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第4章

2 情報交換③

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「仕事中の優子さんってどんな感じ?」
「ちょうカッコイイ」
 意外な返事だった。
「アンタ優子さん何の仕事してるか知ってる?」
「え、姉ちゃんの会社の事務か何かじゃないの?」
「違う違う! 社長秘書!」
「しゃ……っ!」
 俺は驚いて、目を見開いた。
「パンツスーツをビシッと着こなしてね。すんごいテキパキしてるし、判断速いし、忙しくても笑顔で対応してくれるし、ユーモアもあるから相手を緊張させないし、急な予定変更でも気を利かせてくれるから助かるってよく聞く。優子さんが秘書になってから社長絡みの仕事が楽になったってみんな言ってるよ」
「マジで……」
「まぁ、私は優子さんになってからしか知らないから、以前がどうだったのかわからないんだけど」
 正直そんなにも仕事ができる人だとは思っていなかった。
 頭がいいし気が利くのは普段接していてよくわかるけど、デートはわりとのんびりペースだし、いつも心に余裕があってゆったりしているイメージだから、秘書だと聞いてもニコニコお茶出ししてる感じを想像してしまったくらいだ。
「ヤベェ……仕事でもかなわないかも……」
「アンタが優子さんにかなうわけないじゃん」
 姉ちゃんはアッハッハと大声で笑った。
「ま、でもチャレンジするのはいいことだ。好きになってもらえるようにせいぜいがんばれ」
 そう言って俺の肩を叩き、コーヒーでも飲もうかな~と言いながらキッチンへ行った。
「俺の分も」
「えー、仕方ないなぁ。ミルクと砂糖は?」
「ナシで」

 実は、優子さんと会えていなかった間に、ブラックコーヒーを飲む練習をしていた。
 ありがちな考えだけど、コーヒーをブラックで飲めるようになれば、優子さんに近づけるのではないかと思ったからだ。
 最初は苦かったブラックも、背伸びして飲んでいるうちに慣れて、美味しく感じるようになった。

 優子さんはその変化にすぐ気づいてくれたらしい。
「ブラックで飲むようになったんだね」と言われたのは、再会して二度目に会った時だった。
「この前はパフェが甘いからバランス取るためかなって思ってた」と言われ、昔のあんな些細なやり取りを覚えていてくれたんだと、胸がキュウッとなるような、切ないような気持ちになった。

 姉ちゃんがキッチンから戻ってきて、コーヒーを手渡した。
「あざっす」
「優子さん年下苦手って言ってたのに、なんでアンタと気が合ったんだろうね~。独り好き同士波長が合ったのか、根暗繋がりなのか……。イケメンにもさほど反応しない人だしなぁ」
「その年下が苦手っていうの、なんでだったんだろう。子供っぽいから?」
「優子さん自身がすごく大人びてたからじゃないかな。同世代とすら話が合わなくて、年上の人が相手だと楽に話せるって、前は言ってた」
「なるほど……」
 それは少し、わかるかも。
 俺も、大学までは晃輝以外とはなんとなく話が合わないというか、感覚を共有できる感じがなくて、話すのが億劫だった。
 でも、社会人になって仕事をしていく中で、少し年上の先輩達とか、もっと年上の上司やクライアントとは、案外楽に話ができた。
 それは、こっちに「仕事だから話さなければ」という気持ちが生まれたせいでもあるだろうし、年上の人達の包容力のおかげでもあると思う。

 自分の中で特に大きかったのは、相手に聞く姿勢があるということだった。
 同級生とかは、敢えて俺の話を聞こうという気なんてなくて、自分達が好き勝手喋っている中にこっちが積極的に入っていかない限り、言葉を届けられないという側面があった。
 でも、仕事となると、良くも悪くも、意見をキチンと言うことを求められ、その分、相手も聞く姿勢になってくれる。
 相手に"あなたの話を聞きますよ"という意思があるだけで、こっちも言葉を繰り出しやすくなるのだということを、知れたことは大きかった。

 優子さんは会話が上手だし、俺とは違う理由かもしれないけど、少なくとも、年上の人と話すのはラクという感覚は、俺にもわからなくはない。
 そして聞く姿勢という意味では、俺は断然優子さんの話を聞きたいし、めっちゃ聞くし、大好きだからめっちゃ受け止めるし、そこはもう、誰にも負けない。
 うん、負けないぞ。

「他にも何か優子さんについて知ってることある?」
 俺はこの機会に情報収集をしようと、身を乗り出した。姉ちゃんはカップを揺らしながらう~んと考え、
「そうだねぇ……。四月に会った時は、結婚願望が無いって言ってたな」
「そ、そう……」
「てことは、亮弥もそういう対象"外"ってことだな」
「わざわざ言わなくていい」
「あと何か言ってたかな……」
 あんまりガッカリさせる情報は言わないでほしいと思いながら、一応何か思い当たるのを待った。

「あー、あ、そうだ、アンタ知ってる? 優子さん、嘘がつけない人なの」
「え! ほんと!?」
 これはいい情報だった。
 俺はずっと、優子さんは嘘をつかないと信じてきた。
 それを第三者からも聞けたことは、大きな安心材料だった。
「でも都合の悪いこと聞かれてもごまかせないのは、大丈夫かなと思っちゃうけどね、傍目には。おかげで誘導尋問で過去の恋愛経験とかも聞き出しちゃったけど」
「やめろよそういうの……」
 人の清廉なところを逆手にとってプライバシーを聞き出すなんて、我が姉ながら性悪すぎる。
 ただ、そこでふと疑問がわいた。

「優子さん、昔は普通に恋愛してたんだよね? でも、今は彼氏いないし、そもそも結婚願望が無いって、なんでだろう。何か理由があるのかな?」
「うーん、なんか、もう面倒だから要らないなーって言ってたかな」
「あ、そういう感じなんだ。過去の恋愛を引きずってるとかじゃなくて」
「違うみたいよ」
「でも、俺と会うのは面倒じゃないんだよね!?」
「アンタは恋愛対象外だからでしょ」
 姉ちゃんはものをハッキリ言い過ぎだと思う。
「どう考えてんだろうね、優子さん、アンタのこと……。私聞いてみちゃおっかな~」
「やめて」
「いいじゃん、結果は黙っとくから」
「やめて、マジで。姉ちゃんに急かされて早めに振られたら最悪だから。俺は振られるくらいなら、できるだけ長く現状維持したいの」
「でも、優子さんがダメならアンタだって他の人探さないと……」
「そういうの、全ッ然要らないから。優子さん以外は無理!」
 力を込めて断言すると、姉ちゃんはニヤニヤして、
「亮弥がそんなに執着するの、超レアだね~。そういう感情あるんだ。優子さんのこと大好きなんだぁ~、アハハ!」
「やめてもう、恥ずかしいから」
「いいじゃん、そういう気持ちは大事よ。優子さんなら私も大歓迎だから、頑張りな! 進展があったら報告してね」
 ちょうどそこで、玄関でガチャガチャ音が鳴り、両親が帰宅したのでこの話はここまでとなった。
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