大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

盗み聞きと支度

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《勇者》が世界神オルドが作る存在だとすれば、一応の説明はつく。
だが、どうしてそうなったのか、何故オルドはグルーマルに力を貸したのか、その他まだ分からないことが多い。
システナが言っていた事も含めて確定している事は、ヴェナムは死んでいて、勇者は何らかの神の力を使っていて、勇者は世界によって生み出される。つまり勇者を作っているのは世界神オルド。
そして、勇者の力は先代のシャルの時代でほとんど無くなっていたという事だろう。
「勇者の力がそもそもヴェナムの力ではないのか?」
『おい、何を言って──』
…ん?
俺は静かに立ち上がり、音もなく扉の前に立つ。
聞こえてくるのは僅かな心音。それもかなり…というかほぼ零距離だな。
ドアノブに両手を当て、解錠すると同時に身を翻しつつ扉を内側に引くと、扉にピタリとくっついていた人物はバランスを崩してこちらに倒れ込む。
「のわっ!?」
「…なーにしてやがるユーリア」
「い、いやほら、君が起きているかどうか分からなかったし」
ははは…と照れ隠しだろうか、笑いながら立ち上がるユーリア。
「そう言う時は緊急時じゃなけりゃ昼過ぎまでほっといてくれ。で、飯でも行くのか?」
時刻は九時過ぎ。兵士達はちょうどこのぐらいから訓練を始めるらしいので、今なら食堂はかなり空いているはずだ。
「そういう事なら次からは遠慮なくノックして入らせてもらう。いや何、実は昨日はいなかった兄様が帰ってきてな。折角だから紹介しておこうと思って来たのだが」
「あー、そういやお前の兄貴達と会わなかったな。挨拶ぐらいしとくか」
と言うより、昨日会ったユーリアの家族は父親だけだ。やはり大貴族ということもあって、かなり忙しいのだろう。
「しばらく支度に時間がかかるだろうし、準備が出来たら私の部屋まで来てくれ。ついでに朝食も行ってから兄様の所へ行こう」
「わかった。十五分ぐらい待っててくれ」
と言って扉を閉め、鍵もかける。
ユーリアの足音が遠のいていくのを確認し、俺の感覚でも居ないということを確認してから着替え始める。
「…聞かれたかな」
『まぁ耳長種エルフだしな。耳がいいのはアイツら昔からだ。問題はどこから聞かれてたかって話だが』
後半の方は割と問題ない。俺の呟きが少しばかり漏れただけだし、何も知らないユーリアが多少拾った所で分からないだけだ。
だが、最初にシャルに説明した所から聞かれてたら…かなりまずい。
俺がヒトではない上に神に会ったという事になるし、ユーリア程頭がいいなら俺の後半部分の話だってある程度理解は出来るだろう。
普通なら笑って済ませるような、あるいは気は確かかと尋ねたくなるような事だから大丈夫だと思いたいのだが…
ユーリアは口が堅いし、万が一全部聞いていても黙っていてくれるだろう。それがせめてもの救いか。
俺はふと、上半身裸のまま脱衣場に向かう。
まさかとは思うが…
鏡に背を向け、振り返りつつ髪をどかす。
反射されて見えるのは、背中に傷跡という形で刻まれた勇者紋。
ありとあらゆる方法で肉体に直接刻まれたような傷跡は、生まれた時からそこにあり、どことなく聖女の身体にも刻まれている聖女紋とも似ている。
その傷跡がいつもと変わらずにそこにある事に若干の安堵を覚えつつ、髪を下ろす。
俺は勇者だが勇者ではない。どうにもややこしいが、どうもそういう事らしい。
ついでに顔も洗い、シャツと、その上からいつもの黒コートを羽織る。
髪をいつものように束ね、準備は出来た。
んじゃ行くか。
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