シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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新しい家族編

薬草の香りと共に

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 アステルは工房の一角で静かに薬草を選別していた。目の前に広がる色とりどりの葉がまるで生きているかのように香りを放ちながら手のひらを滑り、彼女の指先で慎重に裁かれていく。
 薬草を調合する手際の良さは何年もの経験に裏打ちされたもので、その動きがまるで体の一部であるかのように自然であった。

「アステルさん、無理をしないほうがいいですよ」

 弟子のケルヴィンの優しげな声が耳に響いた。彼は心配そうにアステルの膨らんだお腹をちらりと見て、それから少し躊躇いながらも続けた。

「妊娠しているんですから、あまり体に負担をかけない方が……」

 アステルはその声に微笑みながら、ゆっくりと作業を止めた。しばらく沈黙が流れた後、彼女はケルヴィンに向かって穏やかに言った。

「心配してくれてありがとう、ケルヴィン。でもね、動いていないとどうしても落ち着かないの。ステラの時も、あの頃と同じような感じだった」

 彼女が語るその言葉にはどこか懐かしさが滲んでいた。ステラが妊娠していたころは精神的に不安定な時期もあったが、手を動かし、薬草を調合することで少しずつ気持ちが落ち着いていった。今もまた、その方法がアステルには心の支えとなっている。

 ケルヴィンはしばらくアステルの顔を見つめていたが、やがて納得したように「なるほど……」と頷いた。彼女の妊娠は今回が初めてではないのだからケルヴィンが口出しをするのは野暮かもしれない。しかし、それと同時にもうひとつの疑問が浮かんだ。

「アステルさんが働けない間、僕はどうすればいいですか?」

 アステルがいなければここの工房は使えなくなる。それはつまりケルヴィン自身の仕事も一時的に停止することを意味する。

「そうね……その間はケルヴィンが一人で薬を作ってみて」

 アステルは顎に手を当てて考えた後、思いついたように提案をする。
 ケルヴィンはその言葉に驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を曇らせ、首を横に振った。

「僕はまだ未熟です。そんな……」

 アステルはその答えに少しも迷わず、優しく諭しながら否定をした。

「そんなことないわ。ケルヴィンは探究心もあるし、知識も豊富できっと私以上の薬師になれるはずよ。だから、やってみて」

 彼女の言葉に込められた真剣な眼差しにケルヴィンは少し考え込み、やがて決心したように頷いた。

「わかりました。やってみます」
「ありがとう。もしわからないことがあったら、いつでも私を頼ってね」

 アステルは満足そうに微笑み、ケルヴィンもそれに応じるように笑顔を返した。アステルの言葉は彼の不安を消し去る力を持っていた。彼は心の底からアステルを尊敬し、感謝もしていた。

「ところで、ケルヴィンのご両親は元気かしら?」

 アステルは再び薬草を選別し始めながら質問をするとケルヴィンは少しだけ表情を曇らせたがすぐに微笑みを浮かべた。

「ええ、最近ようやく退院できました。まだ完全には回復していませんが少しずつ動けるようになってきているみたいです」

 アステルは安心したように頷きながら薬草を水で洗う。

「それは本当に良かったわ。家族が元気でいてくれることが一番大切よね。何か困ったことがあれば力になれたらいいんだけど」

 ケルヴィンはその優しさに感謝し、少し申し訳なさそうに言葉を続けた。

「実は両親は今、新しい働き口を探しているんです」
「それなら、ここで働くというのはどう?」

 ケルヴィンはアステルの優しさに感謝しつつ、申し訳なさそうに返事をする。

「それは難しいかもしれません。僕はいいのですが両親はダークエルフを嫌っているんです」

 ケルヴィンの両親も薬師だ。元の村に戻るまでここで働いてもいいかと思ったが、この家のダークエルフの存在は彼らにとっては負担でしかないだろう。

「ケルヴィンのご両親は薬草やハーブを育てたことがある?」

 アステルは少し残念そうな表情を浮かべたが、新しい提案を出すとケルヴィンは少し驚いたように目を見開いたがすぐに答えた。

「ええ、あります。森にない薬草は庭で栽培していました」
「それなら、薬草やハーブを育てている場所がこの国にはあるのよ。広大な土地で薬草の栽培や研究が行われていて、とても静かな環境だからご両親にとっては体を慣らすリハビリにも良いかもしれない」
「そんな場所があるんですか?」
「ええ、実は私も少し繋がりがあってね。もしご両親が興味を持ってくれるなら、お願いしてみることができると思う。そこなら働く時間や負担も調整できるし、無理なく再び手を動かしてもらえるかも」

 ケルヴィンはその言葉に目を輝かせ、喜びを隠しきれない様子で答えた。

「本当にですか?それなら、両親も安心して復職できるかもしれません。ぜひお願いしたいです」

 アステルはにっこりと微笑みながらうなずき、洗った薬草を調合窯に入れた。

「もちろん。元気になったら、ぜひそこで力を発揮してもらいましょう。私もできる限りサポートするし、心配しないで」
「本当にありがとうございます。両親にもすぐに伝えます」

 ケルヴィンは感謝の気持ちを込めて頭を深く下げた。アステルはその姿を見守りながら、心から彼の熱意と感謝を感じ取って、未来への希望が一層強くなった。
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