シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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新しい家族編

新たな試練

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 騎士団の執務室はいつものように厳格な静寂と規律に包まれていた。シリウスは騎士団長のガレットと向かい合い、重厚な机越しに話を交わしていた。

「シリウス、調子はどうだ?」  
「いつも通りだ。大きな問題もなく、順調に進んでいる」  

 ガレットの問いに、シリウスは静かに応じた。ガレットはその返答に小さな微笑みを浮かべ、何気ない様子で言葉を続ける。
  
「シリウスが担当している分隊は順調に訓練をこなしているようだな。だが、無理はするな。今は家庭もあるんだ。もっと自分を大事にするといい」  
「……ああ」  

 ほんの一瞬、シリウスの顔が柔らかくなったが、すぐにその表情は冷静さを取り戻す。だが、心の奥では家庭のことが常に頭をよぎっていた。

「アステル殿は妊娠中だったな。大丈夫か?」  

 ガレットがその話を切り出すとシリウスはほんの少し顔を緩め、しかしすぐにその表情を引き締めた。  

「俺は少し不安だ。だがアステル本人はまったく心配していない。二人目だからと言って何でもないように振る舞ってる」  
「はは、なるほど。シリウスが心配してるのに彼女の方が余裕を見せてるのか」  
「アステルは冷静で……本当に強い」
「それはシリウスがいる故に心強いのだろうな」  

 ガレットはしばらくその余裕を見せて笑い続け、そして手で胸元を軽く叩きながら言った。  

「カレンもそろそろ二人目が欲しいと言い出してる」  

 シリウスは驚いた顔をしたが、すぐにガレットの優しい表情を見て、静かな笑みを浮かべた。  

「そうか」  
「私もそろそろ家族を大きくしたいとは思ってる。だが、忙しさもあってなかなか踏み出せなくてな。二人目が生まれた後の忙しさを考えると今から気が引けるのかもしれない」
「騎士団と貴族の両立は忙しいな……」

 すると、その時、部屋の扉が軽くノックされ、若い騎士が入ってきた。彼は一礼して、シリウスに手紙を差し出す。  

「シリウス殿、こちらに手紙が届いております」  

 シリウスはそれを受け取り、封を開ける。そして丁寧で特徴的な筆跡が目に入った。差出人は、ダークエルフの里に住むヴェラだ。手紙を広げ、内容を静かに読み始める。

『シリウス様。報告が遅れてしまい、申し訳ありません。  
 連れ帰ったノワールのことです。時間はかかりましたが、彼はようやく他のダークエルフたちに受け入れられました。
 初めは自由を奪われたことに彼は不服そうで、集落に馴染むまでには手間がかかりましたが、今は安定しています。
 ノワールも少しずつ心を開き始めています。これで集落も落ち着きそうです。また何かあれば連絡します。  ヴェラ』  

 シリウスは手紙を読み終え、息をついてから机の上に手紙を置いた。

「何かあったのか?」  

 ガレットがその変化に気付き、興味を示して尋ねるとシリウスは少し顔を上げ、安堵の表情を浮かべながら答える。  

「ダークエルフの里でノワールがようやく集落に馴染んだようだ」  
「それはよかったな。問題が解決しているのなら安心だ」  

 ガレットは腕を組み、軽く頷き、シリウスは再び手紙をじっと見つめながら、少し考え込んだ。その安堵と同時に、心の中にはまだ新たな問題が生じるのではないかという不安が残っている。  
 
「先ほども言ったがあまり自分に負担をかけるなよ、シリウス」  

 ガレットはそんなシリウスを励まし、シリウスはその言葉に静かに頷き、ガレットに感謝した。  

「ありがとう、ガレットも何かあれば俺に頼ってくれ」  
「そうか。それからもう一つ、シリウスに関わる話があるんだが」  

 会話の流れが少し変わり、ガレットが真剣な表情でシリウスに向き直るとシリウスは眉をひそめ、少し不安を覚えながら尋ねた。  

「何の話だ?」  
「シリウスに爵位を与えられるのかもしれない」  

 ガレットの静かな言葉にシリウスは言葉を失った。平民の出身である彼が貴族の一員としての爵位を与えられるなど、想像すらしていなかったことだった。  

「爵位……俺に?」
「そうだ。シリウスのこれまでの功績は誰もが認めるところだ。数々の戦場での働きや、国のために尽くしてきたことが評価されている。それに本来ならもっと早くに貴族としての地位を与えられてもおかしくない」  

 シリウスはしばらく黙って考え込んだ。彼は確かに多くの戦場で名を馳せ、騎士団内でも信頼を勝ち得ていたが、それでも自分が貴族の一員として認められることには違和感を覚えていた。  

「俺が貴族か…正直、平民のままでいる方が気楽なんだが」   
「気持ちはわかる。シリウスはもともと、槍一本で道を切り開いてきたからな。だが今の時代、貴族の力も必要だ。もし爵位を受ければ立場も強化され、家族を守ることもできる。それに国全体に対しても影響力を持つことになる」  

 シリウスは眉をひそめながらもガレットの言葉に耳を傾けた。確かに家族や仲間を守るためには時として権力が必要になる場面もある。しかし、貴族として生きる未来はまだ想像しづらかった。  

「俺のようなダークエルフの平民が貴族の中に入るとなると色々と問題もあるだろう。歓迎するとは思えない」
「貴族の中にも反発する者はいるだろうが、シリウスの実力と信頼を考えればそこまで大きな問題にはならない。何より、自身がどうしたいかが重要だ」  

 ガレットはシリウスをじっと見つめ、最後に静かに言葉を添えた。  

「家族のことも考えて、ゆっくり決めるといい。無理に急ぐ必要はない」  

 シリウスはその言葉に深く頷き、静かに心の中で考えを巡らせた。自分の進むべき道、そして家族を守るために何を選ぶべきか。その答えを。
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