大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

貸しと後悔

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「どこって言われてもな」
 バラしていい話か?コレ。
 少しだけ思案する。
 支援として貰っただけなので、言ってもいい気がする。ルプセルからも口封じも特にされてない。しかし、獣人種ビーストマンはプライドが高い種だと聞く。依頼した所から取引として受ける義手とは別に、他所から一方的に施しを受けたと知ると、気にされるかもしれない。
 気にしすぎ?そうかもしれない。どうするか。
 少しだけ悩んだ後、目の前の《雷光》の方が今は怖いので、あっさりゲロる事にした。
「ユーリアの実家からだよ。ちょいと厄介な依頼があってな。その支援として貰った」
「《貴刃》の……なるほど、大貴族にかかればシラヌイの秘すら暴けるということか」
 何を言ってるかは知らないが、適当に肩を竦めて誤魔化す。
「で、いいか?コレについて色々知りたいんだが」
「本来ならここにあってはいけない物だぞ。使い方を教えるのも駄目だと思わないのか」
「もう既にちょっと言ってんじゃん。今更だろ」
「先程のは世間一般に知られているシラヌイの魔剣についての基礎知識だ。何ら問題は無い」
 シラヌイの魔剣?なんの事だろう。
 アレか?この前のテラーゴーストの時に放った雷の一撃だろうか。
「って言われてもな。俺は今からコイツを主体に装備を作る事になってんだよ。味を知らない食材で美味い飯は作れんだろ。手伝ってくれよ」
 そう言うと、《雷光》はバッサリと拒絶する。
「断る。私に協力する理由が無い」
「あら、あるでしょう?」
 横から口を挟んだのは、先程まで静観していたアーネ。
「長期休暇に入る前の魔獣の一件、貴女が不用意に手を出さなければ私達も貴女を助ける必要は無かったんですわよ?」
 そう言うと、《雷光》が露骨に嫌そうな顔をする。
「この人なんて、貴女の為にテラーゴーストに呑まれまでしましたけれども……その分の借り、今返してもらってもよろしいかしら?」
 ニッコリ笑顔でアーネがそう言う。
「しかし、これはシラヌイ家の……」
「別に今返さなくってもいいですわよ。ただ、貸したものを返してくれなくてとっても悲しいだけですし。悲しくて悲しくて、思わず誰かに愚痴ってしまいそうですわ……例えばそう、元二つ名持ちで親しみやすい現教師のあの人とかに」
 ……結構言ってる事エグイな。これを笑顔で言うあたり、俺でも少し怖いとか思ってしまう。
 あっという間に《雷光》の顔が曇り、悩み焦り困惑し、無数の百面相を経て渋々頷く。
「分かった。私の知っている限りで紫電鋼の特性を教える。ただ、私も鍛冶屋じゃないんだ。全部知ってる訳じゃないと言うのは念頭に置いておいてくれ」
「あぁわかった。それで充分──」
「助かりますわ、《雷光》。それでは、把握漏れが無いよう、いくらか実験にも付き合って貰いますわね」
 その場の空気が一気に冷えた。
 本気か?という《雷光》のアイコンタクトに、いや待て知らんと目で返しつつ、《雷光》がしてくれた最大限の譲歩に助け舟を出す。あまり無理を言いすぎて今後の関係が悪くなるのは避けたい。
「い、いやアーネ、流石にそこまでは──」
「あら、何言ってるんですの?これは大貴族も絡んでいる大事な仕事なんですわよ。ミスは許されませんわ。それに、これは《雷光》の為にも言ってるんですわよ?もし私達が貴女と関係のない、雷を扱える生徒と紫電鋼を試した場合、その生徒にも情報が漏れますわ。それでもいいんですの?」
「ぐっ、そ、それは……」
 《雷光》が言い淀む。
 アーネの目が据わっている。よくよく考えれば、これはアーネの家の依頼で、俺はそれを下請けしてるに過ぎない。そして依頼主は貴族で、そこに大貴族まで絡んで来ている。下手にしくじれば、飛ぶのはアーネの両親の首か。
 いや、にしても……
『なんか怖ぇな、アーネ』
 お前の孫だぞ。シャルの言葉にそう返したいが、流石にこの空気で口は開けない。
 この辺は商家で育ったが故なのだろうか。確実に貸しを取り返すという殺意にも似た覇気を感じる。
 結果としてだが、《雷光》はアーネに折れ、実験に協力もしてくれることとなった。
 あと、俺もアーネに怒られた。詰める時はしっかり詰めて回収しろ、との事だ。

 ── ── ── ── ──

 そこから数日、《雷光》とアーネの協力の元、紫電鋼をひたすら研究する日が始まった。
 既に授業は始まっていたが、そこは二つ名持ちとしてガン無視。《雷光》は最初授業に出ようとしていたが、普通にアーネに捕まってた。
 取り敢えず色々と分かってきた中で、一番重要な事を言うとしたら、紫電鋼は他の何とも混ざらないという事だろう。
 研究を始めた翌日頃、ニケが俺の家から素材を幾つも持って走ってきてくれたのだが、それを使って軽くナイフを作ってみた時の事だ。
 《雷光》が雷を流し込むと、ナイフが雷になった後、何か塵芥のような物が下に落ち、雷から戻ったナイフはやや小さくなっていた。
 その後複数の実験の後、「紫電鋼は雷になるが、他の混ざっている物は雷にならず、その際に分離する」という事。どういう理屈かは不明だが、どれだけ混ぜても、どういう組み合わせでも雷を流せば純粋な紫電鋼だけが残った。
 じゃあ《雷光》の持ってる刀はどうなんだと調べると、明らかに紫電鋼以外のものも混ざっている。柄や鍔に一部紫電鋼らしきものが混じってはいるが、ほとんどは紫電鋼では無い素材で出来ている。だが、これが何かは分からないし、どうやっているかも分からない。
 流石に短期間で紫電鋼ベースの合金を作るために、他のありとあらゆる素材を試したり、様々な手法を探るのは不可能と判断し、紫電のみで義手を作ることにした。
 あ、そうだ。話とは全く関係のない、完全な余談ではあるが、ニケはおつかいの報酬として、数日程聖学に滞在したいとのこと。
 おつかいですら都市の警備に穴を開けるヤバい無理なのに、大丈夫なのかと確認すると、なんと事前にまとまった休みを取ってきたらしい。
 しかもどうやら、俺の名前を上の人に出したら休みが通ったらしい。訳分からん。
 ニケは仮にも都市のエース級の警備兵だぞ。そんな余裕外縁部の都市にあんのかよ。
 それはさておき、そんな訳でしばらく聖学に居るとのこと。そのうち勝手に帰る、だそうだ。
 閑話休題。
 で、ニケが来た翌日、《白虎》のリオード・バルドバルがやって来た。
 迎え入れはそれなりに派手に。去年もやった一時的な生徒の交換。それの名目ではあるが、今年は聖学が魔族によって大きな被害を被ったとだけ西学に伝えているらしく、《白虎》はその復興の手伝いという体らしい。まぁ、知っている生徒は知っているのだろうが。
 とはいえ、復興自体は相当済んでおり、正直やることはない。人手は減ってしまっているので、補充するとしたらそこなのだが、そう簡単に優秀な人材はいないという事で、まだそちらの方は目処が立っていない。
「よう、長旅ご苦労さん。元気だったか?」
 学校の歓迎がとりあえず終わると、俺は真っ先に彼の所へ向かった。
 理由は二つ。彼の状況を少しでも早く知るためと、俺が彼の世話役兼案内役として宛てがわれているからだ。
「やぁ、元気ではあるよ。慣れないけれど」
 そう言う《白虎》の姿は五体満足。どういう事かと目を凝らすと、あっさりと俺の眼が幻を打ち消してしまう。
「へぇ、良い魔導具だな」
 まずは彼を部屋に案内する。荷物等は先に送り込まれているので、ほぼ無手の《白虎》を「こっちだ」と俺が先導する形で連れていく。
 腕があるように見えた理屈は至極単純。ある程度動く義手を仮で作らせ、そこに幻影の魔法を魔導具で常時掛け、本物の腕のように見せる。さほど違和感は無いので、知らなければ気づかないだろう。
 だが、義手の動き自体は粗末なものだ。動きはするが遅いし、可動域も狭い。どちらかと言うと、魔導具が見せる幻影の補助の役割の方が大きいのだろう。
「見破れるのか。いや、知ってるからかな?」
「両方だ。つか、隠さなくていいのか?」
 人気がないとは言えただの廊下。魔導具まで使って隠している癖にこの会話。あまりに無防備では無いだろうか。
「義手が出来たらどうせ公言するからね。今のこれも、親に言われて着けてるだけだし」
 なるほど、大変そうだ。そう思いながら彼の部屋へ案内する。
 そこは以前俺が謹慎となった時に使った部屋。あの時は酷く殺風景だったが、今は仮にも客人を迎え入れるために色々と工夫を凝らしたのだろう。多少はマシになっている。
「ここがお前の部屋だ。かなり広いが、ここで腕を作ることになる。悪いが結果的に手狭にな──」
 殺気。
 狙いは俺の首?後方から何かが迫るのが伸ばしている髪に触れて気づく。
「ッ!!」
 咄嗟にしゃがみ、振り返って見ると、仕掛けてきた者の姿が見える。
 部屋の入口は閉められている。そしてこの中には俺と《白虎》しかいない。なら答えはどうあってもひとつだけ。
「何しやがる《白虎》ッ!!」
 その言葉に答えは返さず、その巨体を利用したタックルが間髪入れずに叩き込まれる。
「ッッ!!」
 至近距離ゆえに回避は不可。しかしそれ故に衝撃は無く、ただそのまま壁際まで押し込まれる。
「ッ、お!!」
 あわや壁と《白虎》でサンドイッチされる所を髪で壁を押さえ、咄嗟に地面を蹴って《白虎》に蹴りを入れようとするが、それが当たるより先に《白虎》が行動を起こしていた。
「!?」
 義手の方での掴み。
 完全に盲点だったそれが俺の首を掴み、そのままベッドに叩きつけられる。
「っ、ぐ!?」
 ダメージは無い。衝撃で肺の空気が抜けたぐらい。だが、呼吸も出来ている。彼の義手に絞め落とすような力は無いし、それをする気もないらしい。だが同様に、逃がす気もないようだ。
「最後に会った時の事、覚えてるかい?」
「忘れるかよ。あんな事」
 最後に彼と会ったのは結界の外、シエル奪還作戦の時以来だ。
「あの時、どうやってでもあの化物を仕留め切れていたら、もうこの戦争は終わってたんだよ。なのに、君の自分勝手なエゴで結局失敗した。その責任はどう取るんだい?」
 あの時は完全に俺の判断ミスで《魔王》を復活させてしまった。
 都市を落とす手間をかけず、消耗を最小限に抑え、最初から《腐屍者》や《産獣師》と戦っていれば、《魔王》が産まれる前にケリをつけられたかもしれない。
「俺が奴を殺す」
「それは当然の話だろう。もしあの時にしっかり奴を倒せていたら、被害はもっと小さくて済んだだろう?」
 被害?何の……?
 そう言う前に、彼は叫んだ。
「あの時奴を殺せていれば!西学や西方の外縁都市の被害は!もっと小さかっただろう!!」
「待て!どういう事だ!?以前聖学が襲われて以来、結界はまだ一度も壊れていないだろう!?なら奴が入っている訳が無いだろ!」
 聖女の結界は魔力が大きければ大きい程強く効力を発揮する。《魔王》なんぞ以ての外だ。
「本人は入って来てないさ。来たのは魔族だよ。君らの時と同じだ。数も少ない。でも、完全に不意打ちだった」
 彼の顔に浮かぶ感情は──憎しみ、怒り、虚無。そして悲しみ。
「何故!?どうやって!?何時の話だ!?」
「あぁ、あぁそうだろうとも!知らないよね!!」
 至近距離で怒鳴るような声が放たれる。明らかに情緒不安定になっている。極度の興奮状態か。
「襲撃があったのはついこの前。年が明けるか明けないかの深い夜の中だ。闇に乗じて八体の魔族が現れ、西学が急襲された後、そのまま西方外縁のヴィクヘーベンが大きな被害を被った。死者四十二名、重傷者六十八名。この腕もその時の傷だよ」
 そう言って、突如彼が至近距離のまま頭突きを喰らわせた。
「がっ……!?」
 咄嗟に反応出来ず、そのまま額で受け、避けた額から血が流れる。
 《白虎》は無事な方の腕で俺の胸ぐらを掴み、そのまま起こして顔を付き合わせる。
「分かるかい?あの時、あの魔族を仕留めておけば、こんなに死傷者が出ることは無かった。どれだけ多くとも、十人前後の死でこの戦争を終わらせてたハズなんだ……よッ!!」
 再度の頭突き。
 今度は振りかぶった大きな一撃。それ故に見えるし止める余裕もある。
 だが、敢えて一発受ける。
 額が大きく割れ、血が吹く。頭蓋骨に強烈な振動が走り、噛み合っていた奥歯が折れんばかりの衝撃を受ける。
「しかもアイツら、なんて言っていたと思う?」
 同様に額から血を流す《白虎》が、開いた瞳孔で俺の顔を覗き込みながらそう言う。
「《魔王》様が言っていた通りだ、《魔王》様の指示通りにすれば、弱っていた結界を抜けれた、だってさ」
「──ッ!!」
 そこで思い出す。
 《白虎》が言う日の数日前。
 魔獣進行があるはずだった年の暮れ。
 その日は、聖女様の魂を切り離したあの日だ。
 ひょっとすると、あの瞬間、結界が壊れこそしなかったが……弱っていたとしても何らおかしくは無い。むしろ何も無かったのがおかしいのだ。
 それをどうやったかは不明だが、《魔王》が感知していて、魔族に伝えていたとしたら。
 そうこまで考えた所で、再度《白虎》が頭を振りかぶる。
「どうなんだよッ!!」
 流石にこれ以上は受けられない。
 髪を使い、ギチギチと鳴らしながらもその一撃を止める。
「お前の言いたい事は分かった。俺を恨むのも分かる。そんでもって概ねその通りだ。その怒りには正当性がある。この話をすり替えたりするのも違う。だが、俺が悪いと開き直るのも虫が収まらないだろ」
 俺の胸ぐら。掴んだままの腕を、俺の手が握り返す。
 基本非力な俺だが、剣を握るための握力だけはそれ相応。ギリギリと万力のように腕を握り返し、強引に剥がしにかかる。
 しかし。
「失ったモンは戻らねぇとか、好きなだけ俺を殴れとか、そういう話をしたい訳じゃないのも分かる。正論を説かれるのも、なんなら今俺に分かるって言われるのも嫌だろ」
 どれだけ離そうとしても絶対に離さない。そんな《白虎》の意思が反映されたような意地の張り合いのような時間がしばらく続く。
「だから俺は、今お前に答えを返せない。謝ることもしないし出来ない。俺が今お前に出来るのは、依頼された通り、お前の腕を作ってやることだけなんでな」
 そう言って、《白虎》の背後から五センチ程の大きさのマキナの塊をぶつける。
 狙いは顎。死角から放たれたそれは、弧を描いて横から当たり、話し合いは勿論、回避の余地もなく彼の意識を刈り取る。
 倒れた彼を髪でベッドに運び、寝かせて溜息を着く。
「やれやれ、恨まれてんなぁ、俺」
 溜息をつき、乱れた服を整えて部屋を一旦出る。
 もしあの時、最初から説明して協力してもらえてれば。
 あるいはいっそ、空中に浮かぶ都市を落とすのは諦めていれば。
 はたまた、もっと俺が腹を括って、ハナからシエルを殺す事にしていれば。
 ああしていれば、こうすれば良かった、そういう後悔は当然、ある。
 起きてしまったことは仕方の無いことだ、そう割り切ることも大事だが、俺の判断ミスから百人近い死傷者が出たという事実は否定できない。
 この話は勝手に割り切ってはいけない物だし、《白虎》は俺に反省を促したい訳でもないのだろう。
 あぁ、強いて言うなら八つ当たりだ。
 正当性のある、というのが非常に面倒だが。
「厄介だな、全く」
 今回のは骨が折れそうだ。
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