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第14章

青山家にて①

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 初めて優子さんの役に立てたような気がして、俺は内心盛大にガッツポーズをキメていた。
 全然上手く伝えられた気はしないし、多分全然足りてもいないと思うし、的外れなところもあったかもしれないけど、そんなことはもうどうでもいい。
 優子さんの苦しみが、俺の言葉を聞きながら少しずつ晴れていくのが伝わってきて、自分が支えになれたと感じることができた――しかも思いがけず自分が望む方向に進んだのだから、はっきり言って大成功だ。
 お互いの思いがカッチリと噛み合って、ついに優子さんのパートナーとして相応しい人間になれたような実感が俺にはあったし、優子さんもきっと同じように感じてくれたに違いない。

 でも満ち足りた日々というのは、どうも長くは続かないらしい。
 一週間後の土曜日の午後、ずっとご機嫌状態が続いていた俺の頭に割って入ってきたのは、姉ちゃんからの電話だった。
「あー……、今一人?」
 妙な切り出し方に、これは何かあったぞと直感する。
「……一人だけど。何、バッドニュース?」
「あはは、あははは……」
「怖いんだけど」
 自宅のベッドに寝転がってタブレットで漫画を読んでいた俺は、おもむろに起き上がって話を聞く態勢に入った。
「いやあ、実は今、実家に来てるんだけどね」
「うん」
「さっきアンタの話題が出て……、それで、いや、うっかりね、バレたわ」
「は?」
「バレたの、優子さんが私の会社の先輩だってこと」
「はあぁぁー!?」
 俺は電話口だということも忘れて大声をぶつけた。
「ごめんごめん、不可抗力で」

 話を聞くと、こういうことだった。
 姉ちゃんはゴールデンウイークに実家に顔を出せなかったので、今日は両親とも休みで家にいると聞いて、彼氏と一緒に世田谷の実家に帰ってきた。
 お昼ごはんを食べて、皆でくつろいで話をしていたら、母親が「亮ちゃんもゴールデンウイーク帰ってこなかったのよ~」とご立腹で、「そうなの? 忙しいんじゃない?」と言ったら、「きっと彼女と一緒なんだわ。亮ちゃんは家族より彼女が大事なんだから!」とプンスコしていた。
 それを聞いていた彼氏が、何の気なしに「彼女って愛美の先輩の?」と小声で姉ちゃんに確認してしまった。
 アッ! と思った時はもう遅く、それはしっかり母親の耳に入ってしまっていたのだった――。

「それで~、いくつなのかって聞かれたから、嘘つくわけにもいかないし……今四十歳って言ったらさ、お母さんが……」
「……お、怒ってるの?」
 俺は恐る恐る尋ねた。
「それが……、その、すごく落ち込んでて……」
「は?」
「ほぼお通夜」
「なんだよそれ」
「いやー、私もお母さんがあんなに落ち込むと思ってなくてさ……、ちょっと困ってるんだよね。隆也も責任感じちゃって気まずそうだし、お父さんの慰めも空回りするだけだし、私もどーしたもんか……」
「あのさ、なんで俺のことでその四人がそんなカンジになるの? そんなの俺不在で悩んでも仕方ないし、適当に流せば済む話じゃん」
「いや、あのお母さんの落ち込みようを見たら、そうも言ってられないって」
 姉ちゃんはため息まじりに言う。

 それにしても、母親のことだからギャーギャー文句言うだろうなとは思ってたけど、まさか落ち込む路線で来るとは思わなかった。
 あのいつも自信たっぷりな母親が落ち込む姿なんて、ざっと思い返す限り記憶にない。
「……お母さんと電話代われる? 俺が直接話してみるから」
「うん……、大丈夫?」
「俺は別に、何言われても気持ちは変わらないし」
「それじゃ、頼む」
「はーい」
 姉ちゃんは廊下で話していたらしく、リビングに入る扉の音がスマホ越しに聞こえた。
 そして「お母さん、亮弥と電話繋がってるけど」という声の後、ガサガサという雑音を経て、
「もしもし」
 と、案外いつもと変わらないような母親からの呼びかけがあった。

「あ、俺だけど……」
「はい」
「俺の彼女のことでなんか、落ち込んでるんだって?」
 そう聞いたが、母親は返事をせずに黙り込んだ。
「何がそんなに不満なの? 別に俺が誰を好きになろうと……」
「そりゃ……、少しくらい年上だって構わないけど……でも四十歳はあんまりヒドいじゃない。亮ちゃんまだ二八なのよ? もっと若い女の子といくらでもつき合えるはずでしょう?」
「いや、その考えがそもそも間違いで……」
「私は亮ちゃんが四十歳と結婚するなんてイヤだからね」
「あのね、まだそこまで言ってないじゃん」
「じゃあ結婚はしないの? でもあなたと別れたら相手は後がないじゃない。別れてもらえるの?」
「そもそも俺のほうが、別れる気はないの」
「じゃあやっぱり結婚するんじゃない!」
 語気を強めた母親の声色は、泣き出したみたいに揺らいだ。

 今って、結婚するかしないかを議論する時なのだろうか……と、俺は冷静にツッコミを入れながら途方に暮れた。
 結婚するとは言ってないんだけど、結婚しないわけでもないし、結婚してもらえるかどうかがそもそもわからないなどと丁寧に話したところで、特に意味もないだろう。
 母親が本当に知りたいのは、なぜ俺が十二も年上の女性とつき合っているのか――その理由に過ぎないのだろうから。

「あのさ、お母さん……明日も休みだよね?」
「そうだけど」
「俺、明日彼女連れてくから、とりあえず会ってみてよ。会えばなんで俺がその人を選んだのかわかるから」
「イヤよ。会いたくない!」
「なんで? 一度会えばそんな拒絶心なんかふっ飛ぶのに」
「そんなこと無いモン」
「じゃあ、彼女と会ってくれないなら俺もうそっちに顔出さないけど、それでもいい?」
 そう言うと、母親はまんまと言葉に詰まった。
 会ってみればいいじゃない、と、父親の穏やかな声がする。
「……亮ちゃんは私より彼女を取るのね」
「あのね……、お母さんはあくまで親でしょ。彼女は彼女。俺にとっての彼女は、お母さんにとってのお父さん!」
「お父さんと彼女を一緒にしないでッ」
 スマホの奥で父親が「俺と彼女が一緒?」と不思議そうに言ったので、俺は吹き出しそうになった。

「そんな風にさ、一人で落ち込んでても怒っててもしょうがないじゃん。会ってみて、それでもイヤなら仕方ないけど、とにかくこのままじゃ何も解決しないし。これから彼女に連絡取って、明日都合つけてもらうから、そっちもそのつもりでいて」
「……亮ちゃん、本当に……なんでその人なの? その人と別れられない事情でもあるの?」
「それも明日話す」
「今言って!」
「今は言わない。会ってくれたら話す」
「ズルい」
「ズルくて結構。とにかくお母さんは、せっかく隆也さんが来てくれてるんだから、一旦俺のことは忘れてそっちにちゃんとしてあげて。隆也さんかわいそうだよ、こんなことに巻き込まれて……」
「あなたがいつまでも秘密にしてたからじゃない」
「まー、それは俺が悪かったよ。ごめん。でもこのことに関しては、実際に会ってもらう以外に納得してもらう方法がないと思ったから……。だからとにかく明日、二人で行くから」
「……わかった」
 電話を切って、俺ははぁーっと大きなため息をついた。

 これは大変なことになったぞ。
 正直、母親がそこまで年齢にこだわるとは思っていなかった。
 文句を言うとは思っていたけど、あくまでも「自分は気に入らない」という主張をするくらいのことで、だから別れてほしいとかいう類のものではない想定だったのだ。
 相手が優子さんならきっと母親も気に入ってくれるだろうと思ってきたけど、もしかしたら、そう簡単ではないのかもしれない。
 ……つか、俺が何歳とつき合おうと結婚しようとマジで関係なくね?
 息子にそこまで大切に思える人ができたってだけで喜んでくれても良くね?
 そう考えると少し腹が立ってきたが、……まあでも、できることなら、そんなことで揉めたくはない。
 とにかく明日、優子さんと会わせた上で、俺の気持ちを聞いてもらって、母親の考えもちゃんと聞いてあげよう。
 話して理解し合えるなら、それに越したことはないのだから。

 優子さんに連絡を取って事情を話すと、こんな最悪な状態にもかかわらず、両親と会うのを快諾してくれた。
 そんなにあっさりOKしてもらえるならもっと早く連れて行けば良かったな……と思ったが、むしろこういう状況になったからこそすんなり受け入れてくれたのかもしれない。
 となると考えようによっては、母親の反対はある意味結婚へ駒を進める大チャンスとも言えるんじゃないか?
 これを機に優子さんと母親が仲良くなってくれたら、俺には追い風になる。
 なんとしてもうまく乗り越えなければ。
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