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第5章
2 優子の告白①
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優子さんが突然深刻な顔になったので、俺は息をのんだ。
優子さんが俺を信じなくても側にいられるか――。
その質問は、ここで俺と訣別する覚悟のように聞こえ、一方で側にいてもいいという許可にも受け取れて。
「それは、どういう意味ですか?」
そう聞く以外に、反応しようがなかった。
優子さんは少し悲しげな笑みを見せて、しばらく考え込むように視線を下げた。
俺は不安な気持ちで返事を待った。
「ちょっと、長くなると思うけど、全部理解しなくていいから、聞いてほしいの」
「……はい」
優子さんは、時折考え込みながら、一言ずつ俺に届けるように、丁寧に話し始めた。
俺はそれを、黙って聞き続けた。
「私、普通の人と少し感覚が違ってるらしくて、私が自分の考えを口にすると、偽善者とか、綺麗事とか、いい子ぶってとか、疎ましそうに言われてきたんだよね。偽善者って言葉の意味がよくわからなくて、高校生くらいの頃かな、調べてみたら、本心ではない見せかけの善人、みたいな意味だった。それで私、自分のこの気持ちは偽りなのか、本心だと思うのは自分の勘違いで、こんな考えを持つこと自体が偽善なのかって、何年も悩んだの。
社会に出たら出たで、何かにつけ綺麗事だ、理想論だ、世間知らずだって、罵られたり、鼻で笑われたりした。そういう人達から代わりに聞かされる話はいつも、言い訳じみていたり、自己都合の正当化に見えたり、何かや誰かを否定、批判することが当然だと思っているかのように見えたりした。私は、その人達の心のありようが理解できなくて、どうしてそういう考えになるんだろうって、納得いかなかった。でももしかしたら本当は、おかしいのは、間違っているのは私なんじゃないかって考えるようになった。みんなが持っている当たり前の感覚が無い以上、私に欠陥があるんだって。
それでも、彼氏だったらさすがに味方でいてくれるはずって思って、いろんな人とつき合ってみた。でもダメだった。最初は味方でも、次第に私を否定するようになった。そんな中で、私に理解を示してくれて、心地よく一緒にいられる人が見つかったけど、その頃はもう私、心の奥が傷つき過ぎていて、たった一度の心ない言葉に敏感に反応してしまって、相手の心根を信用できなくなった。大したことじゃないって頭ではわかっていても、失望が大きくて、相手への気持ちを取り戻すことができなくなった。
結局、もう人と居ないほうが、誰かを信じることも、失望することも、相手を傷つけることも傷つくこともないから、楽に生きられるかもしれないって思って、恋愛するのをやめた。そしたらすごく楽になったの。元々一人好きだから淋しいとも思わないし、何より誰にも何も求めないって、本当に楽。その頃から、恋人以外に対しても何も求めなくなって、自分の思いが人に伝わることを期待しなくなって、そしたらやっと安心して生きられるようになったの。でも、それも長くは続かなかった。
ある時仕事中に書類の書き方を教えてたら、『片瀬さんって、優しいですね……』って、ちょっと感動してるくらいの顔で言われたの。優しいと言われることは多かったけど、何も優しくしてないのに優しいって言われて、その時初めて、さすがにこれはおかしいぞ、って思ったのよ。それからようやく、人と自分と何が違っているのかを、観察したり、ネットで世間の人々の声をたくさん読んだり、あと妹に聞いたりしてね、調べ始めたの。
そしたら気づいた。私それまでね、人が人を傷つけてしまうのは、立場や事情が違うからで、基本的にはみんな善人なんだと当たり前に思ってきたの。だから、相手には相手なりの事情があるからって考えて基本的には理解を示したし、嫌なことを言われても、そう言わせた私に非があるんだって思ってきた。でもね、実際は、自分が不快だからとか、自分が得をしたいからとか、自分の憂さ晴らしだとか、ただただ自分勝手な理由で相手を攻撃することって、普通にあるんだって。悪意を持って人をあざ笑ったり、馬鹿にしたり、貶したりすることって、普通のことなんだって。こんな話して、バカみたいに聞こえるかもしれないけど、私はそれを知らなかったの。それこそ数年前まで、知らずに生きてたのよ。だって、自分にはその感覚が、無かったから」
優子さんが俺を信じなくても側にいられるか――。
その質問は、ここで俺と訣別する覚悟のように聞こえ、一方で側にいてもいいという許可にも受け取れて。
「それは、どういう意味ですか?」
そう聞く以外に、反応しようがなかった。
優子さんは少し悲しげな笑みを見せて、しばらく考え込むように視線を下げた。
俺は不安な気持ちで返事を待った。
「ちょっと、長くなると思うけど、全部理解しなくていいから、聞いてほしいの」
「……はい」
優子さんは、時折考え込みながら、一言ずつ俺に届けるように、丁寧に話し始めた。
俺はそれを、黙って聞き続けた。
「私、普通の人と少し感覚が違ってるらしくて、私が自分の考えを口にすると、偽善者とか、綺麗事とか、いい子ぶってとか、疎ましそうに言われてきたんだよね。偽善者って言葉の意味がよくわからなくて、高校生くらいの頃かな、調べてみたら、本心ではない見せかけの善人、みたいな意味だった。それで私、自分のこの気持ちは偽りなのか、本心だと思うのは自分の勘違いで、こんな考えを持つこと自体が偽善なのかって、何年も悩んだの。
社会に出たら出たで、何かにつけ綺麗事だ、理想論だ、世間知らずだって、罵られたり、鼻で笑われたりした。そういう人達から代わりに聞かされる話はいつも、言い訳じみていたり、自己都合の正当化に見えたり、何かや誰かを否定、批判することが当然だと思っているかのように見えたりした。私は、その人達の心のありようが理解できなくて、どうしてそういう考えになるんだろうって、納得いかなかった。でももしかしたら本当は、おかしいのは、間違っているのは私なんじゃないかって考えるようになった。みんなが持っている当たり前の感覚が無い以上、私に欠陥があるんだって。
それでも、彼氏だったらさすがに味方でいてくれるはずって思って、いろんな人とつき合ってみた。でもダメだった。最初は味方でも、次第に私を否定するようになった。そんな中で、私に理解を示してくれて、心地よく一緒にいられる人が見つかったけど、その頃はもう私、心の奥が傷つき過ぎていて、たった一度の心ない言葉に敏感に反応してしまって、相手の心根を信用できなくなった。大したことじゃないって頭ではわかっていても、失望が大きくて、相手への気持ちを取り戻すことができなくなった。
結局、もう人と居ないほうが、誰かを信じることも、失望することも、相手を傷つけることも傷つくこともないから、楽に生きられるかもしれないって思って、恋愛するのをやめた。そしたらすごく楽になったの。元々一人好きだから淋しいとも思わないし、何より誰にも何も求めないって、本当に楽。その頃から、恋人以外に対しても何も求めなくなって、自分の思いが人に伝わることを期待しなくなって、そしたらやっと安心して生きられるようになったの。でも、それも長くは続かなかった。
ある時仕事中に書類の書き方を教えてたら、『片瀬さんって、優しいですね……』って、ちょっと感動してるくらいの顔で言われたの。優しいと言われることは多かったけど、何も優しくしてないのに優しいって言われて、その時初めて、さすがにこれはおかしいぞ、って思ったのよ。それからようやく、人と自分と何が違っているのかを、観察したり、ネットで世間の人々の声をたくさん読んだり、あと妹に聞いたりしてね、調べ始めたの。
そしたら気づいた。私それまでね、人が人を傷つけてしまうのは、立場や事情が違うからで、基本的にはみんな善人なんだと当たり前に思ってきたの。だから、相手には相手なりの事情があるからって考えて基本的には理解を示したし、嫌なことを言われても、そう言わせた私に非があるんだって思ってきた。でもね、実際は、自分が不快だからとか、自分が得をしたいからとか、自分の憂さ晴らしだとか、ただただ自分勝手な理由で相手を攻撃することって、普通にあるんだって。悪意を持って人をあざ笑ったり、馬鹿にしたり、貶したりすることって、普通のことなんだって。こんな話して、バカみたいに聞こえるかもしれないけど、私はそれを知らなかったの。それこそ数年前まで、知らずに生きてたのよ。だって、自分にはその感覚が、無かったから」
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