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第3章

4 隠しごと③

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「そうなんだ」
 表面上は自然な相づちを打ちながら、私は内心「しまった」と思っていた。
 弟とはもちろん、亮弥くんのことだ。
 その亮弥くんと、愛美ちゃん対策について何も話していなかったのだ。
「まぁ別に先に両親だけでもいいっちゃいいんですけど~」
 ここまで何も聞かれなかったということは、亮弥くんは愛美ちゃんに何も話していないみたいだし、連絡を取り合っていることは秘密にしておいたほうがいいんだろうか。
 でも黙っているのもそれはそれで愛美ちゃんに悪いし……。
 とはいえ、亮弥くんの許可もなく話すのはやっぱり良くない。

「ごめん、愛美ちゃん、大事な用事思い出して、ちょっとだけ電話してきてもいいかな?」
 私は顔の前で手を合わせながら切り出した。
「え、いいですけど」
「ごめんね、すぐ戻るから!」
「あ、それじゃ私トイレに行ってくるんで、どうぞ、ごゆっくり!」
 愛美ちゃんが快く送り出してくれたので、私は急いで外に出て、愛美ちゃんと二人で会っている旨と、交流していることを話していいかどうかを亮弥くんにメールした。
 電話番号を聞いておかなかったことを後悔したけど、まだ仕事中ならどちらにしても連絡はつかないだろう。
 時計を見ると二十時四五分。
 三分ほど待っても、返事は来なかった。
 愛美ちゃんを待たせるわけにもいかないので、私は亮弥くんに自分の電話番号をメールして、店内に戻った。

「大丈夫でした?」
「うん、ちょっと連絡つかなくて、折り返しが来るかもしれないから、スマホ置いてていい?」
「どうぞどうぞ」
「ごめんね」
 私はテーブルの上にスマホを置いた。
「愛美ちゃんも結婚かぁ。そうだよね、そういう年齢だもんね」
「優子さんはもう結婚する気無いんですか?」
「うーん、よく聞かれるけどねぇ。さすがにこの歳まで独身だと難アリっぽく見えるし、今さら多分無理かな~」
「全然無理じゃないですよ。優子さんの好みってどんなタイプですか? よければ私紹介しますよ!」
「好みねぇ……、あ、いや、そもそも結婚願望が無いの。ごめん」
「本当に好きな人ができたら変わるかもしれませんよ!」
「そうかな……」
 その時、テーブルのスマホが震えた。
「あっごめん、ちょっと出てくるね」
「はーい」

 外に出て通話ボタンを押そうとしたら、タッチの差で切れてしまったので、私は急いでかけ直した。
 亮弥くんはすぐに電話に出た。
「あ、青山です」
「亮弥くん、優子です。ごめんね、まだお仕事中だった?」
「あ、もう終わりました。うちの姉といるんですか?」
「うん、今外に出たから隣にはいないけど。愛美ちゃん、私達が連絡取ってること知らないんだよね?」
「あ……まだ話してないです」
「話さないほうがいい?」
「あー、えっと、どうしよう……」
 その返事を意外に思った時、どうやら私は許可をもらえるつもりで連絡していたらしいことに気づいた。
 見込みが外れて、内心焦りつつ返す言葉を探った。
「都合悪いなら、適当にごまかしとくから大丈夫だよ」
 すると少し間があってから、
「すみません、お願いします」
「うん、わかった。それじゃまた連絡するね。ありがとう」

 電話を切った。
 少し落ち込んでいる自分がいた。
 亮弥くんは私と交流があることを、姉である愛美ちゃんに知られたくないのだ。
 そのことにほんの少しだけ、淋しさを感じてしまっていた。
 
 帰り道、ぎゅうぎゅうの銀座線に揺られながら、亮弥くんがどうして渋ったのかを考えた。
 やっぱり私みたいな"おばちゃん"と交流しているのを知られるのは恥ずかしいんだろうか。
 出会った頃は私もまだ三十歳だったし、亮弥くんも私を二十代だと思っていたから愛美ちゃんに話せたのだろう。
 でも今は十二歳年上だとはっきりわかっている。

 愛美ちゃんは美人秘書なんて言っていたけど、外見が年々衰えているのは自分が一番わかっている。
 昔は笑ってかわせた"美人"という言葉も、今ではプレッシャーになるし、嘲笑にすら聞こえる。
 美しさを期待されるのは辛い。老いることを許さない牽制のようで、年齢を受け入れさせない枷のようで、いくら自分に変わらない若さを求めるのをやめようと思ってみても、期待を裏切れないという自意識過剰な責任感がからみつく。
 かと言って「年取ったなー」なんて言われたら凹むのも目に見えているけど。

 亮弥くんと居ることは、職場の人達の評価以上にプレッシャーだ。
 いつも気にしていない風を装っているけど、亮弥くんは本当にイケメン盛りで美しくてキラキラ輝いていて、隣にいる私はどう見えているだろうかと考えてしまう。
 友人という距離感でなければ、隣を歩く勇気は出ないだろう。
 亮弥くんも同じように不釣り合いだと感じていて、私達の間柄を周囲に知られることは避けたいと思っているのかもしれない。
 というか何度か一緒に出掛けていて、あれ以降一度も好きと言われていないし、もしかしたら亮弥くんはもう私の魅力の無さに気づいていて、気持ちも以前とは変わっているのかもしれない。
 だとしたら望んだとおりなのだけれど、それはそれで悲しくもあるのだから、私は本当にめんどくさい人間だ。
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