをする人ではない。だけど女性的でもない。違いがあることはわかるのに、それを言語化はできなかった。女性には明確な女性らしさがあるけれど何だろうか。柔らかさや軽やかさはリョウさんも持っているのに。
緒形タカヒロに合わせスポーティな恰好。足のラインがわかる黒いズボンに黒いジャケット。何か飾りがついているのか所々キラキラと光を反射している。ライトがカラフルなものだから、衣装が黒くても見失うことはない。
一曲で出番は終わらず、次の曲になれば人が増えた。それでもおれはリョウさんを目で追えたし、思い出したオペラグラスを掲げ確認することもできた。
バックダンサーとして機能するリョウさんのダンスは、おれの愛する感情を紡ぐものではない。リズムに乗せた動きに感情は乗らず、それでもただ楽しそうな彼を目にする。
曲は進み、楽しげな音は鳴りを潜めた。露出度の上がった女性ダンサー。曲の歌詞は恋というよりも性を歌っていて、ずいぶんとセクシーな振りつけに目をそらしたくなった。
椅子にもたれる女性を相手として絡み合うように踊るリョウさんを見ていられなかった。知っている人の"そういう雰囲気"が恥ずかしいのか気まずいのか腹の中がぐるぐるする。
彼は恋人と接するときもああして優しい仕草なのだろうか。乱れた髪に手を通し、細い肩ひもの上を撫でるように触れる。女性はその体のラインを露わにし、薄い布越しに腰を抱かれた。
セクシーさを売りにした曲なのだから演出力は抜群なのだろうけども、いたたまれない。おれの知っている彼のことをそう意識したことはなかったが、ステージ上の彼は確かに紛れもなく男の顔をしていた。
arisaの時よりも圧倒的に多い女性客の波について行くように会場に向かい、ステージ向かって右側の指定された席に着く。転売防止目的か直前までわからなかった席に不安があったが、これはどうしようもないだろう。
おれとしてはリョウさんが見れればそれでいい。しかし、ステージ全体は見たい。彼はステージ全部の空間を考えているだろうし、そうとなれば余白だって彼の踊りの一部だろう。
だんだんと人が増えていく。ワイワイと騒がしく、そして楽しそうなお客さんの様子。男があまりいないものだから、ちらちらとこちらを見てくる人もいる。笑い返すことができるはずもなく、そっと目をそらす。悪いことをしているわけではないが、圧倒的女性率の中ではさすがに居心地が悪かった。
埋まっていく客席を見つつただ黙って座っていると、もしかしてと気がついた。誰もいないときにステージまで見通しがいいのは当然だが、こうして客が入った今も、席に座ったままステージが見えている。段差と通路を挟んでいるせいなのだろう。見通しがいい分遠くはあるが、立ち上がって後ろの人の視界を遮らずに済むのなら良い席だと思う。
母に借りたオペラグラスでステージや向こう側を覗き見、裸眼では"人の形"としかわからないだろうステージに沈黙する。でもきっとリョウさんのことはわかる。細かな部分は難しいだろうけど、彼が出てきたことくらいはきっと、わかる。
視力はいくつだったか。生活するのに困ってはいないが、誇れるほどは無かったはずだ。でもできるならオペラグラスを覗くよりも裸眼で見たい。視界の広さが問題だ。
少しずつ熱気を帯びていく場内で、聞くでもなく周りの雑音を聞いた。コンサートを楽しみにしていた騒ぎ、席への嘆き、購入してきたグッズを開封する話声。新曲の感想なんかがあれば、振り向かない代わりに目を見開いて耳を澄ませた。
新曲のダンスについて話しているのを、座った足の間に落とし置いたセーターの袖口をいじり聞く。あなたの好きな緒形タカヒロに、リョウさんが振りつけたんだよ。曲をとても考えて理解したんだろうってわかるよね。そんなことを言わず、ただ指先で描いた。
注意アナウンスが流れれば、場内は一瞬しんと静まり返る。いよいよだ。散り散りになっていたみんなの意識が集まっていく。
暗闇。
スクリーンに表示された緒形の顔。
黄色い声が天を貫く。
このために作られたんだろう映像が流れ、いつの間にか曲が始まっていた。飛び跳ねんばかりに立ち上がり手を伸ばす少女たち。彼女たちの神様は、雨のように降り注ぐ光の中に現れた。
目が眩むほど強い光が舞台から客席へと走る。後光を背負った男は堂々と、ただ一人そこにいた。
注目を浴びかっこつけることに慣れているんだろう。ここにいるのは9割がファンなのだから当然ともいえるが、一気に空気が上がるのを感じた。
たとえその人のファンじゃなかったとしても、この空気は面白いなとarisaの時にも感じたことを再び思う。熱狂している人々に自分も手を引かれて連れていかれるような。足の先から頭までドボンと水に飛び込むような感覚だ。
予習していたものだから流れてくる曲は一応聞き馴染みのあるもので、不規則に揺れる一人一人の青い光を目に映してただ空間を楽しんだ。
リョウさんが言っていた通りダンサーはあまり出て来ず、メインステージから花道へと歩き歓声を浴びる彼だけを何となく目で追っていた。
光の草原のなか、彼はすべての客に目を向けるように下から上までを見上げている。黄色い歓声を上げる最前列のファンから、ただ座っている天井席近くまで等しくだ。
何曲目か、メインステージに戻り暗転したのち、彼はダンサーを連れていた。
手元に置いていたオペラグラスの存在を忘れ、おれは目を凝らす。緒形タカヒロの後ろで男女二人、対になって踊る片割れはきっとリョウさんに違いない。あまりにも遠いが、やっぱり動きでわかるものだ。特に二人だと、相手が女性なものだから差が出ていた。
リョウさんは男性的な踊りをする人ではない。だけど女性的でもない。違いがあることはわかるのに、それを言語化はできなかった。女性には明確な女性らしさがあるけれど何だろうか。柔らかさや軽やかさはリョウさんも持っているのに。
緒形タカヒロに合わせスポーティな恰好。足のラインがわかる黒いズボンに黒いジャケット。何か飾りがついているのか所々キラキラと光を反射している。ライトがカラフルなものだから、衣装が黒くても見失うことはない。
一曲で出番は終わらず、次の曲になれば人が増えた。それでもおれはリョウさんを目で追えたし、思い出したオペラグラスを掲げ確認することもできた。
バックダンサーとして機能するリョウさんのダンスは、おれの愛する感情を紡ぐものではない。リズムに乗せた動きに感情は乗らず、それでもただ楽しそうな彼を目にする。
曲は進み、楽しげな音は鳴りを潜めた。露出度の上がった女性ダンサー。曲の歌詞は恋というよりも性を歌っていて、ずいぶんとセクシーな振りつけに目をそらしたくなった。
椅子にもたれる女性を相手として絡み合うように踊るリョウさんを見ていられなかった。知っている人の"そういう雰囲気"が恥ずかしいのか気まずいのか腹の中がぐるぐるする。
彼は恋人と接するときもああして優しい仕草なのだろうか。乱れた髪に手を通し、細い肩ひもの上を撫でるように触れる。女性はその体のラインを露わにし、薄い布越しに腰を抱かれた。
セクシーさを売りにした曲なのだから演出力は抜群なのだろうけども、いたたまれない。おれの知っている彼のことをそう意識したことはなかったが、ステージ上の彼は確かに紛れもなく男の顔をしていた。
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