大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

同居人と雑魚

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何だこれ。慌てて駆け寄り、ヤツキに触れようとして気づく。
鼻を突く強烈な腐臭。これは魔獣の物か。
「アーネ、悪いが台所の下の棚から包帯を──ってあぁ、要らねぇか」
「そうですわよ。私が治癒魔法で……」
「あぁいや、じゃなくて」
と言いつつ、場所を譲る。見せた方が早い。
「え?傷が塞がって──」
「いや、じゃなくてこれ多分返り血」
魔獣を倒して、面倒臭くなってそのまま寝たのだろう。良くは無いが、気持ちは分からんでもない。だが、魔獣の死体は腐りやすい。当然それはその血もだ。
全く。気が抜けた。溜息をつくと、今までの疲労がどっと押し寄せる。
「ほら、客間行け。ここにいると寝起きのヤツキに間違って殺されかねんぞ」
俺はソファで寝ると伝え、アーネを送る。
「ヤツキの部屋を借りたらダメなんですのー?」
「借りてもいいだろうが、事情を知らないヤツキが起きてきたら、真っ先に殺されるぞ」
家の造りの関係で、俺の部屋から客間は居間を通る必要があるが、俺の部屋からヤツキの部屋はそのまま直で行ける。
起きたヤツキは気配に気づき、事情を知らずに寝込みを襲おうとするだろう。そうなると、一番危険なのはヤツキの部屋で寝ることだ。
だから俺が居間のソファで寝て、ヤツキが降りてきたら話をするのが確実なのだ。
そんな訳でアーネを客間に通し、一緒に寝ようと言うのを無視して居間で寝る。流石にちょっと疲れた。

── ── ── ── ──

殺気。
即座にソファから飛び起き、既に間合いにいたそいつに髪を絡めて動きを止める。
「よう、ヤツキ。寝覚めはどうだ」
「なんだ、本物か」
それだけ言って、ヤツキ身体から力が抜ける。
拘束の必要はないと判断し、髪を解くと、ヤツキがフイと客間の方に向く。
「アーネだよ。去年助けてくれた赤い髪の」
「あぁ。何用だ?」
「いやほら、モンスターパレードだろ。そろそろ」
と言うと、ヤツキが「あぁ」と言う。
「まぁ。今年は特にさ、《魔王》が復活したから気をつけないと」
「何……?」
「あぁ。悪い。しくじった」
そう言うと、ヤツキに頭を思い切り殴られた。
そして胸ぐらを捕まれ、ぐいと引き寄せられる。
黙ってされるがままになっていると、ヤツキは黙って手を離した。
「クソ、いつだ。いや、待て。本当に復活したのか?ならとっくの昔に結界なんぞ破られて火の海だろ」
「あー、その辺の話なんだが……」
バリバリと頭を掻きながら言葉を濁す。正直俺も全部を理解している訳では無い。だが、断片的にでも話しておかなくてばならないだろう。
俺は出来る限りのことを話した。
シエルが攫われた時のこと。それを取り返しに行こうとして失敗した作戦。最後に、《魔王》と相対して、何も出来ず、《魔王》が俺に目もくれず去ってしまったこと。
「ん、待て。《魔王》はお前を殺せる状況だったのに、殺さなかったのか」
「あぁ。なんでも《腐屍者》の方を追いかけるみたいな話をしてた」
「なんで?」
「知るかよ」
「というか、誰と《魔王》が話してたんだよ」
「さっき言ってた白いローブの魔族だよ」
それ以外全くわからん。
肩を竦めた所で、シャルが「待て待て待て」とブツブツ呟き始める。
正直何を言ってるかさっぱりだし、声も小さくて聞き取れない。
「その状況なら、血が無い瀕死の《勇者》ぐらい片手間で殺せたろうに……」
「悪かったな。《魔王》に辿りつく前に血をなくして瀕死になっちまって」
三大魔候との連戦やら何やらがあったが、それを言ったところで変わらないし。
「俺を殺すのに五分で終わるとか何とか言っといて、それすら惜しんでたみたいだったぜ」
「五分……?その状況ならかかり過ぎだろ」
「復活直後で不安定だったとかじゃねぇの?あぁそういや、魔法とか魔術が幾つか使えねぇとか言ってたな」
あー、思い出してきた。
「確か、ジェルジネンが何か持ってんじゃねぇかって話だっけな」
「だろうよ。十中八九、《魔王》の復活が中途半端な状態だ。しかも鍵は恐らく《腐屍者》が持ってる。だからお前を殺す手間より《腐屍者》を探す方を優先したんだろ」
と言って、もう一度俺の頭を叩いて対面のソファに座る。
「で、なんでお前はここにいる」
「いやだから、モンスターパレードの助けをだな」
「阿呆か。不完全な復活なら、今のうちに殺しに行け」
「それが出来りゃァな」
という訳で、ここ最近の事情と断黒崖の話をする。
「って事でなんか知らね?」
「知らん。とっくの昔に滅んでたってのも初めて聞いたしな」
即答かよ。まぁ、シャルもロクに知らなかったらしいし、想定の範囲内なんだが。
「ま、なんにせよ断黒崖を降りたいが、現状を知る──出来なくとも多少の情報が欲しいって訳だ。それに、ジェルジネンが隠れてる場所が割れたのも最近だったし、こっちもこっちで準備が要ったしな。そうこうしてるうちに、この時期が来たって訳だ」
「だからってお前がまた来なくても──」
「痩せ我慢も大概にしとけよ。ヤツキ。去年ですら四人でギリギリだったんだ。一人で守り切れる訳ないだろ」
「お前が一緒に戦う前は一人でやってたさ」
「年々強くなってったろ。ここが突破されれば、東から王都が荒らされかねん」
モンスターパレードは何が起こるかわからない。去年に至っては三大魔候が二人も来ていた。もう三人も居ないし、隠れている以上、ジェルジネンも来ないとは思うが。
「あ、そうだ。ほらこれ」
と言ってベルに作って貰った剣を四本全て渡す。
「替えの剣。血脂でベトベトになんだろ」
金剣銀剣なら不思議な力で斬れ味が鈍ることも無いのだが、普通の剣はそうもいかない。
「おまっ……これ……!?」
「知り合いの槌人種ドワーフに打ってもらったヤツだ。料金はツケといてもらった」
能力は……確か全部魔力を込めて云々だったはず。
そんで俺もヤツキも《勇者》、あるいは元《勇者》。魔力を込めるという感覚がどうも分からない。
まぁ、どんな奴が使うって言ってなかったし、言わなかったし、仕方ない所はあるのだが……勿体ないことしたな。
とは言え斬れ味が鈍りにくいというのは槌人種ドワーフの武器共通の性質らしく、別に魔力を込めずとも大丈夫なようだ。
「ならこれ終わったら売れよ。宝の持ち腐れだ」
ヤツキもそれを即座に見抜いたらしい。
「いや。残念ながらこれ売ったら製作者に殺されんのよ。槌人種ドワーフ武器なんざ売ったらすぐに足が着くし、そもそも持ってく時にそれしたら殺すって言われててな。金はパレードの魔獣から剥ぎ取った素材で払うつもりだ」
「足りんのか?」
「足りなかったら俺が素材にされちまうな」
そう言うと、ヤツキは面白くもなさそうに鼻で笑った。
「ま、事情は分かった。お前達がパレードが終わるまで出て行かないこともな」
「パレードまでもうあと二日ぐらいだろ。布陣どうする」
「それを決めるのも必要だが……先に片付けだ」
「ん」
離れたところで何かがズシンと音を立て、次いでカラカラカタカタと音がした。
『懐かしいな。警報じゃん』
「マジか!このタイミングかよ」
「先行ってこい。あとから行く」
「分かった!」
そう言って篭手とマキナを装備し、金剣を担いで家を飛び出す。
一眠りしたので既に日はしっかりと空に登り、影を作る森の木々の隙間から明かりを注ぐ。
緋眼を使うまでもなく、視界は良好。
「場所は!?」
「ここより北東の──訂正します。接敵しました」
「!?」
何かが飛来してきて、咄嗟に金剣で身を守る。
直後、何かが衝突して大きく後ろにすっ飛ばされる。
銃弾甲虫バレットビートルだ!!』
サイズは約五十センチのカブトムシ。特徴は、頭の丸いメスを中心に、貫くことに特化した流線型のツノを持つオスが複数の群れを生し、超速の弾丸として突っ込んでくる事。
そんでもってこの手の細かい群体系の魔獣は俺の苦手な部類──だった。
「丁度いい練習相手だ!」
大きな剣で小さな虫を斬る。ましてや全身が硬い甲で覆われている相手。それが回転までしているのだからまぁ斬りにくいことこの上ない。
だが、今の俺は違う。
「マキナ、ナイフ!」
「承知しました」
金剣を仕舞い、マキナを一部切って刃渡り五センチほどの刃物を二つ用意する。
金剣銀剣と比べて、斬れ味は良くない。だが、今の俺には充分過ぎる。
「《始眼》──!!」
発動と同時に視界いっぱいに広がる無数の線。
辺りに生える木々の根から枝、葉の一枚一枚。地に転がる石ころひとつにも無数の線。
その中でも尋常ではない速度で動き回る線がある。
普通なら数え零すだろう。見逃すだろう。追い切れないだろう。だが、『視える』という時点で『見のがす』という事も数え零す事も、追い切れない事は無い。
既に『視えている』のだから。
あとはそれに沿って刃を滑り込ませるだけ。
「ふッ!!」
数匹バレットビートルが飛び込んで来て、それと同時に両の刃を振る。
手応えらしい手応えは無いが、それ自体が斬った証であることを知っている。 
バラされ、中途半端な破片となったバレットビートルは一気に勢いを失い、明後日の方向へ吹っ飛ぶか、マキナに当たってコツンと落ちる。
「一匹たりとも逃さんぞ」
その言葉の意味を理解しているのかどうかは分からないが、魔獣が一斉に俺へ目掛けて突っ込んできた。

── ── ── ── ──

「おー……もう終わってたか。流石。大丈夫か?」
「おせぇよ。何してた」
「いや何、ちょっとな」
言葉を濁すヤツキが少し気になったが、「ふーん」と適当に流す。
「で、何してんだ?」
「さっき言ったろ。金が要るんだよ」
と言いつつ、せこせこと地面に落ちているバレットビートルの死骸を拾う俺。
「こいつらの体は金属で出来てる。しかも魔力を通しにくいって性質もある。売ればそれなりに金になるしな」
「みみっちぃねぇ。保存液とか要るか?用意しとくぞ」
「いやいい。バレットビートルは火で炙っておくと腐らなくなるから」
と言って、俺のアーネを思い出す。
「そういや、アーネはまだ寝てるのか?」
「俺が出る時に中で動く気配がした。戻ったら起きてるんじゃないか?」
「ほー、だったら丁度いいや」
これ炙ってもらおう。
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