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Wedding~消えた花嫁~
第29話
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部屋の隅のクローゼット前に、ふたりはぽつんと残されていた。
再びイアンの中に緊張が押し寄せる。
「えっと……」
ドキドキと鼓動が速くなっているのが分かる。スーツを持つ手が震える。
「イアン、頼んだぞ」
じっとグスターヴァルがイアンを見つめている。
緊張しているイアンの状態には気が付いていないようだった。
「あ……はい」
頼りなく返事をする。
ふるふると手を震わせながら、持っていたスーツをそっとクローゼットの中へと戻す。
しかし、戻した瞬間、今のスーツでもかっこ良かったのだからこれでも良かったのでは? と、少しだけ後悔する。
「イアン、私にも普通に話して欲しい。それから、私はどういうものがいいのかよく分からない。イアンが良いと思うものを選んでくれればいい」
グスターヴァルの言葉にイアンはハッとした。
緊張と恥ずかしさから、なんでもいいやと考えてしまった自分が情けなくなる。
「分かった……ちゃんと選ぶ」
自分に言い聞かすように、じっとクローゼットの中を見つめながらイアンが答える。
先程まで震えていた手が知らぬ間に止まっていた。
グスターヴァルの『普通に話して欲しい』という言葉に安心したのかもしれない。
少しだけ、距離が近くなったように感じた。
「うーん……」
何十着とかかっているスーツをじっと見つめ、ぱらぱらとスーツを適当に探してみるが何が良いのか分からない。
首を傾げながら後ろにいるグスターヴァルを振り返る。
「えっと……グスターヴァルは好きな色とかある?」
皆が呼ぶことで彼が『グスターヴァル』という名前だと分かり、自然と名前を呼んでいた。
緊張がおさまったイアンは、同僚や友達に話すように接していたのだった。
これまでと態度が変わったイアンに、グスターヴァルは優希と話しているような、そんな気持ちになっていた。
もちろん見た目は違う。
似ているのはふわふわとした柔らかそうな髪と、大きな瞳だけだ。
じっと黙ってイアンを見つめる。
「グスターヴァル?」
不思議そうな顔でイアンが首を傾げている。
「あぁすまん。色だったか……ふむ。実は、私は元々この姿ではないんだ。だから色の好みと言われても、正直よく分からない。……イアン、怖がらないで聞いて欲しいのだが……私は、本当はドラゴンなんだ」
声を掛けられハッとすると、グスターヴァルは慌てて謝った。
そして自分のことを知らないと思われるイアンに正体を明かす。
しかし、今まで自分はずっと人々から恐れられていた存在だった為、少しだけ不安な気持ちになっていた。
「え? ドラゴン?…………えぇっ!」
きょとんとした顔でイアンは首を傾げた後、ハッとして大きな目を更に大きくさせてグスターヴァルを見上げた。
「あぁ……西の森に住むドラゴンのことを聞いたことはないか?」
少し困った顔でグスターヴァルが問い掛ける。
「西の森? ドラゴン?」
目を丸くさせながらイアンは再びグスターヴァルの言葉に首を傾げる。
「……え? 西の森の、ドラゴンっ!? えっ? まさか、あの伝説のっ!?」
呟くようにグスターヴァルの言葉を繰り返すと、漸く理解できたのか、目を見開きながら声を上げた。
「伝説……ではないが、そのドラゴンだ。先程いた妖精に、人の姿に変えられていてな」
更に困った顔でグスターヴァルが答える。
「すごっ! えっ、そんな……伝説のドラゴンが、目の前にっ」
まるで憧れの人にでも会ったかのように、イアンは目をキラキラと輝かせている。
怖がられてはいないようだが、これはこれで困ると、グスターヴァルはなんとも言えない顔をする。
「イアン……時間があまりないようだから、適当でも構わないから早めに決めてもらえないだろうか」
あまりに純粋に憧れの目を向けられ、グスターヴァルはいたたまれない気持ちになり、早く終わらせてしまいたいと思っていた。
「あっ! ごめん、グスターヴァルっ。すぐ考えるからちょっと待って!」
あれだけ憧れの目を向けていたにも関わらず、口調は変わらずなイアンであった。
その様子にグスターヴァルは少しだけほっとしていた。
再びクローゼットの中をじっと睨み付けるように見つめる。
「うーん……グスターヴァルって、どんな色のドラゴンなの?」
クローゼットの中を見つめたままイアンが問い掛ける。
「体の色は青みがかった黒色だ」
「へぇっ、綺麗な色だね!」
グスターヴァルの答えにイアンはぱっと振り返る。お世辞ではなく本気で褒めていた。
想像して『綺麗だ』と思ったのだ。
ドラゴンの姿も見てみたいと、じっとグスターヴァルを見上げながら考える。
そういえば、綺麗な金色の瞳も人にはあまりない色だ。ドラゴンと聞いてなるほどと納得がいった。
すると、いつの間にかグスターヴァルもじっとイアンを見つめ返していることに気が付く。
「何? どうかした?」
黙って見つめられ、一瞬どきんと鼓動が高鳴った。
「あぁ……イアンの瞳も綺麗な色だな。人には珍しい色だ」
見つめていたのはイアンの瞳だった。綺麗なアメジストのような紫色。
その時、クローゼットの中がふわりと光ったのだが、ふたりは全く気が付いていなかった。
「えっ……あ、俺の目の色……えっと、そうみたい。あまりない色なんだって……」
じっと見つめられ、恥ずかしくなったイアンはぱっとクローゼットの方に向きを変える。
再び緊張しながら何気なく手を伸ばした時、ふと目に留まった一着があった。
(あっ……)
そのスーツの全体が見えるように少し引っ張ってみると、なんとも言えない高揚感に包まれた。
「これ……これ、どうかな?」
そっとスーツを取ると、グスターヴァルの体にあててみた。
やはりとてもよく似合う。
いや、恐らくどんなスーツでもかっこ良く着こなすとは思うが、これ以上のものはない、とイアンは確信する。
「うむ……どうだ? イアンが良ければこれでいいが」
あまり分かっていなさそうにグスターヴァルは首を傾げる。
「えっと……」
そう言われてもグスターヴァルに納得してもらいたかったイアンは、きょろきょろと周りを見回す。
そして「あっ」と呟くと、クローゼットの扉に付いている鏡をグスターヴァルの方に向けた。
「どう?」
全身は見えないが、イアンが選んだスーツをあてたグスターヴァルが鏡に映っている。
「これは……」
自分自身の姿とスーツを見て、グスターヴァルは驚いた顔をしていた。
再びイアンの中に緊張が押し寄せる。
「えっと……」
ドキドキと鼓動が速くなっているのが分かる。スーツを持つ手が震える。
「イアン、頼んだぞ」
じっとグスターヴァルがイアンを見つめている。
緊張しているイアンの状態には気が付いていないようだった。
「あ……はい」
頼りなく返事をする。
ふるふると手を震わせながら、持っていたスーツをそっとクローゼットの中へと戻す。
しかし、戻した瞬間、今のスーツでもかっこ良かったのだからこれでも良かったのでは? と、少しだけ後悔する。
「イアン、私にも普通に話して欲しい。それから、私はどういうものがいいのかよく分からない。イアンが良いと思うものを選んでくれればいい」
グスターヴァルの言葉にイアンはハッとした。
緊張と恥ずかしさから、なんでもいいやと考えてしまった自分が情けなくなる。
「分かった……ちゃんと選ぶ」
自分に言い聞かすように、じっとクローゼットの中を見つめながらイアンが答える。
先程まで震えていた手が知らぬ間に止まっていた。
グスターヴァルの『普通に話して欲しい』という言葉に安心したのかもしれない。
少しだけ、距離が近くなったように感じた。
「うーん……」
何十着とかかっているスーツをじっと見つめ、ぱらぱらとスーツを適当に探してみるが何が良いのか分からない。
首を傾げながら後ろにいるグスターヴァルを振り返る。
「えっと……グスターヴァルは好きな色とかある?」
皆が呼ぶことで彼が『グスターヴァル』という名前だと分かり、自然と名前を呼んでいた。
緊張がおさまったイアンは、同僚や友達に話すように接していたのだった。
これまでと態度が変わったイアンに、グスターヴァルは優希と話しているような、そんな気持ちになっていた。
もちろん見た目は違う。
似ているのはふわふわとした柔らかそうな髪と、大きな瞳だけだ。
じっと黙ってイアンを見つめる。
「グスターヴァル?」
不思議そうな顔でイアンが首を傾げている。
「あぁすまん。色だったか……ふむ。実は、私は元々この姿ではないんだ。だから色の好みと言われても、正直よく分からない。……イアン、怖がらないで聞いて欲しいのだが……私は、本当はドラゴンなんだ」
声を掛けられハッとすると、グスターヴァルは慌てて謝った。
そして自分のことを知らないと思われるイアンに正体を明かす。
しかし、今まで自分はずっと人々から恐れられていた存在だった為、少しだけ不安な気持ちになっていた。
「え? ドラゴン?…………えぇっ!」
きょとんとした顔でイアンは首を傾げた後、ハッとして大きな目を更に大きくさせてグスターヴァルを見上げた。
「あぁ……西の森に住むドラゴンのことを聞いたことはないか?」
少し困った顔でグスターヴァルが問い掛ける。
「西の森? ドラゴン?」
目を丸くさせながらイアンは再びグスターヴァルの言葉に首を傾げる。
「……え? 西の森の、ドラゴンっ!? えっ? まさか、あの伝説のっ!?」
呟くようにグスターヴァルの言葉を繰り返すと、漸く理解できたのか、目を見開きながら声を上げた。
「伝説……ではないが、そのドラゴンだ。先程いた妖精に、人の姿に変えられていてな」
更に困った顔でグスターヴァルが答える。
「すごっ! えっ、そんな……伝説のドラゴンが、目の前にっ」
まるで憧れの人にでも会ったかのように、イアンは目をキラキラと輝かせている。
怖がられてはいないようだが、これはこれで困ると、グスターヴァルはなんとも言えない顔をする。
「イアン……時間があまりないようだから、適当でも構わないから早めに決めてもらえないだろうか」
あまりに純粋に憧れの目を向けられ、グスターヴァルはいたたまれない気持ちになり、早く終わらせてしまいたいと思っていた。
「あっ! ごめん、グスターヴァルっ。すぐ考えるからちょっと待って!」
あれだけ憧れの目を向けていたにも関わらず、口調は変わらずなイアンであった。
その様子にグスターヴァルは少しだけほっとしていた。
再びクローゼットの中をじっと睨み付けるように見つめる。
「うーん……グスターヴァルって、どんな色のドラゴンなの?」
クローゼットの中を見つめたままイアンが問い掛ける。
「体の色は青みがかった黒色だ」
「へぇっ、綺麗な色だね!」
グスターヴァルの答えにイアンはぱっと振り返る。お世辞ではなく本気で褒めていた。
想像して『綺麗だ』と思ったのだ。
ドラゴンの姿も見てみたいと、じっとグスターヴァルを見上げながら考える。
そういえば、綺麗な金色の瞳も人にはあまりない色だ。ドラゴンと聞いてなるほどと納得がいった。
すると、いつの間にかグスターヴァルもじっとイアンを見つめ返していることに気が付く。
「何? どうかした?」
黙って見つめられ、一瞬どきんと鼓動が高鳴った。
「あぁ……イアンの瞳も綺麗な色だな。人には珍しい色だ」
見つめていたのはイアンの瞳だった。綺麗なアメジストのような紫色。
その時、クローゼットの中がふわりと光ったのだが、ふたりは全く気が付いていなかった。
「えっ……あ、俺の目の色……えっと、そうみたい。あまりない色なんだって……」
じっと見つめられ、恥ずかしくなったイアンはぱっとクローゼットの方に向きを変える。
再び緊張しながら何気なく手を伸ばした時、ふと目に留まった一着があった。
(あっ……)
そのスーツの全体が見えるように少し引っ張ってみると、なんとも言えない高揚感に包まれた。
「これ……これ、どうかな?」
そっとスーツを取ると、グスターヴァルの体にあててみた。
やはりとてもよく似合う。
いや、恐らくどんなスーツでもかっこ良く着こなすとは思うが、これ以上のものはない、とイアンは確信する。
「うむ……どうだ? イアンが良ければこれでいいが」
あまり分かっていなさそうにグスターヴァルは首を傾げる。
「えっと……」
そう言われてもグスターヴァルに納得してもらいたかったイアンは、きょろきょろと周りを見回す。
そして「あっ」と呟くと、クローゼットの扉に付いている鏡をグスターヴァルの方に向けた。
「どう?」
全身は見えないが、イアンが選んだスーツをあてたグスターヴァルが鏡に映っている。
「これは……」
自分自身の姿とスーツを見て、グスターヴァルは驚いた顔をしていた。
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