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第1章

5 返事②

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 カフェは混んでいて、先に亮弥くんに席を取っててもらおうとしたら、私の日替わりコーヒーのほうがオーダーが簡単だからと言われて、私が座って待つことになった。

 席について、レジカウンターでオーダーしてお金を払う亮弥くんを見ていると、本当に美形で目立っていて、あんな子が自分なんかを好きになるなんて信じられないなぁ、と思ったら可笑しくなっちゃって笑いが込み上げてきたのを、ぐっとかみ殺した。
 こんな幸運、私の人生で最初で最後だろうな。
 そして、まだ未成年の亮弥くんは、これから素敵な女の子との出会いがたくさんあって、私のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。
 もし亮弥くんが大人だったら、私の気持ちは動いただろうか。
 一瞬そう考えたけど、多分答えはノーだ。
 新しい出会いに胸をときめかせるには、私の心は熱を失い過ぎてしまっている。

「ありがとう。千円で足りる?」
 お財布を出そうとすると、亮弥くんは手で制止した。
「いや、これは俺が。このくらいは」
 その顔があまりに真剣だったので、これは男の子のプライドかな? と思って素直に甘えることにした。
「そう、ありがとう。それじゃいただきます」
 そう言うと、亮弥くんはホッとしたような笑顔を見せて、
「良かった、笑ってくれて」
「ん?」
「ここに来るまで優子さん、ちょっと冷たい感じだったから」
 鋭いな、と思った。
 優しくしないようにぐっとこらえていたから、その変化を見逃されなかったのか、あるいはポケットに手を入れて黙っていたからそう感じられたのか。
「あはは、そう? そっちが本性かもよ」
「いや、それはないと思います」
 亮弥くんの返事が確信的なものだったので、思い込みで言っているのか、本当に気づいているのか、少し気になった。

「それ、何?」
「えっと、カフェモカです」
「甘いの好きなの?」
「好きですね~。あっ、子供だと思ってます?」
「ううん。甘いもの好きな男の人ってけっこう多いよね」
「そうなんですか? 優子さんは甘いの嫌いなんですか?」
「好きだよ。でもコーヒーはブラックで飲みたいかなぁ」
「大人ですね」
「あはは、大人なのかな」
 そこまで話して、イヤイヤ待てよ、振った直後に楽しく会話していいんだっけ? と、はたと気づいた。
 コーヒーを一口飲んでなんとなく無言になると、亮弥くんも少しソワソワした感じになった。

「あの……、俺、一目惚れって言いましたけど……」
「うん」
「外見で好きになられるのって俺はあんまり好きじゃなくて、その……、自分が嫌なことを優子さんにしてしまってるみたいなのが、すごくダメだなって思うんですけど……。でも、なんていうか、最初に会った時、優子さんがすごくナチュラルに優しくて、それもあって好きになっちゃって、今日話してても、ちょっとした気づかいとか、俺の言葉をちゃんと受け止めてくれたりとか、そういう優しいところがやっぱり好きだなって思って……。だからあの、外見だけじゃ、ないです」

 それを聞いて私は、やっぱりやらかしてたと思った。
 亮弥くんが一生懸命想いを言葉にしてくれているのに、私はどんどん気まずい気持ちになっていった。
 なぜなら、私は大抵いつも"優しさ"に好意を持たれて、それが最終的にいい方向に行ったことがなく、苦い思い出しかなかったからだ。
 こちらにそんなつもりは全くないのにも関わらず、普通に振る舞うと"優しい"と言われてしまうことが、昔からよくある。
 私自身は何を"優しい"と受け取られているのか、正直なところいまいちピンと来ていない。
 ただ、本音を丸出しにしていると、それを特別な好意と誤解されてしまいがちなことはわかっている。
 にもかかわらず、今日は相手がまだ子供だと思って油断して、思ったことを自由に口にしてしまっていたから、きっとまた何か誤解を与えるような発言をしてしまっていたのだろう。

 "優しさ"というものを人より多く持っているとして、それがいつもプラスに働くのであれば、とても素晴らしいことだと思う。
 でも実際は、世間一般と自分の考えがかみ合わないことが多々あって、私が素直な思いを述べると"世間知らず""綺麗事"と失笑されたり、煙たがられたり、場がしらけることも多い。
 だから、特別に好かれず嫌われもせずに過ごすには、周囲とのバランスを取って、できるだけ本心を封印しないといけない。
 それは相手が恋人でも然りで、最初は惹かれたはずの"優しさ"がいつしか癪に障るようになった時、その関係は上手く行かなくなってしまう。
 優しさを捨てるか、別れるか、どちらかとなれば、当然私は別れを選ぶ。そこは案外、冷徹だったりする。

 物事に対して、同じような捉え方ができる人と出会えたら、そういうトラブルもなくなるのかもしれない。
 そう思って、自分と合う人を探し続けたけど、結局見つからないまま。
 虚しくなって恋愛に意味を見いだせなくなったのが今の私だから、いくら未成年とはいえイケメンで気のいい子に告白されて全くときめかないのも、許してほしい。

 まぁでも、そんな事情は亮弥くんには関係ないので、
「ありがとう」
 と私ははにかんでみせるのだった。
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