大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

翼と上昇

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それは悲鳴に似ていた。
しかしそれは、ヒトや魔族か上げた悲鳴ではなく、もっと無機質で、そのせいでずっと悲痛な叫び声にも聞こえた。
鋼の最後の断末魔、あるいは塔が行った最後の抵抗。
その音は、俺達の現在地の遥か上で響いた。
「《魔王》が産まれた──?」
「いや、その割には《魔王》の反応が弱い。まだ産まれてない──というより……」
というより、これはその逆。
今にも消えそうな──死にそうな気配。
何が起きたかは分からないが、急いで上に向かわねば不味い。しかし、塔を登る方法が無い事は変わらない。
《産獣師》との戦いで、次の階まで何十メートルも吹き抜けとなってしまった。壁の凹凸に髪をひっかけて登ることも出来なくはないが、それでは時間がかかりすぎる。
上れるとしたら、あの《産獣師》のような翼でも無い限り──
「行きますわよ」
轟、と。
その瞬間、空気に熱が奔った。
そんな事出来るのはこの場に一人。アーネしかいない。
「お前…もう魔力ないだろ」
「えぇ、白状すると空ですわ。この日のために蓄えたタンクも貴方の血の魔力も、全て底をつきましたわ。けれど魔法使いの魔力、その本当の源泉を知ってますの?」
本当の源泉。その言い方だけでおよそ想像はつく。
「多少命を削るぐらい、訳ないですわ」
直後、アーネの背中から、爆発的な勢いと共に炎の翼が広がる。
鳥のような羽根に編まれた翼でも、竜のように鱗に覆われた翼でもない。ただただ推進力と安定を得るためだけに形を作った結果、翼という形に行き着いただけの、白炎の比翼。
「命ってお前……!」
「後で休めば問題ありませんわ。それより、今は急いでいるのではないんですの?」
見れば《勇者》は既にアーネの胸に手を回し、抱きつくようにして捕まっている。奴もこれしか方法はないと分かっているようだ。
既に魔法が発動している以上、グダグダ言うのが一番無駄か……
諦めて、俺もアーネの腰の辺りに手を回して抱きつくように身体を密着させる。
「……細いな」
強く抱き締めると、折れてしまいそうだ。
「体型には気を使ってますのよ」
そんな俺の心を知ってか知らずか、アーネが当たり前のようにそう返した。
そしてアーネの翼がさらに勢いよく燃える。
「落っこちないようにしてくださいましね?」
そう言った瞬間、暴力的な初速と共にアーネが飛んだ。
「んぎっ!?」
ここまでの速度とは思わず、慌てて俺の身体と、ついでに《勇者》の身体を髪でアーネに固定。それでも身体が落っこちそうになり、必死に身体を固定した。
恐らく飛んでいたのは、ほんの十秒程度。
「つきましたわ」
アーネが炎の翼を消し、半ば崩れかかっていた上への階段に着地する。
俺達を下ろし、感謝の言葉を言った瞬間。
「さんきゅ。助かっ──」
がらがらっ、と音を立ててアーネが立っていた箇所がちょうど砕け、彼女が落下する。
「アーネッッ!!」
慌てて離しかけた髪を再度アーネに絡ませ、こちら側に引き込む。
「大丈夫か!?」
なんとか転落は防いだが、どうやら力が入らないらしい。小さく顔を振るのが精一杯のようだ。
「置いてけよ」
「断る。さっきも言ったがな」
そう言ってアーネを背負う。
「邪魔だろ。今から戦うんだぞ。ここに置いていった方がいい」
「確かにな。だが今の見たろ。ここも危ねぇ」
俺自身もフラフラなことと、アーネ自体が俺より重い事もあって、少し手間どったが、なんとか背負えた。髪の大半は彼女を支えるのに使っているが。
「なら、いっそ、近くにいた方が幾分安心だ」
「……何故そんなにその女に拘る?」
《勇者》がそう聞いた。
その言葉の意味を考え、俺なりの答えを出し、けれど違うと自信で否定をする。
結論は何とも不完全。ただの回答放棄。
「わかんねぇなぁ──」
ただひとつ言えるとすれば。
「──でも、アーネがいたら、もっと頑張れる気がするんだよ」
「理由は?」
「だからわかんねぇって。でも多分……」
「多分?」
「いや、やっぱわかんねぇ」
そう言って言葉を濁した。
言えるかよ、ただカッコつけたいからだ、なんて事。
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