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第5章
2 優子の告白②
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俺はそれを聞いて、ちょっとポカンとしてしまっていたと思う。
世間に溢れている、日常茶飯事を、優子さんはつい最近まで知らなかったと言っている。
「それからもっといろんなことを知った。自分が嫌な思いをしたら、やり返したり、口汚く罵ったり、憎んだり、恨んだり、別の誰かに同じことをしたり、人や物に八つ当たりするのが普通にあることだとか、表面はニコニコしていても、心の中は全く違っているのが普通のことだとか。私には無かった。傷つけられても飲み込むことしか知らなかったし、言動に心が伴わないこともなかった。私が思っていた世界と、みんなが生きている世界は、全然違ってた。
だから噛み合わなかったんだ。私の言葉が綺麗事と言われて、疎まれるのは、当たり前のことだったんだって、ようやく腑に落ちた。と同時に、これまで自分がどう見られていたのかを思うとすごく恥ずかしくなったし、私と同じ感覚の人はいないんだってわかって、誰も何も信じられなくなった。私が見ている何をもって信じられると判断できるのかわからなくなった。それ以来、人を信じるという感覚が、私の中から抜け落ちてしまったの。だから、もう一度誰かを側に置くのなら――つまり、もし亮弥くんと」
優子さんは、真っすぐに俺を見た。
「この先もっと違う関係性で隣にいようと踏み出すなら、私が、普通の恋愛相手みたいに、亮弥くんを信じるって、好きだから信じられるって、言ってあげられないことは、隠しておくわけにいかない」
少しの間、店内の喧騒も、音楽も、食器をカチャカチャ鳴らす音も、耳に届かなくなった気がした。
正直なところ、優子さんの最後の言葉が意味することを、俺は咄嗟に掴むことができなかった。
ただ、優子さんが、おそらくは心の綺麗さゆえに深く傷ついてきたこと、それが人間不信につながったこと、だから俺のことも信じることができないということは、理解できた。
そしてそれは、俺の心を、酷く痛ませた。
「……今の話が、以前言ってた優子さんが冷めきってるって話の内容ですか?」
「うん……そうだね、それと、そういう人間だから恋愛感情を人並みに持てないし、恋愛を信じることもできないということと。だから亮弥くんがくれるのと対等の熱量を返すことは、きっとできないと思う」
「そうですか……」
「亮弥くんにはもっと、心がまともな、せめて人並みに恋ができる女の子を選べる権利がある。それに、この先もずっと私といたら、亮弥くん、子供を持てなくなるだろうし……それは私の年齢的なものも含めてだけど。亮弥くんが享受すべきたくさんの幸せを、逃してしまうことになると思うの」
「いや、そんなことは俺、全然構わないですけど……」
「本当に?」
優子さんは真面目な顔で、念押しする。
「よく考えてほしいの。亮弥くんの人生にとって、何がベストなのか。何が欠けると困るのか。特に子供のことは、ご両親にとっても大きなことだと思うし……。返事は急がなくていいから、考えておいて。結論が出たら、教えてください」
「それは、優子さんが、俺とのことを本気で考えてくれてるってことだと、思っていいですか? 俺を切り離すための言い訳じゃなく」
そう言うと、優子さんは少し表情を緩めて、
「そうだよ。だから亮弥くんに不利益になることを、ちゃんと話さなきゃって思ったの。ごめんね、唐突でビックリさせたと思うけど……」
「いや、まあ、正直……。でも俺、わからないんですけど」
「うん」
「今の話って、優子さんが人間不信だってことじゃないですか、それなのにどうして、人に優しくできるんですか?」
「ああ、そっか。そうだよね、そこも話さないといけないね……。あ、後は軽い話だから、どうぞ、パフェ食べて。ごめんね、温くなっちゃったかも」
優子さんはいつもどおりの優しい表情で促した。
俺は、あ、ども、と頭を下げて、パフェを食べ始めた。
世間に溢れている、日常茶飯事を、優子さんはつい最近まで知らなかったと言っている。
「それからもっといろんなことを知った。自分が嫌な思いをしたら、やり返したり、口汚く罵ったり、憎んだり、恨んだり、別の誰かに同じことをしたり、人や物に八つ当たりするのが普通にあることだとか、表面はニコニコしていても、心の中は全く違っているのが普通のことだとか。私には無かった。傷つけられても飲み込むことしか知らなかったし、言動に心が伴わないこともなかった。私が思っていた世界と、みんなが生きている世界は、全然違ってた。
だから噛み合わなかったんだ。私の言葉が綺麗事と言われて、疎まれるのは、当たり前のことだったんだって、ようやく腑に落ちた。と同時に、これまで自分がどう見られていたのかを思うとすごく恥ずかしくなったし、私と同じ感覚の人はいないんだってわかって、誰も何も信じられなくなった。私が見ている何をもって信じられると判断できるのかわからなくなった。それ以来、人を信じるという感覚が、私の中から抜け落ちてしまったの。だから、もう一度誰かを側に置くのなら――つまり、もし亮弥くんと」
優子さんは、真っすぐに俺を見た。
「この先もっと違う関係性で隣にいようと踏み出すなら、私が、普通の恋愛相手みたいに、亮弥くんを信じるって、好きだから信じられるって、言ってあげられないことは、隠しておくわけにいかない」
少しの間、店内の喧騒も、音楽も、食器をカチャカチャ鳴らす音も、耳に届かなくなった気がした。
正直なところ、優子さんの最後の言葉が意味することを、俺は咄嗟に掴むことができなかった。
ただ、優子さんが、おそらくは心の綺麗さゆえに深く傷ついてきたこと、それが人間不信につながったこと、だから俺のことも信じることができないということは、理解できた。
そしてそれは、俺の心を、酷く痛ませた。
「……今の話が、以前言ってた優子さんが冷めきってるって話の内容ですか?」
「うん……そうだね、それと、そういう人間だから恋愛感情を人並みに持てないし、恋愛を信じることもできないということと。だから亮弥くんがくれるのと対等の熱量を返すことは、きっとできないと思う」
「そうですか……」
「亮弥くんにはもっと、心がまともな、せめて人並みに恋ができる女の子を選べる権利がある。それに、この先もずっと私といたら、亮弥くん、子供を持てなくなるだろうし……それは私の年齢的なものも含めてだけど。亮弥くんが享受すべきたくさんの幸せを、逃してしまうことになると思うの」
「いや、そんなことは俺、全然構わないですけど……」
「本当に?」
優子さんは真面目な顔で、念押しする。
「よく考えてほしいの。亮弥くんの人生にとって、何がベストなのか。何が欠けると困るのか。特に子供のことは、ご両親にとっても大きなことだと思うし……。返事は急がなくていいから、考えておいて。結論が出たら、教えてください」
「それは、優子さんが、俺とのことを本気で考えてくれてるってことだと、思っていいですか? 俺を切り離すための言い訳じゃなく」
そう言うと、優子さんは少し表情を緩めて、
「そうだよ。だから亮弥くんに不利益になることを、ちゃんと話さなきゃって思ったの。ごめんね、唐突でビックリさせたと思うけど……」
「いや、まあ、正直……。でも俺、わからないんですけど」
「うん」
「今の話って、優子さんが人間不信だってことじゃないですか、それなのにどうして、人に優しくできるんですか?」
「ああ、そっか。そうだよね、そこも話さないといけないね……。あ、後は軽い話だから、どうぞ、パフェ食べて。ごめんね、温くなっちゃったかも」
優子さんはいつもどおりの優しい表情で促した。
俺は、あ、ども、と頭を下げて、パフェを食べ始めた。
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