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賢者
しおりを挟む賢者。
それは魔術都市シャレアを築き上げたかつての大魔術師のことだ。
初代は当然はるか昔に亡くなっているけれど、その血脈は現在までずっと残り続けている。そしてその末裔が『賢者』の称号を受け継ぎ、シャレアの街を統治する。
「つまり世襲制、ということですか。何だか貴族みたいですね」
「仕組みとしては似たようなものだね」
例によってハルクさんから説明を受け、私はなるほどと納得する。
賢者はこの街の開祖のようだし、領主と似たような立ち位置なのかもしれない。
――と。
「通信が繋がったぞ」
オズワルドさんがそんなことを言う。
言葉通り、壁に魔晶石の通信映像が転写されているところだった。
『やあオズワルド君。どうかしたのかね?』
映像の中に現れたのは白いひげを長く伸ばした老人。
どうやらこの人物が賢者様のようだ。
「例の件について協力者候補が現れた。一応報告しておこうと思ってな」
『なるほどなるほど。どうりで見覚えのない子たちがいると――、』
賢者様がオズワルドさんから視線を外し、奥に座る私とレベッカを見る。
目を合わせるとやはり相手がただものではないことがわかる。年齢はもう七十を超えているだろう見た目だけど、その瞳には深い知性が宿っているように思える。
きっと枯れ木のような外見からは想像もつかないほどの魔力を秘めていることだろう。
『……』
「あ、あのー……どうかしましたか?」
……ところで、賢者様が私とレベッカを見るなり固まってしまったんですが、これはどういう反応なんでしょうか。
『そこの金髪のきみと赤髪のきみ』
「は、はいっ」
「なんだよ?」
『これは重要な話じゃ。いいか。心して聞くのじゃぞ』
ごくりと喉を鳴らしてしまう。急にそんな真剣な表情をするなんて、一体どんな重大な話題を切り出すつもりなんだろうか。
一拍置いて、賢者様ゆっくりと口を開き――
『二人とも、儂の屋敷のメイドさんにならんか?』
「「……………………、」」
この人は一体何を言っているのだろうか。
『もちろん給料は弾もう。それはもう、この街の長に恥じんくらいがっぽり出すぞい』
「いえ、あの、気になっているのはそこではなくてですね」
「急に何わけわかんねーこと言ってんだこの爺さん……」
私たちの当然の疑問に賢者様はうんうん頷き、
『わかっておるわかっておる。ただのメイド服ではつまらんというんじゃろう?』
「「言ってません(ねえよ)」」
一体何をどう解釈したらそんな話になるのか。
『メイド服というのはいわば女中における戦闘服――こだわりがあって当然じゃ。しかし安心してほしい。儂は古今東西あらゆるメイド服を所有しておる。どんな要望でも聞き届けてみせようではないか』
どうしよう。
何だか最初に抱いていた偉大な賢者様のイメージが徐々に崩れていくんですが。
この人はこの街でもっとも優れた魔術師の家系と聞いていたのに……
『女性を美しく見せる最高の衣装はなんじゃと思う? それはメイド服以外にない。女性の持つ魅力を引き立てつつ品格も持たせることができる。
わかるじゃろう? メイド服こそが至高。神が生み出した最高芸術に他ならん!
きみたち二人はまさに逸材ッ! どうじゃ二人とも! 儂のもとでメイド道を極めてみる気はないかね!?』
鼻息を荒げて通信映像に迫ってくる賢者様。もはやその姿から威厳はかけらも感じられない。
「なあハルク。こいつ殴っていいか?」
「落ち着いてレベッカ。それはただの映像だからね」
「すみません、私は家事ができないのでメイドの仕事は務まらないかと……」
「セルビアもまともに受け答えしなくていいから」
ハルクさんが疲れたようにそんなことを言っていた。
『む? その声はハルク君か! おお、きみも来ていたのか!』
「ええ、お久しぶりです。一応自分もずっと映像に入っていたはずですが」
『すまんの。あまりにメイド適正値の高すぎる二人に見入って気付かんかった』
「本当に相変わらずですね……」
映像の向こうの賢者様とハルクさんが話している。
ハルクさんは五年前にもこの街に来たことがあるという話だったし、面識があっても不思議じゃない。不思議なのは賢者様の人格そのものだ。
私はオズワルドさんに尋ねる。
「……あの、オズワルドさん。今更ですが賢者様ってどんな方なんでしょうか」
「メイド狂いの変人だ」
何てストレートな。
「まあ、本人は『魔術研究に没頭する自分を支えてくれる相手こそ儂にぴったりじゃ』などとほざいていたがな。どうせ研究に集中しすぎて体調を崩し、女中に救われた経験でもあるんだろう」
「ああ、なるほど……」
「にしても極端すぎじゃねーのかあれは」
オズワルドさんの補足に私とレベッカがそんな言葉を返す。
まあ、研究者が作業に没頭するあまり体調を崩すというのはありそうな話だ。
実体験込みなら賢者様の言動にも納得できなくはない。
……変わり者であることに間違いはなさそうだけど。
『それでオズワルド君。協力者というのはハルク君のことかね?』
「いちおうこっちの二人もだ。『あそこ』に潜入させるのはハルクには難しい」
『あー……なるほどのう。確かにハルク君であっても厳しいからのう』
「「「?」」」
オズワルドさんと賢者様がよくわからないやり取りをしている。何の話だろうか。
「それでオズワルド、賢者様からの依頼っていうのは?」
ハルクさんがそう尋ねると、ようやくオズワルドさんは本題に入ってくれた。
「現在、この街には異変が起きている」
「異変?」
「ああ。ここ数カ月で何人もの行方不明者が出ている。何の前触れもなく突然だ。被害者は街の住人ばかり。さらに、誰一人として帰ってきたものはいない」
淡々と告げられる言葉に私は目を見開く。
「それって……行方不明事件ってことですか?」
「その理解で間違いない」
そう言ってオズワルドさんは頷いた。
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