大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

黒法師と棒 終

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左の胸、そこに穿たれた直径三センチ前後の穴。
それを覗き込めば恐らく向こう側が見えるだろう。もっとも、自分のびっくりトンネルを覗き込もうとは思わないし、今その穴は《黒法師》の得物である棒に塞がれている。
そのお陰だろう、今でも結構出血はしているが、致命的な程ではない。もっとも、引き抜かれればたちまち血が溢れるだろうし、このままでも重傷のは明白。
だが。
「くっそ、痛ぇな、おい」
「!?」
「よぉ《黒法師》。本気で殺す気じゃねぇか。俺じゃなきゃ死んでたぞ」
ぐっ、と俺の左胸を穿った棒を両手で握り返す。
折れた右手の中の骨をパズルのようにピタリと戻し、それを中に入れた髪で補強。痛覚も切断済だ。
「……っ、………っ!」
「おいおい、あんまり揺さぶるな。傷口が広げられて痛いだろうが」
じゅぐっ、ぐぢっ、とおぞましい音と共に傷口が広げられ、それに伴って血が漏れ始める。
それでも俺は棒を離さない。
髪で強化された腕力、僅かに仕込まれた《千変》の補助、それらによって強引に抑え込んでいるが、そう長くはもたないだろう。
「……!!」
「そんな顔で睨むな。俺が死んでないのが不思議か?何度も言うが、俺は魔族との混血とかじゃあないぞ。厳密な意味じゃヒトでも無いが」
さらに険しくなった顔を見て、しくじったと思ったが、どうしようもない。
「タネ明かしをすると簡単だ。
「──!?」
血管の関係やほかの内臓の位置もあるため、そこまで大きく移動はできないが、三センチ前後の穴を避けるために心臓を動かす程度なら出来る。もちろん重傷だが、すぐに死にはしない。
ならまだ足掻ける。
「おいおい、抜こうとするんじゃねぇよ。抜けたら血が溢れるだろうが」
「燃え狂う風っ!」
《黒法師》がそう言うと同時に、俺の後ろから風が吹いた。
そしてその風が俺を通り過ぎ、
「っ!?────炎と風は消える!!」
そう叫んだ途端に《黒法師》を焼く炎は消え、僅かに焼けた《黒法師》が肩で息をしながら現れる。
「…ふぅん、お前のスキルは自分の魔力を媒体に、喋った事を全て具現化するスキルかな?だから今のは俺に効かなかった…か──あぁ、別に答えなくていいさ。喋ってないと気を失いそうなだけだ。今気を失うのは少し不味いんでな」
「……?」
しまった、また喋りすぎた。
けどまぁ……もういいか。
準備は整ったようだし。
「なぁ《黒法師》、一が二になって二が四になって、四が十六になって──こういうふうに繰り返して増えていったら、流石のお前も防げないだろ?」
「?」
ダメだ、自分でも何を言っているかよく分からない。血が足りない。
「もういいだろう?マキナ、殺さない程度に行動不能にしてやれ」
『『『『『『了解しました・マスター』』』』』』
「!?」
辺り一帯、全てからマキナの声が聞こえた。
次の瞬間、《黒法師》の身体から霧のような血が吹き上がる。
「────。」
目を見開き、何が起こったか分からない、そう言った表情のまま、膝から崩れ落ちる《黒法師》に、聞こえているかどうかも分からないが一言だけ言っておく。
「元々は鎧だが、マキナにゃこんな使い方もある……今回は間に合わなかっただけだがな。いい判断だ、マキナ」
『ありがとうございます・マスター』
いつの間にか人の形を取ったマキナがそう言った途端、俺は意識が離れていくのを感じた──が、それを掴み直す。
今気を失っちゃ不味い。
『既に呼んであります・もう暫くで着くかと』
「そうか」
それまで二メートルの棒を胸に刺したまんまか。アーネが失神しそうな絵面だな。
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