大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

魔獣進行と夜明け

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「こんな感じでいいんですの?」
寒空の下、アーネがバレットビートルの死骸をつまみ上げ、俺に見せてくる。
先程とは違い、銀色だった体色が、青みがかった銅とでも言うような色になっていた。
大体出来てるな。そう思いつつ、端の方を見ると、まだ銀が少し残っている。
「んー、もうちょい。羽の端がちょい銀色だろ。ここから腐る」
「面倒ですわね……」
「まぁ、お前からしたらな……」
進行してきた魔獣を狩り、家に帰ると、既に起きて着替えも済ませたアーネが居た。俺が起こさないと昼過ぎまで寝ているような奴だが、珍しく自力で起きれたらしい。
朝イチで悪いが、かくかくしかじかで頼めるかと聞くと、ちょっと眉を寄せたあと、すぐに「いいですわよ」と言ってくれた。
「脆すぎるのが悪いんですわ」
「いやまぁ。お前からしたらそうかもな」
バレットビートルの体は金属で出来ている。だが、バレットビートル自体は普通に生きて生殖して死ぬ生物だ。
金属の身体ではあるものの、その死骸は思ったよりも柔い。戦闘中は余裕で剣や鎧を貫くし弾くと聞くので、恐らく魔力を通して硬くなるのだろう。それが死んで火を通すと何故魔力を通しにくい素材になるのかは全く不明だが。
何が言いたいのかと言うと、アーネに頼むと、《圧縮》を使った火力で一気に済ませようとして、バレットビートルの死骸が一瞬で灰になってしまったのだ。本来どんな強火でやっても多少焦げるぐらいなのだが、見事に消し飛んだ。
幸い死骸はまだ残っていたが、今ので半分ぐらいは灰になってしまった。結構いい値段するんだけどなぁアイツら。
とまぁ、そんな一幕があったので、丁寧に炙っている所なのだ。
「んでどうする。トラップの準備は?」
アーネの後ろにいたヤツキにそう聞くと、「それなりに」と返ってくる。
「大型メインのを森一体に広げてる。足止め程度だけどな。中小型のは流石に無理だ」
「いつも通り上々って感じだな。人形って残ってたり直せてたりする?」
去年はナナキが遺した人形が何体かいた。それも前のモンスターパレードのタイミングで一体残っているかどうかという状態だったが、もしかして……?と淡い期待をしつつ聞く、
「残ってる訳ねぇだろ。それにアレのメンテをマトモに出来るのはお前だけだよ。ナナキのはホンのちょっと弄る程度だ」
言われれば、確かに俺が大体メンテしてた気がする。
まぁ、人形はダメ元だったし、仕方ないか。
「ちなみに二人とも、便利な切り札とか秘策とかある?」
「無ぇよ」「ありませんわよ」
「だよな。俺もない」
結局、またあの物量を正面からやるしかないのか。毎年恒例とは言え、命を賭けて守らなければ、ヒトが滅びかねないというのは普通にキツい。英雄の一人か二人ぐらいは寄越してくれよと思うものの、そうなった事は一度もない。
まぁ、結界の東側のここだけ弱いというのは聖女サマも知っていて、その上で誰も来ないという事は、もしかしたら同じタイミングで他の所も襲われてたりするのかもしれない。
それと、この時期は王都の方で聖女サマの祭りもある。少なくとも《英雄》の一人か二人は聖女サマから離れられないだろう。
「んじゃもうやる事もほぼねぇな。えっと……今日は……」
「十二月十七日の十時十分です」
「……だそうだ。俺は今からパレードに向けて三人分の飯を用意しとく。魔獣が来たら呼んでくれ。そっち行くわ」
「わかった。頼む。私は見回りついでに罠の確認をしてくるとしよう。家は勝手に使ってくれ」
「では私は、これが終わったら下の倉庫で使えそうなものを探してきますわ。触らない方がいい物とかありますの?」
じっくりバレットビートルの死骸を炙りながら、アーネが聞く。
「あー……大丈夫だ。ただ、鍵のついた棚に触らない事と、更に下へ行く階段は降りるな」
「おいお前……!」
少し焦るようにヤツキが声を出す。更に下に行く階段というのは、ヤツキ以降のホムンクルスが眠っている隠し部屋へ通じる階段だ。ナナキの記憶から拾った。
「今さら隠しといてもな。それに、下手に見つけられてから降りられる方が面倒だろ」
とヤツキに返す。
「そんなもの……ありましたっけ?」
「棚も階段も、そもそも見つからないように隠してある。何かの拍子に見つけても触るな行くな、だ」
「分かりましたわ」
ちなみに、棚の中身はほんの少し取り扱いを間違えただけで大事故を起こしかねないものばかり。具体的に言えば、ナナキの義手に仕込んでいた特製火薬の原料や、解毒不可能な猛毒の入った瓶、殺す事が非常に難しく、空気と水と光を完全に遮断した小箱の中で封印されている魔獣の心臓等だ。
まぁぶっちゃけ、どれも魔獣の素材で、何かしらに使えるかもと思って残しておいた劇物が大半だ。知らずに触ると普通に死ぬし、場合によっては家が吹き飛ぶことも有り得る。
それを罠に使わないのかって?使えはするだろうが、リスクがデカすぎる。
さっきの毒を利用した罠を作ったとして、それがゴーレムのような魔獣の身体に付いた状態で攻め込まれたら、それだけでアーネぐらいしか対応出来なくなる。それぐらいならまだいいが、スライムに毒を取り込まれでもしたら、本当に手がつけられなくなる。
そういう万が一の事故を無くすために、ヤツキは足止めの罠を作ったのだ。
ヒトや魔族と違い、魔獣は一口に魔獣と言っても千差万別が過ぎる。殺そうとしても直に見て殺さないと、何が起きるか分からない。
だから足止め用なのだ。何かがあっても大した事故にならないように。
「俺も後でアーネの方に行くわ。それとヤツキ、一応マキナ渡しとく。なんかあったら呼んでくれ」
「わかった」
という感じでいざ準備。
裏の畑を掘り、芋を蒸かし、保存用に少し手を加える。あとは都市の方から持ってきた保存食もあるので、今回は多少飢えにくいだろう。
アーネの方へと行き、色々と漁ってみる。やはり地下倉庫は片付いていなかったが、多少の収穫はあった。
ヤツキも無事戻って来て、罠の調子も問題ないとの事。
その後、時間まで少し時間があったので、ヤツキに頼まれた小道具をチョイチョイと作って渡しておく。
万端とは言えないかもしれないが、出来る限りの事はした。
さて、魔獣進行は日付が変わったタイミングで始まる。布陣を決め、迎え撃つか。

── ── ── ── ──

夜遅く。時間にすると十一時半頃だったか。
そろそろ行くかと言って、三人で家を出る。
前回、初めて結界の穴の近くで戦闘して分かったが、あそこ以外から魔獣はほとんど出ないらしく、それ以外からも来ない訳では無いが、大型のものや魔力の大きいもの、所謂大物に当たるような魔獣はここからしか出ないようだった。
前回は二人で穴から出た魔獣を狩る俺と、仕留めきれずに逃がした魔獣を狩るヤツキという今まで通りの方法を取り、見事失敗した。
それが出来ていたのは、ナナキのスキルと念入りな前準備で、大量の人形が居たからだ。
もし去年、アーネとシエルが来なかったら、どうなっていたことか。
と、いう反省をしっかり踏まえ、結界の弱まっているところを中心に足止め用のトラップを複数配置。
そして戦力は分散させず、三人全員がしっかり穴の前で陣取る。
一番キツイのは日が沈んでから登るまでの時間。今日だけは十二時から始まるが、明日からは陽の光が沈んだ途端に始まるようになる。
ヤツキを前衛、アーネを後衛に。マキナでサポートも出来る俺はヤツキが狩り損ねた奴を倒しつつヤツキのサポートに。それ以上細かくすると、即席の連携に日々を入れかねないのでそのぐらいのざっくりした割り振りだが、何とかなるだろう。
「もう一度言う」
既に黒の長剣を抜き、俺の渡した四本の剣を近くの地面に刺して待機するヤツキが言う。
「罠は基本的に行動を阻害する物だ。罠の中心を踏んだら、糸が絡みつき地面へ這い蹲らせる。すると返しのついた刃が魔獣の身体を刺して固定。理想はこうなる」
と言って、溜息を着く。
「ま、二割でも成功すれば良い方だろうがな」
ヤツキの言う通り、大半はそうならないだろう。
先も挙げたゴーレムは刃が通らないだろうし、スライムにはそもそも糸が掛からない。他にも、目と頭がいい魔獣は罠を避けるし、踏んでも糸を避けるような魔獣もザラにいる。
だがそれでも、一割でもマトモにかかればそれで十分。
動きが止まれば、止まらずとも鈍れば、鈍らずとも、避けようとしさえすれば。
その隙で、リスクを減らせるのだから。
「間違っても自分が踏む様なヘマはするなよ。特にレィア。位置は把握したんだろうな」
「大丈夫だ。目ェ瞑ってても踏まねぇよ」
「言ったな。引っかかっても助けんぞ。アーネは私より前に出るな。それだけで罠は踏まないから」
「分かりましたわ」
と言うように確認をしていく。
さて。
いつもとは違い、弱々しく輝く結界を見上げつつ、マキナに確認する。
「時間」
「十二月十八日、時刻は零時四分です」
「来るか……」
金剣銀剣を出し、銀剣を双刃に。クルクルクルクルと回して遠心力を得始める。
「得物、変わったな」
「まぁあの後色々あってな。再契約したらこうなった」
さぁ、来るなら来い。魔獣共。

── ── ── ── ──

「……マキナ。もう一回確認する。今何時だ?」
「十二月十八日、時刻は七時です」
既に登っていた太陽を木々の隙間から見上げ、「そうだよなぁ……」と呟く。
「来ねぇな、魔獣」
剣を担ぎ直し、辺りを見渡す。
血も死臭も無い。木々に傷も無ければ、地面に抉れている所も無い。
それもそのはず。一晩開けて、何故か魔獣が一体も来なかったのだ。
「日付一日間違えたとか無いよな?」
ヤツキがそう言い、俺が首を横に振る。
「こいつの時間は正確だよ。魔力も切らして無いし、ズレる理由がない」
そう言って、マキナを二つ千切って二人に渡し、その場から離れる。
「ちょい森一周してくる。変な様子があったらすぐ呼ぶ」
「分かった。行ってこい」
オッケー、と手を振り離れ、森の中を走り回る。
「索敵。全力でだ」
「魔力消費が大きいですが……」
「構わん。やれ。俺は南東の方からぐるっと反時計回りに回る。何かあったらすぐ連絡」
「承知しました」
と言った直後、マキナが剥がれ、小さな粒になって散る。
小さな森をグルっと周り、マキナの報告も受けて二人のところに戻る頃には、一時間ほど掛かっていた。
「遅い」
「悪い」
素直に謝り、すぐ内容に移る。
「んで、出来る限り細かく調べて来たんだが、魔獣が侵入した形跡は無かった」
「本当か?見落としは無い?」
「無いようにじっくり周ったんだよ。それでもなかった。そもそもなんか突破して来たらわかるだろ」
腹の底に響くようなズンとした音や反応する警報も無かった。
つまり。
「魔獣が全然来てない」
「どういう事だ……?」
それから警戒して二日間過ごす。魔獣が結界を超えてやって来ることは何度もあったが、例年の魔獣の濁流とも言えるような量ではない。言ってしまえば、いつもの紅の森の風景と言っても差し支えない状態。
「パレードが無くなった?」
ヤツキにそう聞いてみると、「わからん」と返ってくる。
「だとしたら、前も言っただろうが魔獣を呼び出す機械と生み出す機械が壊れたって事になる。あるいは──」
そこでヤツキがピタリと止まる。
「どうした?」
「……あるいは、誰かが使ってるか」
「誰かって誰だよ」
「魔族。ないしは《魔王》」
「いや、流石にそれは──」
と否定しかけて、否定する材料がないことに気づく。
肯定する材料が無いのも同様だが、現状を見るにパレードが始まってないのは確実。一方で魔獣が生まれてるのも変わってない。
パレードの元は機人の特攻だったと聞く。それが失敗し、機械は放置され、命令だけ残って、毎年魔獣が攻めてきているのだと。
なら、機械は生きていて、でも機械の命令は変わった事になる。
誰が弄ったか。ヒトではないなら魔族。
「でもどうやって」
「さぁな。魔族は結界の外に住んでて、機人の元の領土も外だ。で、確かあのシエルとかいうガキ、機人の血も持ってるんだろ?機人が例の機械に何かしらのロックをかけてたとしても、機人に反応してロック解除、とかなら今の《魔王》なら──」
「簡単に、か」
魔族とヒトが相手なら、一番確実なロックは種族を対象にした鍵か。なら不味いことに、シエルの身体には魔族とヒトと機人の血が流れている。それを器にした《魔王》もそういう扱いなのだろう。
「戻りましたわ」
休憩から戻ってきたアーネが俺達の顔を見て「どうしたんですの?」と聞く。余程深刻な顔をしていたらしい。
「アーネ、多分パレードはもう無い。あったとしても、もうタイミングが読めない。帰って聖女サマに報告。王都に戻るぞ」
嫌な予感しかしない。
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