大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

女神と英雄

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誰より先に反応したのは俺や英雄ではなくシステナ。
「場所を変えるぞ」
と言った瞬間、見慣れた部屋の景色がゆらりと揺らいだかと思うと、風の吹きすさぶ夜の荒野へと変わった。
「!?」
「逃がすか!」
俺が状況を把握する前にハウナが踏み込み、腰の長剣でシステナに斬り掛かる。
が、届かない。
システナの肌に触れるか触れないかの位置で赤っぽい膜のようなものが張っており、それがハウナの一撃を止めているようだった。
「余は逃げぬよ。貴様如きからはな」
「今まで逃げ回って散々手こずらせた口でよくも言えるな!」
ギ、ギギッ、ギリィィ…と少しずつ刃が沈み始める。
「おぉ恐ろしい。貴様中々やるな?第一結界を純粋な力技で突破しようとする者なぞ初めて見たぞ。…が」
ギリィン!とけたたましい音を立ててハウナが剣を振り切った。
否、違う。
月明かりを受けながらくるくると宙を舞う銀の輝き。
ハウナの持つ剣が根元からへし折れたのだ。
「!」
「第一の結界は物理遮断の結界。あらゆる物を拒み、決して通すことの無い絶対の守りよ。そんな所へ剣を押し付け続ければ、貴様の力に耐えきれぬ剣の方が限界を迎えるのは道理よな?」
「くっ!」
どこからともなくもう一振りの長剣を取り出すハウナ。さらに斬り掛かるが──
「芸がない。貴様とは飽きた」
システナが手を一振り、羽虫を追い払うように動かすだけで、ハウナが吹き飛んだ。
「っぐぅぅぅ!」
「うっお!?」
システナは特別な事をした訳では無い。
ただ単に魔力を固めてハウナに叩きつけただけ。問題は、その魔力が桁違いに大きい事だ。
あまりに膨大な魔力を、最早質量を持つに至るまで強引に圧縮し、無造作にぶつける。
ただでさえ巨大な岩がぶつかったような物だと言うのに、その魔力が解放され、ハウナが吹き飛ばされる。
しかし流石英雄と言うべきなのだろうか。
「おおおお!」
ハウナ本人の身体からも膨大な魔力を直に発される。
その量はシステナには遠く及ばないが、小規模の爆発でシステナの暴力的な魔力を逸らす程度の事は出来た。
転がるように着地したハウナは、立ち上がって行動を起こそうとするが、それより先に動いているのはシステナ。
「もう遅い。第四結界──緑蔦結界りょくちょうけっかい
ゴッ!とシステナの足元から膨大な数の蔦が溢れる。
いや、よく見ると本物の植物の蔦ではない。魔力で編まれた強靭な糸だ。
一本一本は細いのだが、それぞれが寄り合い、束ねられたそれらが、速やかにハウナの身体を縛り上げ、即席の十字架を作り上げて磔にする。
「本来は不定形の相手に対し、決して逃げることの出来ぬように動きを封じるための結界なのだがな。応用すればこのようなことも出来る」
「きっ、貴様ァ!」
手首と足首をがっちり固められてもなお吼えるハウナに対し、ついにシステナが不快そうに眉根を寄せた。
「やかましい。口も縛るか?それとも喉を締めればもっといいか?あるいは肩口と股関節の辺りからきつくきつく縛れば面白い事になるか?ん?」
「お、おいシステナ、それぐらいで…」
起きた事が色々と唐突すぎて放棄していた思考がようやく再起動を開始した。
「うるさい。余は今機嫌が悪い。どういう意味か分かるか?《勇者》よ」
黙っていろということなのはよく分かる。が。
「そいつを殺したりすんのは不味いぜ。なんせそいつ、《王》の子だぞ」
「何?」
慌てたシステナがまじまじとハウナの顔を見る。
「むぅ、確かに《王》の一族か。厄介だな」
見りゃ分かるのか。神だからかね。
「まぁよい」
と言ってシステナがくいっと指を引くと、首の蔦が絞まる。
「……ッ!?…ハッ!…カ…!」
「ちょっ!?」
あっという間に顔色が酷いことになった上、ガリガリと首元を引っ掻くから血が…あーあ…
「ふん、余の手を煩わせたのだから、この程度は当然の報いだな」
完全に気を失ったハウナの首元から蔦を消しながらシステナが言った。
「さて、余が急いでおる理由だったな?余の兄であるグルーマルに少し灸をすえるだけよ。ああ、早急にな」
何故だろうか、絶対に聞いてはいけないと俺の勘が警鐘を鳴らした。
「…聖女の力を回収するのとか、結界云々はどうすんだ?」
「今、余もそれを考えておる。全く、あ奴らさえいなければもっと楽だったろうに」
「あ奴らって…誰の事だ」
「誰かは知らぬ。揃いも揃って奇妙な紋のようなものを身につけた白い集団よ。どうやったかは知らぬが、余の結界を抜けて傷を与えよった。今思い出しても虫唾が走る」
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