大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,081 / 2,022
本編

静寂と英雄

しおりを挟む
「どうも初めまして。一応《英雄》をやらせてもらってる、セリム・ヴァスティナムと言う者です」
艶のある黒い髪は雑に切りまとめられ、それと対称的な白い肌、モノクルから覗く細い目と常に緩く笑みを作っている口。
大き過ぎるほど大きなフード付きのローブに身を包んでいるため全身はロクに見えないが、それなりに鍛えているであろう事はさっきの攻防で分かっている。
総評として、個人的には「胡散くせぇ奴」が一番しっくりくる。
「あー、どうも。レィアだ。レィア・シィル。聖学の一年…あぁいや、近々二年だ。その、なんだ、さっきはすまなかった」
目をそらしながら、しどろもどろになりながら謝罪をする。英雄が相手だったんだから、そりゃあんだけの威圧感プレッシャーを放てる訳だ。ましてや聖女サマの移送任務、それも極秘のものとなれば警戒もするだろう。
「いえ、予定の時間まで時間が無いからと焦った私が悪いのですから仕方ありません。しっかりと正面から入れば良かったですね」
あっさりと謝罪を受け入れてくれた《英雄》。悪い人ではないようだが…すまない、俺が《英雄》そのものが嫌いなんだ。こう…本能的に無理と言うかなんと言うか。
『まぁそういうのはあるよな。なんか知らんけど魚卵が無理とか』
ギョラン…魚の卵のことだっけ?魚とかは生まれてこの方食ったことないから知らんなぁ…ってかシャル、聖女サマいたじゃねぇか。
『ん?そうだな』
そうだな、じゃなくて。お前が一人だって言うから敵だと判断した訳だが。
一人しかいない?よし、聖女サマだろ。とか思ったら窓の外に全く違う人影が。
そりゃあ…あんなことになるわな。
ちなみにこの部屋は二階。どうやって窓の高さまで飛んだよ。
『流石にスキルを使った亜空間にもう一人いるなんて想像がつくかボケ。そんでもってそれがわかる訳あるか』
正論。と言うか、俺がシャルに頼り過ぎてるんだよな。
思わず舌打ちをすると、静かすぎるこの空間にはよほど大きく響いたらしい。
「どうかしましたか?」
「んぇっ?」
《英雄》が反応した。
「あー、いや、なんでもない」
なんでもないと言いはしたが、静かな真夜中、唐突に舌打ちをすれば何も無い訳が無い。
どうしようか、知った顔でもない嫌いな奴だが…会話が発生して無視するのは流石に不味い。主に空気が。
「いやー、そのー、あー…」
無理矢理捻り出した話題は全く脈絡の無い話。
「そう言えば、セリム・ヴァスティナムは常にマントをつけてるって聞いたんだが、今回はどうして無いんだ?」
今の英雄はマントではなくローブ。大したことではないし関係もない話だが、話になりそうなのはそれぐらいだったんだ。
「あぁこれですか?ちょっとマントは今クリーニングに出してまして」
意外としょうもない理由だった。と言うか複数持っとけよ。
「あのマントは私のスキルを使う時にあると便利なんですけどね。このローブでも使えるので隠密向けかなと思って今日はこっちにしました。似合ってますか?」
似合ってますか?と言われたらそりゃ「はい」としか言えないだろ。しかもよく見れば刺繍だの何だのが細部に入っているこのローブ、模様が魔法陣になってる。
あと、スキルというのはこの英雄の《アイテムボックス》という能力。
たしか袋の口よりも小さい物…袋に通るものなら無制限に、いくらでも収納出来るという能力だったはず。それを利用して大量の武具から生活用品まで何でも保管しているそうな。
それを使って戦うと聞いてはいるが…
「でも大丈夫なのか?」
「はい?」
俺が今最も気になっていることを聞く。
「俺達、今絶賛ハブられ中だけど万が一があったら聖女サマを守れるの?」
実は俺と英雄、部屋から追い出されていたりする。だから気まずいんだよな。
システナが出て行けと言って無理矢理追い出した。俺はそれなりに抵抗したり文句を言ったりしたのだが、英雄は文句も言わずに従った。
「あぁはい、大丈夫です」
薄い笑みを作りながら英雄はそう言った。
「たとえどれだけ離れていても、私ならすぐに駆けつけられる。だから私が選ばれたんですよ」
しおりを挟む

処理中です...