大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

塔と物陰

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「結構、危ねぇな」
階段を上りつつ、ぽつりとそう呟く。
先程の戦闘の衝撃のせいだろうか。それとも、今さっき上がった悲鳴のせいだろうか。階段……というより塔全体に亀裂が入っており、踏み所が悪いと床が抜ける。
しかも光量も大半が死んでおり、ほぼ真っ暗闇。それでも緋眼なら見えるはずなのだが、どういう訳か、緋眼でさえ辛うじて見えているだけ。それが無ければ、ほぼ手探りで登る羽目になっていただろう。
上の方ではまだ何か起こっているのか、時折塔が揺れ、その度に亀裂が僅かに広がる。
「急に倒壊したりしてな」
「そうなったら、俺達全員死ぬしかねぇぞ」
「はは……え、本気で言ってんのか?」
「?、そりゃそうなった時、使える手段が無いしな」
俺自体はただ器用なだけ。髪も使えるという点はあるが……まぁ、どれだけかは分からないが、相当な高さから落下し、尚且つ瓦礫も降るであろうその瞬間に、なにか手段があるなら取れるだろう。
だが、その取れる手段自体がない現状、ただ地上のシミになるのが関の山だろう。
せめて血があれば。あるいはマキナが残っていれば。
「いやいやお兄ちゃん。アンタ仮にも《勇者》だろ。幾ら高いからって落下する程度で死ぬ訳が──」
何か言いかけ、《勇者》が口を噤む。
前の方に何かいる。
いや、居ると言うよりある、か。
階段を上り、部屋を通り、そこからさらにまた階段へ。
それを繰り返す途中、その「何か」はそこにあった。
ちょうど影になっていてよく分からない。加えて塔の光源がほぼ機能していないのが大きい。
無造作に転がっているそれは、ヒトの頭程の瓦礫にも見える。
だが決定的に違うのは匂い。
注意力が散漫になっているらしく、それを目視してからその匂いに気づいた。
強い血の匂い。
負傷している誰かが壁に隠れている。
時折揺れが来るとはいえ、ほぼ静寂しかないこの空間で、俺達の声が相手に聞こえない訳が無い。
そしてその会話が止まったことも向こうに気づかれているはず。
「………。」
「………。」
馬鹿、と視線で文句を言い、悪かったと視線で返される。
無音で銀剣を抜き、そのまま壁ごと相手の身体を切る。
手応えは──無し。
「チッ」
その俺の上を飛び越えて《勇者》が踏み込み、居るはずの敵に向かって剣で斬りかかり、「のわっ!?」と声を上げて飛び下がる。
《勇者》もしくじったか?追撃でさらに踏み込もうとして、俺も似たような声を上げる。
「おっわ!?」
壁の裏に敵はいなかった。
というより、誰もいなかった。
あったのは股の辺りから胸の辺りまでしかない血塗れの身体と、無造作に地面に転がされた首。その顔は無表情で何も読み取れない。
《産獣師》。つい数分前まで激闘を繰り広げ、辛うじて逃げ切ったはずの三大魔候の一人が、そこに転がっていた。
「なん……?」
死んでる。誰がどう見ても。
既に虚空を見るしか出来ない瞳に生気は無く、身体から手足のように伸びる血は闇の中でも赤いが、流れているという様子では無い。
血の色からして死んだのはついさっきか。しかし何故?
「斬られてる。しかも一撃だな。斬れ味は……まぁまぁって所か」
首を拾って《勇者》がそう言い、頭を階段の下へと放り捨てる。
遠くであまり気持ちがいいとは言えない音がして、再び静寂が戻る。
「……行こうか」「……行くか」
そう言って、再び階段を登り始めた。
小刻みに震える魔族の塔を。
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