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第11章
2 人生転換①
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お花見は三時間くらいで解散になった。
身内の方が車で迎えに来てくれるという晃輝くん達を見送ってから、亮弥くんと私は少し園内を散歩して帰ることにした。
歩き始めると同時に、亮弥くんはスッと私の手を引き寄せた。
二人の前では遠慮してたんだな、と思って、私はついつい頬が緩んでしまった。
「優子さんごめんね、あいつら遠慮がなくて……」
「え? あ、ううん、全然」
「何、今何か考えてた?」
「いや、亮弥くんがすぐ手をつないだのがかわいいなと思って……」
「何それ。つなぐでしょ、そりゃ」
ちょっと恥ずかしそうに眉をひそめる亮弥くん。
「それはいいけどさ、俺もう、ヒヤヒヤしっぱなしだったんだよね。優子さん嫌な気持ちにさせてないかなって……」
「えー、なんで? 全然だよ。楽しい人達だったね」
「そう? それならいいけど……」
「晃輝くんは亮弥くんのことが大好きなんだなぁっていうのはすごく感じた。さすが親友というか……ああいう人って居るんだねぇ。私は親友とかいないから、ちょっと羨ましいなと思ったよ」
「優子さん親友いないの?」
「いないねぇ……。何を以て親友と判断するのかが、未だにわからなくて」
「そうなんだ」
「根本的なとこで、どうしても共感し合えないっていうのもあるかもしれない。自分が特殊だから、仕方ないんだろうなぁ」
もちろん、他人全般と一定の距離を保っているのも理由の一つだ。
私は人と近づかないことで、自分の心を保っている。
でも、近づくことを受け入れられるとしたら、その相手は――。
「いいじゃん、親友いなくても。俺がいるんだから」
そう言われて、思わず亮弥くんを見上げたら、
「ごめん、調子に乗った」
と誤魔化すように笑うので、なんだか胸が痛くなった。
亮弥くんにもっと私を知ってほしい。
もっと私を見せたい。
俺がいるでしょ、って自信を持って言わせられるくらいに。
私が若い頃ずっとずっと探していたのは、そういう人だった。
孤独を感じた時、「俺がいるから大丈夫」って言ってくれる人。
もちろん、理解という裏づけの上でのことだ。
今は孤独も苦じゃないけれど、そういう存在がいるに越したことはない。
でも、知られることは賭けだということもわかっている。人はいつでも別れと隣り合わせだ。
「奥さんのほうはどんな印象だった? 文句ばっかで不快にならなかった?」
亮弥くんが話題を戻す。
「そうだね、面白いなと思ったよ」
「面白い? ……どこが?」
怪訝そうな顔に、少し笑ってしまった。
「あかりさん、私に対してはわりと普通だったんだよねぇ。ほら、私が二十年前大人だったって話の時とかさ、とっさに"オバサンじゃん"とか言っちゃう人もいるのかなって」
「そんなこと言ったら俺許しませんけど」
「あはは。でも実際おばちゃん……」
「鏡見てから言って? まあでもたしかに、優子さん貶したりは全然しなかったな……」
「そうでしょ。それに、晃輝くんを責めてても、声に憎しみがこもってなくて、たぶん晃輝くんが何言っても許容してくれる安心感があるから言えるんだろうなって思った。信頼関係というか。亮弥くんに対しても、親しみからの照れ隠しみたいに見えたよ。私にはね」
「すごいな、優子さん……。それも博愛ってやつ?」
「えー、どうなんだろ。まあ、かわいいなと思いながら接しました」
「やっぱすげーわ」
そのいつもと違う言い方に、晃輝くんと会った余韻が感じられた。
亮弥くんはいつも言葉が丁寧で優しいけど、晃輝くんと会うと途端に男の子っぽくなる。
それがけっこう新鮮で、私はちょっと好きだったりする。
話していると、結局あんまり園内を見ていない自分達に気づいたので、そのまま駅に向かうことにした。
公園の敷地を出ようとしたところで、足元を小さな兄妹が園内に向かって走り抜けていった。
妹はまだよちよちと今にも転びそうな足取りで、キャッキャと笑ってお兄ちゃんを呼んでいる。
後ろからお母さんが、「走らないよ!」と声を上げる。
「晄理くん見てどうだった?」
私は亮弥くんに尋ねた。
「いやー、結局よくわからない生き物だった」
「あはは。私も」
「え、優子さんも?」
「うん。赤ちゃんのあやし方とかわからないし、抱いてはみたもののどうしよう、って……」
「まじで?」
「だから亮弥くんを巻き込んでみたり」
「全っ然そんなふうに見えなかった……」
そんなに上手く隠せていたのか、と私は驚いた。焦りを隠すのは、私の得意技なのだ。
でも、いくら隠せたところで、赤ちゃんと接することに対して全然引き出しが無いのは事実で、そんな自分が、かなり情けなくはなった。
「子供欲しくならなかった?」
できれば答えを聞きたくない問いを、私はできるだけ自然に聞こえるように口にした。
亮弥くんの心を、探るために。
「う~ん……。いや、小さくてかわいいなとは思ったけど、だから欲しいかと言うと……、どうなのかな。いや、いたらいたで、幸せだろうなとは思ったけど、これまで子供欲しいとか考えたことなかったから……。え、優子さんは?」
「え、私?」
「うん。この際だから、優子さんが子供について本当はどう思ってるのか聞いておきたい」
ドキリとした。
それは、不安からのドキリだった。
私は、子供が欲しいと全く思っていない。
理由はいろいろあるけど、亮弥くんといてもそれは変わらない。
だから、亮弥くんが「子供が欲しい」と言った時が、私達が別れる時だと思っている。
でも、今それを隠して、期待させて気持ちのベクトルが別の方向を向いたまま時を重ねてしまったら、取り返しがつかなくなる。
そう考えた私は、すぐに覚悟を決めて口を開いた。
お互いどうせ傷つくなら、傷は浅いに越したことはない。
「私はね、この先も子供を産む気はないんだ」
「あ、やっぱりそうなの?」
案外軽い返事に、私は少し拍子抜けした。
「ショックじゃないの?」
「いや、別に……。そうだろうなって思ってたし。逆に優子さんが産みたくなってたら、ちゃんと考えなきゃいけないなって……。まあ、今日晃輝が撮ってくれた写真見て、正直ちょっと憧れは抱いちゃったけど。でも、いなきゃいないで全然、俺は、優子さんがいれば……」
そこまで言って、亮弥くんは急に恥ずかしそうにそっぽを向いた。
その顔を追って無理やり覗き込む。
「何? こっち向いて最後まで言って?」
「いや、もう、順番おかしいから、この話」
亮弥くんは私の視線を振り払うように手を振る。かわいい。
身内の方が車で迎えに来てくれるという晃輝くん達を見送ってから、亮弥くんと私は少し園内を散歩して帰ることにした。
歩き始めると同時に、亮弥くんはスッと私の手を引き寄せた。
二人の前では遠慮してたんだな、と思って、私はついつい頬が緩んでしまった。
「優子さんごめんね、あいつら遠慮がなくて……」
「え? あ、ううん、全然」
「何、今何か考えてた?」
「いや、亮弥くんがすぐ手をつないだのがかわいいなと思って……」
「何それ。つなぐでしょ、そりゃ」
ちょっと恥ずかしそうに眉をひそめる亮弥くん。
「それはいいけどさ、俺もう、ヒヤヒヤしっぱなしだったんだよね。優子さん嫌な気持ちにさせてないかなって……」
「えー、なんで? 全然だよ。楽しい人達だったね」
「そう? それならいいけど……」
「晃輝くんは亮弥くんのことが大好きなんだなぁっていうのはすごく感じた。さすが親友というか……ああいう人って居るんだねぇ。私は親友とかいないから、ちょっと羨ましいなと思ったよ」
「優子さん親友いないの?」
「いないねぇ……。何を以て親友と判断するのかが、未だにわからなくて」
「そうなんだ」
「根本的なとこで、どうしても共感し合えないっていうのもあるかもしれない。自分が特殊だから、仕方ないんだろうなぁ」
もちろん、他人全般と一定の距離を保っているのも理由の一つだ。
私は人と近づかないことで、自分の心を保っている。
でも、近づくことを受け入れられるとしたら、その相手は――。
「いいじゃん、親友いなくても。俺がいるんだから」
そう言われて、思わず亮弥くんを見上げたら、
「ごめん、調子に乗った」
と誤魔化すように笑うので、なんだか胸が痛くなった。
亮弥くんにもっと私を知ってほしい。
もっと私を見せたい。
俺がいるでしょ、って自信を持って言わせられるくらいに。
私が若い頃ずっとずっと探していたのは、そういう人だった。
孤独を感じた時、「俺がいるから大丈夫」って言ってくれる人。
もちろん、理解という裏づけの上でのことだ。
今は孤独も苦じゃないけれど、そういう存在がいるに越したことはない。
でも、知られることは賭けだということもわかっている。人はいつでも別れと隣り合わせだ。
「奥さんのほうはどんな印象だった? 文句ばっかで不快にならなかった?」
亮弥くんが話題を戻す。
「そうだね、面白いなと思ったよ」
「面白い? ……どこが?」
怪訝そうな顔に、少し笑ってしまった。
「あかりさん、私に対してはわりと普通だったんだよねぇ。ほら、私が二十年前大人だったって話の時とかさ、とっさに"オバサンじゃん"とか言っちゃう人もいるのかなって」
「そんなこと言ったら俺許しませんけど」
「あはは。でも実際おばちゃん……」
「鏡見てから言って? まあでもたしかに、優子さん貶したりは全然しなかったな……」
「そうでしょ。それに、晃輝くんを責めてても、声に憎しみがこもってなくて、たぶん晃輝くんが何言っても許容してくれる安心感があるから言えるんだろうなって思った。信頼関係というか。亮弥くんに対しても、親しみからの照れ隠しみたいに見えたよ。私にはね」
「すごいな、優子さん……。それも博愛ってやつ?」
「えー、どうなんだろ。まあ、かわいいなと思いながら接しました」
「やっぱすげーわ」
そのいつもと違う言い方に、晃輝くんと会った余韻が感じられた。
亮弥くんはいつも言葉が丁寧で優しいけど、晃輝くんと会うと途端に男の子っぽくなる。
それがけっこう新鮮で、私はちょっと好きだったりする。
話していると、結局あんまり園内を見ていない自分達に気づいたので、そのまま駅に向かうことにした。
公園の敷地を出ようとしたところで、足元を小さな兄妹が園内に向かって走り抜けていった。
妹はまだよちよちと今にも転びそうな足取りで、キャッキャと笑ってお兄ちゃんを呼んでいる。
後ろからお母さんが、「走らないよ!」と声を上げる。
「晄理くん見てどうだった?」
私は亮弥くんに尋ねた。
「いやー、結局よくわからない生き物だった」
「あはは。私も」
「え、優子さんも?」
「うん。赤ちゃんのあやし方とかわからないし、抱いてはみたもののどうしよう、って……」
「まじで?」
「だから亮弥くんを巻き込んでみたり」
「全っ然そんなふうに見えなかった……」
そんなに上手く隠せていたのか、と私は驚いた。焦りを隠すのは、私の得意技なのだ。
でも、いくら隠せたところで、赤ちゃんと接することに対して全然引き出しが無いのは事実で、そんな自分が、かなり情けなくはなった。
「子供欲しくならなかった?」
できれば答えを聞きたくない問いを、私はできるだけ自然に聞こえるように口にした。
亮弥くんの心を、探るために。
「う~ん……。いや、小さくてかわいいなとは思ったけど、だから欲しいかと言うと……、どうなのかな。いや、いたらいたで、幸せだろうなとは思ったけど、これまで子供欲しいとか考えたことなかったから……。え、優子さんは?」
「え、私?」
「うん。この際だから、優子さんが子供について本当はどう思ってるのか聞いておきたい」
ドキリとした。
それは、不安からのドキリだった。
私は、子供が欲しいと全く思っていない。
理由はいろいろあるけど、亮弥くんといてもそれは変わらない。
だから、亮弥くんが「子供が欲しい」と言った時が、私達が別れる時だと思っている。
でも、今それを隠して、期待させて気持ちのベクトルが別の方向を向いたまま時を重ねてしまったら、取り返しがつかなくなる。
そう考えた私は、すぐに覚悟を決めて口を開いた。
お互いどうせ傷つくなら、傷は浅いに越したことはない。
「私はね、この先も子供を産む気はないんだ」
「あ、やっぱりそうなの?」
案外軽い返事に、私は少し拍子抜けした。
「ショックじゃないの?」
「いや、別に……。そうだろうなって思ってたし。逆に優子さんが産みたくなってたら、ちゃんと考えなきゃいけないなって……。まあ、今日晃輝が撮ってくれた写真見て、正直ちょっと憧れは抱いちゃったけど。でも、いなきゃいないで全然、俺は、優子さんがいれば……」
そこまで言って、亮弥くんは急に恥ずかしそうにそっぽを向いた。
その顔を追って無理やり覗き込む。
「何? こっち向いて最後まで言って?」
「いや、もう、順番おかしいから、この話」
亮弥くんは私の視線を振り払うように手を振る。かわいい。
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