大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

治癒と進行

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「よかったですわ!起きましたわ!!」
目が覚めれば、最初に俺が目にしたのは赤い髪に赤い眼、泥や疲労にまみれてもなお整った顔立ちのアーネの半泣き顔だった。
「痛っつつ…」
きりきりとあちこちが痛む身体をさすり、顔をしかめつつ身体を起こす。どうやら地面に寝かされていたらしい。
起きて周りを見ればすでに日が昇っている。あのままずっと眠っていたのか。
「ようやく起きたか。よく眠っていたな?いい夢は見れたか?」
「…夢は見たがよくは…無かったな。特別悪夢という訳でも無かったが。まぁ、半々と言った所だ」
「そんな事はどうでもいいですわ!貴方、身体で痛む所はどこですの!?」
「全身。きりきりと痛みやがる」
思った通りのことを口にすると、アーネが俺に手をかざし、治癒魔法を使おうとするが──
「やめろアーネ。お前は少し寝てろ」
「きゅうっ!?」
ヤツキのいっそ鮮やかとすら言える程の手刀に首を打たれ、見事昏倒する。
「おいヤツキ!お前何を──」
「この女の顔を見てまだそんなことを言うのか?」
ヤツキがぐい、とアーネの身体を持ち上げ、下向きになりかけたアーネの顔を俺に見せる。
「っ」
その顔は意識を失った途端、今さっきまでの顔とは全く違う物を見せていた。
土気色の肌、ひび割れた唇、泥だと思っていたのは茶色く汚れたカサブタ。
俺以上に満身創痍じゃねぇか。
「回復魔法と違って治癒魔法は術者の治癒能力をも消費する。この意味が分かるな?」
すっ──と自分の身体より大きいアーネを軽々とお姫様抱っこして、木の根元に寝かせる。
「…その、なんだ。すまない」
治癒魔法は術者の治癒能力を消費する。
つまり、あの状態でアーネが俺に治癒魔法を使用していれば、アーネが昏睡していてもおかしくなかったのだろう。
「構わん。お前はこの場にいる誰よりも命の価値が高い。だから治癒魔法を受ける権利も充分にある…だがな」
ギロリ、とヤツキが俺を睥睨する。
「だからと言ってほかの命が安いという訳では断じてないのだぞ?」
「…分かってるさ。それに、俺の命の方が価値が高いだなんて思ったこともない」
「ほう?」
むしろ俺ほど安い命もないだろう。
誰かの営みで生まれたわけでもなく、ただただ世界に「必要・かく在れ」と命じられたままに生まれ、知らないうちにそれに従って生き、俺のため、代わりに死んでしまった命すらもある。
むしろ既に死んでいる命として一番安いのは──俺ではないのか?
「何考えてるかは知らないが、顔色見れば分かるな。まぁいい。今はそう思っておけ」
ちょうどその時、シエルが木々の隙間からひょいと顔を覗かせた。
「………おかあさん?だいじょう、ぶ?げんき?」
「あぁ、大丈夫だ。心配しなくていいぞ」
そう言って近づいてきたシエルの頭を撫でていると、ヤツキが近づいてシエルに声をかけた。
「おい、来たか?」
「………ん、こなかっ、た」
「なんの話だ?」
全く話が掴めずに聞いてみると、ヤツキが空を指さす。
「今何時だか分かるか?」
「…さぁな。大体一時ぐらいじゃね?昼の」
大きくは外れていないはずだ。
「夜が明けてから今に至るまで、一度も魔獣が進行してこない」
「…うん?」
一度も、だと?
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