大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

人馬と緋眼 終

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彼我の距離、およそ二十数メートル。
まずはこの距離を──詰める!
「ふっ!!」
地面を蹴って加速。風は読みで回避するしかない。
『Vuraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
対する人馬も暴力的な咆哮を辺りに撒き散らし、氷風をに放ちながらこちらへ突進してきた。
猛烈な勢いで互いに接近。一歩近づくごとに風が痛い。さらに冷気で肺が凍りそうだ。
「っ、ぐぅぅぅ!!」
鎧の表面には霜がおり、吐き出す息はたちまち白くなる。
まずは腕を削ぎ落とす。すぐにくっつくとしても、僅かな隙はあるはず。その瞬間に首を落とす。
互いに向かい合っている上、人馬の速度は尋常じゃない。一秒もすればすぐに俺の間合いだ。
「はぁっ!!」
放ったのは無名の戦技アーツ。片手に剣一本というのは中々経験したことが無い。故に戦技アーツが習得出来ていないのだ。
素早く振られた黒剣は縦の軌道。戦技アーツに沿って綺麗な唐竹割りを奴の腕に叩き込んだ。
そしてここからだ。
切った瞬間、即座に手を伸ばして肩を強く掴む。勢いで肩が外れそうになるが、それを鎧と自前の力で強引に補強。一瞬外れかけたが、すぐに戻した。
強引に人馬に乗った瞬間、戦っている時の数倍の冷気が俺を襲う。
これはまずいと即座に離脱を図るも、左手が既に人馬にくっついていて離れない。
舌打ちをひとつして人馬の肩周りの肉を切り飛ばし、即座に背を蹴って落ちる。
『とんでもねぇ冷気だな』
「まともに触れたら死ぬわあれ。触れられない系はやめて欲しいもんだ」
手についていた人馬の肉を払い落とし、近くに転がっていたもうひと振りの黒剣の柄を拾う。既にいつの間にか銀刃がついており、側面の文字は刃の装填が済んだと輝いていた。
軽く振って銀刃を落とすと、同じ対のような黒刃が出てくる。丁度そのタイミングで人馬がこちらに方向転換し、再度突っ込んでくる。
「出来は完璧、体調は…まぁまぁ。ちょいと寒いのがネックだが…いけるな」
向こうから来るというのなら、もはや突撃はしない方がいいだろう。奴の風の癖は大体分かった。やや強度が増した今の黒剣なら問題なく切断できる。
それまでに集中する。
奴の治癒能力は異常だ。首を断つだけでは死なないかもしれない。
──剣を握る手をもう一度握り直す。
狙うなら一撃必殺ではない。必殺の絶技だ。再生が出来ないほどに切り刻む方がいいだろう。
──身体を軽く落とし、狙いを定める。
奴との彼我の距離はもう俺の間合いに入る。何か叫んでいるようだが何も聞こえない。風と一緒に切っているから以上に遠く聞こえる。
そして間合いに──入った。
──戦技アーツ発動後の奴のイメージが、出来た。
踏み込み、駆け抜け、すれ違い終わりには既に戦技アーツは終わっている。
戦技アーツ──《終々しゅうつい》」
戦技アーツ発動中の時間はほぼ無いに等しく、また剣筋が見えた者もいるまい。
『人馬を斬った』という手応えと猛烈な疲労感が俺の身体に押し寄せる。
振り返ると、そこには人馬の姿はない。
ただただ赤黒い何かの小山があるだけで、凍てつく冷気も大きな身体も何も無い。
「ほぼ液体…いや、固形ちょい残りか。ミンチと液体の中間ぐらいだな」
『…えぐいな、その戦技アーツ
「俺もここまでになるとは思ってなかったよ」
さて、誰か知らんが後片付けはそいつに任せよう。
鎧を解除し、訓練所を後にしようとした時、頭に違和感を感じた。
手で触れてみると、べったりと血が頭についていた。
「………。」
視認した瞬間猛烈な痛みに立つのも辛くなる。同時に目眩と吐き気。きっと壁に叩きつけられた時のものだろう。少しハイになり過ぎて気づかなかったようだ。
息が荒く乱れ、手足がガクガクと震え始た。さらに下がった体温が戻らない。寒いのは人馬の冷気のせいだけではなかったらしい。
もっと早く気づいていればマシだったろうが…いかん、意識を保つので精一杯だ。
「アーネを…呼べ」
なんとかそう言って、訓練所の壁にもたれかかった後、俺は意識を失った。
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