大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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2,016 / 2,022
外伝

彼女の復帰

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もしかしたら機人と再び戦争が始まるかも知れない。
そう聞いた彼女が始めたのは、身体を鍛え直す事だった。
一年の間、リハビリに隠れてこっそり筋トレなどをしていたものの、その程度で強靭な身体が維持出来るわけもない。衰退を緩やかにするだけの、鍛える事を目的にしていない身体作りは、しかし確実に彼女の身体を衰えさせた。
一年前のあの日と比べ、今の彼女は圧倒的に弱い。戦場から離れ、勘が鈍ったのはパレードの襲撃で実感した。体力の衰えも、技の冴えも、何もかもが足りない。以前の彼女なら、近づかれる前に剣を投げるなり石を投げるなり、迎撃を出来ていただろう。血界も使うことなく、あの程度ならば全ての敵を簡単に屠っていただろう。
だが実際はどうだ。
至近距離にまで近づかれ、鍔迫り合いに持ち込まれた瞬間、彼女の脳裏に過ぎったのは「すぐに押し負ける」という確信。
頭の裏では散々「情けない」という言葉を貰っていた。
だからこそ。
死地に向かって己を磨くのだ。
それこそが《勇者》たる者の唯一にして無二の鍛錬。
実際、彼女は驚くべき速度で仕事に復帰した。
パレードの次の日から剣を握り、錆び付いた技を三日で磨き直した。
筋力は一週間で大差ないほどに戻し、ひと月経つ頃には部隊を率いて様々な地を転々として魔族を狩り、《勇者》としての名を知らしめた。
戦況は狙い通り、魔族対ヒトと機人の様相を呈し、不安定ながらも辛うじて均衡を保ち始めていた。
そうして一年と少しが経った頃だった。
「アベル、一時的にお前に黒鎧の全指揮権を預ける。期限はひと月だ」
彼女がそう言った時、彼は目を丸くした。
「はい?隊長、今なんと?」
「ひと月の間出かけるつってんだ。その間、戻る気は無いからお前に全部の指揮権を預ける。別に珍しい事じゃないだろう?」
彼女がそう言うのは、確かに珍しい事ではない。
現につい先日まで、作戦の帰りに「ちょっと出かける。あとは全部任せた」と言ったきり、三日ほど全く帰ってこなかった。
もちろんこの時が初めてではなかったため、アベルも「わかりました」と一言だけ返し、隊を慣れた風に纏めて帰った。
だが、今回は訳が違う。
「ひと月もですか?おひとりで?隊長、ご自分の立場わかってます?」
「分かってるよ。攻めの《勇者》と《英雄お前》、守りの《魔王》でどうにか魔族と競り合ってんのに、攻めの俺が欠けたら戦力に不安が出るって話だろ?それを短期間ならまだしも、ひと月も抜けたら黒鎧の戦力が足りないって」
「わかっているのならやめてください。ようやく戦力も拮抗してきたというのに…それに隊長、最近何か焦ってませんか?なんだか妙に──」
「そうか。お前もか」
疲れきったように眉間を揉みながらため息をつく彼に一言そう言うと、彼女は踵を返した。
「どこへ行くのですか?」
「兵装開発部。腕のメンテナンスだ」
付き合いの長い彼には嘘だとすぐに分かった。
しかし、止めることは出来なかった。
「………ッ、わかりました」
まるで臨戦態勢。戦士としての勘が、彼女に今逆らうなと警告を全開で鳴らしていた。
一言でも意見すれば、明らかに剣の間合いの外であっても彼の意識を刈り取ることが出来る。そう確信できたからだ。
しかし彼はこの決断を、後にこれから先ない程後悔することとなる。

── ── ── ── ── ── ── ── ──
彼女が「出かける」といい、事実上失踪してから三ヶ月が経過してなお──彼女が戻る事はなかった。
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