大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,959 / 2,022
本編

感情と腕

しおりを挟む
 一晩明けて昼前。
 額に止血用の包帯を巻いたまま、俺はテーブルの上に置いた設計図と、昨日触れた《白虎》の体格を思い出し、うんうんと唸っていた。
 方向性が決まらん。
 《白虎》がどうしたいか、どうなると良いかがわからん。
 とりあえず、あまり重いと身体のバランスが崩れるので気をつけたい。かと言って人型の方にサイズや重さを合わせると、変身した時に何もかもが狂う。
 この辺については一応ベル達に相談しているのだが、未だ返答は無い。結局貴族に聞いてるじゃないかと言う点は、相手が誰かと言う話を避けているのでセーフ、ということにしている。まぁ、俺が勝手にセーフという事にしてるだけだが。
 じゃあせめてどう言うギミックを入れるかという話になるのだが、本人との会話が困難なため出来ない。
 そもそも紫電鋼に入れられるギミックもたかが知れてるし、こちらは元々難航予定。それがさらに輪をかけてどうしようも無いという話なのだが。
 結局、昨日の夜から何も進んでいない設計図を眺め、再度溜息を着く。
「どうするんですの?」
「わかんね。正直何のアイデアも浮かばん」
 せめて本人と話し合えるならまだマシなのだが、それも無いので思考が堂々巡りをしている。非常に良くない。
設計図そっちでは無くてですわね。《白虎》との関係の方ですわ」
 アーネ自身の額を指差しながらそう聞かれる。
「んぁー……まぁ……」
「情けない返事ですわね」
 つまりはそういう事だ。
 何も解決してない。しようが無いとも言う。
 何故なら相手の要求が無茶苦茶だからだ。
 過去に起きた事の責任を取れ、は理解ができる。それに対する対応も。
 だが、俺が起こしたミスの結果発生した死傷者達が本来不要な死傷者達だったのだから、その責任をどう取るつもりか、に関しては答えようがない。
 その答えは結局、先と同じ返答になるからだ。
 オウムのように同じ事を言った所で納得はしない。それでは足りないから、それ以上のことを要求しているのだから。
 かと言ってそれ以上どうしようもない。金も謝罪も、それらを完全に埋める手立てにはなり得ないのだから。
 そして何より、《白虎》もそれを理解しているはず。
 それでも理不尽な問い詰めなければいけない。それ程の激情が彼の中にある以上、何を言っても理性が効かないだろう。
「ああいうのは放っておくのが一番なんだが……そうもいかんのだよな……」
 時間が無い。かと言って俺が口出しすると多分拗れる。
「貴方とは確実に相性が悪いですわね」
 アーネも溜息をつきながら言う。
 冷静に言うのが正しいとは限らない。かと言って、一緒にヒートアップする程の熱は元より持ち合わせていない。どうしたもんか。
「とりあえず《雷光》にもう少し紫電鋼について聞いてくる」
 そう言って包帯を外し、額を軽く摩ってから食堂を目指す。
 本人から話を聞けないなら、素材の方から可能な事を掘り出すしかあるまい。
 額の傷はとりあえず塞がったようだ。また何かぶつけない限りは大丈夫だろう。

 ── ── ── ── ──

 と言う訳で、早めの飯もついでの目的として食堂に顔を出し、偶然居た《雷光》に聞くも結局「もう何も知らん」と言われ、さっさと踵を返して自室──ではなく校舎へと向かう。
 理由は単純、《雷光》に話を聞きに行くというのはあくまで口実だからだ。
 本命は研究所の方。
 実は聖学に来た時点で紫電鋼の一部を切って預け、調べてもらっていたのだ。
 じゃあなんで《雷光》にも手伝ってもらっていたのかと言うと、《雷光》本人が紫電鋼と関わりがあるとは知らなかったので、それなら使い勝手の知ってる《雷光》に聞いたり手伝って貰えたりすればもっと早く情報を引き出せるのではないかと判断したからだ。
 まぁ、結果を言えば全くの無駄だった訳だが。
 そして昨晩、研究所から「満足の行く情報が得られたので来い」という内容のメッセージが届いたのだ。
 時間が無かったので、聞いたタイミングで向かっても良かったのだが、メッセージを飛ばしていた者が時間帯を指定してきたので今になる。
 で、研究所に向かい、レポートと茶菓子を貰い、ついでに幾つか対価としてデータを取られた後、夜更け前に自室へ戻る。
「で。結果を言うと、混ぜ物自体は出来るらしいが、技術と素材が無いから無理だ」
 アーネにレポートを渡し、要点を掻い摘んで話す。
「条件として、魔力の伝達速度等が紫電鋼と全く同じなら問題無いらしい。だが、それを今から作るのは今回はまぁ無理だ。加えて紫電鋼の重さや形状でも伝達速度とやらは変わるらしい。それに合わせたパーツを作る技量は俺には無い」
 AとBという、形も重さも違う紫電鋼のパーツがあるとする。
 それぞれが紫電鋼のみで繋がれた場合はなんの問題も無い。
 だが、それらを繋ぐ時に、普通の鋼等を使うと、魔力の伝達速度?とやらが違うので異物となり、弾かれるそうだ。
 これをクリアするには、AとBに上手く馴染むように素材の魔力伝達速度を合わせ、チューニングしてやる必要があるとか。
 何が言いたいかと言うと、義手の素材としてはこれ以上ないぐらい使いにくい。ハッキリ言って俺のいつものやり方とかじゃ無理。
 そしてその一方で、《白虎》にはこれ以上無いほど都合がいい素材でもあった。
「『雷状態から金属状態へ戻る際、微量な魔力を一定以上の感覚で流すと、一時的に形状を変えることが可能』……」
 アーネが欲しい所を読み上げてくれた。
 重量自体は変わらないが、形は変えられる。これを利用すれば、変身した時の体格の違いはクリア出来る。
 他にもいくつか気になる点があったが、最重要なのはこの二点だろう。
「結局、この金属でやるしかないんですわね」
「そういう事」
 形が変わり、雷に強い、ないしは雷を活かせる上、百キロを優に超えるであろう体重を衝撃とともに支える素材。
 ンなもんあるか。
 ふたつぐらいまでなら条件に適している素材があるが、恐らくそれでは以前の《白虎》にやや劣るか辛うじて同じぐらいの能力となる。
 だが今回、ルプセルから依頼されたのは前と同じ「以上」の性能となった《白虎》。正直無茶振りもいい所だが、モノは既に受け取ってしまった。ならば結果で返さなくては。
「アーネ、さっきのレポートの魔力の伝達速度とか何とか言うの、あれどうにか出来るか?」
「出来なくはないですけれども……それを職にするような人が居る技ですわよ」
 つまり精度は良くないと。それこそ槌人種ドワーフ達がやるような技なのだろう。
「なら今回は紫電鋼だけで作る。セラの時みたいなコネクターの人側だけは俺の手持ちの素材で作って、義手側は紫電鋼でやる」
「そんなこと出来るんですの?」
「やった事ない。でもやるしかない」
 そう言って俺は、早速図面を引き直した。

 ── ── ── ── ──

 そこから約一日かけて図面を作り、紫電鋼と手持ちの素材で義手と人を繋ぐコネクターの試作品を作り続けた。
 正直慣れてる素材でも難易度が高いのだが、それを慣れていない素材で互いに別の素材というのはかなり大変だった。
 とりあえず何とか納得出来る物が仕上がり、後は義手本体となるのだが、ここでひとつ問題が。
「貴方、あの日以降一度も《白虎》と会っていないでしょう?」
 会えないのでは無い。会っていない。つまりこちらからそもそも訪問していないし、あちらからも訪問しに来ない。
 理由は先に述べた通り。《白虎》に頭を冷やせとは口が裂けても言えないが、今彼と会ったとしても火に油なのはよくわかっている。
 なので制作が忙しいという理由を免罪符にずっと逃げていたのだが、遂に会わざるを得なくなってしまった。
 軽く伝え聞く範囲では、《白虎》自身はかなり猫を被るのが上手いらしく、俺が居なくても問題なく表向きの理由通りの動きをしているらしい。ちなみに戦闘訓練は腕の負傷で全部見学との事。嘘は何一つ言ってない。
 さてどうするか。流石にアーネに「アイツと仲悪いから代わりに行って来てくれ」とは言えない。絶対に言えない。
 なので俺が行くしかないのだが。
「謝ってもダメだろうし、黙ってるのも多分ダメだよな。どうすっかな……」
 一人色々と考えながら《白虎》の部屋へと向かう。
『菓子折でも持って謝りに行けよ』
「無ぇよそんなモン。つかそれもそれで逆にキレられそうだろ」
 小さくそう言い、鼻から抜けるような溜息を一つしてから部屋の戸を叩く。
 時刻は夕方六時前。恐らく夕食の少し前、ならきっと自室にいるだろう。
 そう思って来たのだが、どうも当たりだったしい。
「誰だい?」
 そう言って扉が開き、《白虎》と目が合う。
「腕の話だ。入っていいか?」
 特に笑って誤魔化しもせず、かと言って無理に深刻そうな顔はせずに。
 至って普通に、必要な事だけを伝える。
「……分かった。どうぞ」
 そう言われて中に入り、入口が閉まると同時に俺が口を開く。
「まず最初に──単純に責任逃れとかではなく、事実として。俺は誰がどうなったとか、どこがどうなったとかは知らん。だから西学の方の話とかに共感も出来ないし同意も出来ん」
 何か言おうと《白虎》が口を開きかけた瞬間、更に重ねて俺が喋る。
「だから純粋な事実として。俺達とお前達で行った魔族討伐。あそこで俺は判断を間違えた。本当に申し訳ない」
 そう言って頭を下げる。
「……その程度で済むとでも?」
「思っていない。ふざけている訳でも何でもなく、誠意として今頭を下げている」
「じゃあ誠意を見せれば、頭を下げれば許されるって思ってるんだな?」
「違う。俺はお前の気持ちを分かったつもりで終わらせたくないから頭を下げている」
 そう言って、一拍開けてから続ける。
「お前の怒りはお前のものだ。失望も、恨みも、絶望も。それがどれほどのものか、俺には全く分からない。だから俺の謝罪という行動に対し、お前が許す必要は無い。これは俺の気持ちの問題で、お前が決めるお前の気持ちの問題とは別だ。俺がお前の気持ちの大きさを決めるのではなく、お前がお前の気持ちの大きさを決めろ」
 と、言ってから小さく「あー」と言って頭をあげる。
「硬っ苦しい言い方はやっぱ合わねぇな。要は俺は勝手に謝ってるだけだ。お前に許してもらうつもりもねぇ。。俺の行動でお前の怒りの価値を決めさせるな。理由は知らんが、俺がお前の怒りの価値に見合ったなら、その時許してくれ。そういうことを言いたかった」
「なんだそれ。そんな言い方……君のそれは酷く狡いじゃないか」
「何とでも言え。俺は謝った。お前は許さなかった。ある種当然だろう。だがそれでいい。お前は八つ当たりで俺の腕を千切ってもいいし、慰謝料を要求してもいい。もちろん俺は嫌がるが」
 こんな事を言って、結局はこの部屋に来る前と状況は何一つ変わっていない。上手いこと誤魔化せたか。
 兎も角、少しでも話を聞いてくれるようにはなったようだ。
「さて、一度この話は終わりだ。改めて本題に入ろう。お前の義手についてだ」
 そう言って、俺は髪から図面を取り出した。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...