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第14章

青山家にて②

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 翌日の午後、優子さんと新橋駅で待ち合わせた。
 今日の優子さんはストライプの入った白シャツにネイビーのカーディガン、そしてデニムを黒のベルトでシックに着こなしている。
 カジュアルながらも少し仕事モード寄りなファッションが、いつもと違う緊張感を漂わせていた。
「これで良かった?」
 そう言って優子さんが掲げたのは、両親への手土産の紙袋。
 優子さんが手土産を持っていきたいと言うので、母親のお気に入りのお饅頭を教えたら、日本橋にお店があるからと途中で寄って買ってきてくれたのだ。
「それそれ。ごめんね、わざわざ寄ってもらって……」
「ううん。むしろ経路で買えて助かっちゃった」
「俺、持つよ」
 袋を手に取ると、優子さんは「ありがとう」と微笑んでそのままその手を俺の腕へと通した。

 地下鉄に乗って、実家がある経堂駅に向けて出発した。
 休日のためか電車は混んでいて座れなかったので、俺達はドア近くの隅に立った。
 優子さんを壁側に入れて、覆うように向かい合って俺が立つ。
「ほんとにごめんね、今日。急だったし、なんかおかしなことになっちゃってて……」
「ううん。正直びっくりしたけど、まあ行ってなんとかなるなら、そのほうがいいし……」
「なんとかなると思う……?」
「どうだろうね……こればっかりは」
 自信無さそうに首をかしげる優子さんに、俺まで不安が込み上げる。
「でも、ご両親がいい気がしないのは当たり前だと思うし……、受け入れられなくても仕方ないかもね」
「当たり前なのかな……。好きになったのは俺のほうなのに、優子さんが不利なカンジなのホント納得いかないんだけど」
 思わずそう愚痴ると、
「ありがとう。亮弥くんがそう思ってくれるなら、私も心強い」
 と優子さんはほっとしたような笑みを見せた。

 そうか……そうだよな。
 一番不安なのは優子さんなんだから、俺が気を強く持たないと。
 弱気になってる場合じゃない。

 そう思ったのに、実家の前まで来るとなぜだか途端に緊張が襲ってきた。
 ガレージに窮屈そうに収まる威圧的な白い輸入車。
 北向きのためか、やたら冷ややかに見える玄関のドア。
 その手前、こんな日の当たらない場所にわざわざ据えてある全盛の薔薇の鉢まで、その棘を一層鋭くして待ち構えていたように見える。
 もし、徹底的に反対されて「別れなさい」って言われたら、どうすればいいんだろう。
 母親と絶縁してでも――なんて簡単には思えないし、何より優子さんを傷つけてしまうのは間違いない。
 本当に連れて来て良かったのだろうか。
 しかもほぼ無策だ。
 優子さんの人柄と俺の気持ちが母親に伝われば印象も変わるだろうという、期待だけで優子さんを連れて来てしまった。

「亮弥くん、大丈夫……?」
 声を掛けられて振り向くと、優子さんが心配そうな瞳でこちらを見上げている。
 繋いだ手に無意識に力が入っていたことに気づき、少し緩めた。
「あ、うん」
「お菓子、ありがとう」
 優子さんが手を出したので、俺は紙袋を渡した。
「あの、優子さん」
「うん」
「もし、もし傷つけるような反応されたら本当にごめん。最悪ダメかもしんないけど、俺の気持ちは変わらないから」
「うん、わかってるよ」
 優子さんは微笑んで、続けた。
「今日上手くいかなくても、焦ることないよ。先のための第一歩だと思って、とりあえずは今日を乗り越えよう」
「それって……」
 逆プロポーズと思っていいですか?
 という俺のボケを遮るように、玄関のドアがガチャリと開いた。
「あーっ、優子さんいらっしゃい!」
「あれっ、愛美ちゃん……」
「そろそろかな~って思って、出てきちゃいましたぁ」
 家の中から現れたのは、やたらテンションの高い姉だった。
「なんでお前がいるんだよ……」
「え? ほら、二人の危機を見守るのも私の役目かなって思って。大丈夫、隆也は先に帰らせたから! いや~、不思議な気分だけどなかなかお似合いじゃん!」
 姉ちゃんは俺の肩をバンバンと叩いた。

「お母さんは?」
「うん、ご機嫌ナナメで待ってるよ」
「最悪なんだけど」
「優子さん、今回はホントすみません、うちの婚約者がうっかり……」
「ううん、逆に申し訳なかったです……私のせいで皆さんにご迷惑をおかけして」
「優子さんのせいじゃないですよぉ!」
 そこで姉ちゃんは小声になって、
「うちの母、亮弥のこと大好きだから、きっと誰が来ても気に入らないんです。でも優子さんならきっと大丈夫ですよ。優子さん以上の人はいないですもん!」
 その言葉に、俺は少しホッとした。
「ただ、母なりに悩む気持ちはあるみたいなんで……」
「そうだよね……」
 優子さんの相づちは、妙な深みを伴った。

「来られたの?」
 家の中から低い声がして、姉ちゃんが振り返るのと同時に俺もドアの奥を覗き込んだ。父親だ。
「あ、お父さん。今ドア開けたらね、ちょうど着いたとこだったみたい」
 姉ちゃんはドアを大きく開けて、こちらがよく見えるようにした。
「こんにちは、初めまして」
 優子さんが先にあいさつをした。
 ふわりとした笑顔を向けられて、父親も顔を綻ばせた。
「こんにちは、わざわざありがとうね」
「いえ、突然お邪魔して申し訳ないです……」
「とりあえず上がってよ。うちのも待ってるから」
 笑顔を見せる父親の向こうに続く廊下――その途中、階段の手前にある開け放たれたリビングへのドアから、母親の威圧が迫ってくる気がした。

 鬼のような形相で待っていたらどうしよう。
 中学生の時についついゲーセンで遊びすぎて帰宅が遅くなってしまった時の、あの張り詰めた空気を思い出す。
 いやいや、さすがの母親も初対面の相手に対する礼儀くらいはわきまえているはずだ。
 元々そういうことには厳しい人だからな。

 俺は優子さんの背中に手を添えながら、父親と姉ちゃんの後に続いてリビングに入っていった。
「あら、いらっしゃい」
 母親はテーブルの席に座って頬杖をついたまま、不機嫌そうな鋭い視線とともに言った。
 軽くカールした自慢のロングヘアをふわりと降ろし、キチンとメイクアップされた赤い唇をやや尖らせている。
 そしておもむろに立ち上がると、優子さんの前に歩いてきた。
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