大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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2,002 / 2,022
外伝

外出の向かい先

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アベルにホービットの片付けをさせる間に、彼女は部屋の隅に掛けてあった黒コートを手に取る。
先代黒鎧隊長から受け継いだ黒コート──いや、黒鎧部隊の隊長が代々受け継いできたそれに、彼女が初めて袖を通す。
「………少しだけ………ほんと少しだけ、大きいな」
前の隊長はかなり大柄な人物であり、その彼が着ても余裕があったコートだ。少女が着ると、少しどころかかなり大きい。仮に彼女の事も黒鎧の事も知らない第三者が見れば、「親のお下がりを与えられた少女」と表現したかもしれない。
部屋の奥には大きなクローゼットがあり、彼女の背丈に合ったコートがあったが、しかし、彼女はそのコートを脱がず、ため息を一つついて右袖を肘のあたりで結んだ。
黒鎧の隊長が受け継いだこのコートは、言わば黒鎧部隊の鎧そのもの。性能は通常隊員の黒鎧よりも高く、それでいて軽い。通気性も良く、布状の黒鎧と言っても過言ではないだろう。
「………あの………隊長、ホービットさんを廊下に寝かせてきました………」
「よし、行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「兵装開発部だよ。もっと言えば、兵装開発部長。一年前の貸しを返してもらう」
そう言って部屋を出る彼女。アベルは少し遅れて彼女に追従する。
「一年前の貸しと言うと………鹵獲した機人の兵器の件ですか?」
小声で耳元に囁く彼の言葉に、彼女は短く肯定を返す。
「しかし誰もいないな。俺達だけなのか?」
半ば冗談で言った彼女の言葉を、あっさりと彼が認める。
「はい。と言っても、本当に全員が全員出払っている訳ではありませんけどね」
「………特別な用事が無い限り、ここには部隊長俺達クラス以上しか入れないはずなんだがな」
セレント王国の軍は少し特殊な体系をしている。
国王の下に、まず騎士団と国王軍の二種類があり、国王軍の中のトップである、通称元帥が三名、その下に七つの部隊の部隊長、その部隊長の補佐として一名から二名の副隊長がいる。さらに、ほとんどの部隊はその中で部隊を割って数名のチームを作り、班長を作る所が多く、そのさらに下に一般兵、極わずかにレアケースとして見習いがいる事もある。
ちなみに、先程話に少し出てきた兵装開発部だが、これは軍にも騎士団にも所属していないが、どちらとも密接な関わりがある、特殊な部門だ。
つまり、軍の中では上から数えた方が早い部隊長クラスが、常にほぼ全員出払っているのだとアベルは言っているのだ。一年前も隊長格がいないことは良くあったが、ここまで人がいないと言うのは彼女が知る限り初めての事だった。
「仕方ありません。人手も質も不足していて、どうしようもないのですから」
「………そうか」
一般兵が普通に居住する区域まで来ると、流石にちらほらと人が増え始めたが、彼女達に目もくれず、誰も彼も厳しい顔で走り回っていた。
「ところで隊長」
「なんだ」
「兵装開発部にアポは取ってあるのですか?」
「ある訳ないだろ」
何故か堂々と言い切った彼女に、アベルが「やっぱり」と言わんばかりの顔になる。
「お忙しい方ですから、突然行ってもそう簡単に会えないと思いますが。それに、ファーウーの森には行きませんし行かせませんよ」
「行かねぇよ」
「?」
先程までとは打って変わった態度の彼女に何か言う前に、彼女が「ついたぞ」とアベルに声をかける。
目の前には重く頑丈そうな鋼鉄の扉。
「ほら、早くノックして開け」
「………僕がですか?」
「俺は片腕の療養人だが?」
なら大人しくしていて欲しいと心の中で小さく呟き、アベルは硬く冷たい扉を叩いた。
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