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カリナ・ブライン
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「さーて、今日もアイリスを愛で――教育を頑張るわよ!」
今日も今日とて教会にやってきた私。
例の訓練部屋に向かう途中で、角を曲がってきた人とぶつかりそうになった。
「わっ!」
「きゃあ!?」
慌てて私が飛びのき、ぶつかるのは防ぐことができた。
危なかった……! 転生初日にアイリスと激突したのが私の危機察知能力を上げている気がする!
「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「……」
声をかけると、無言で私を見てくる相手。
そこにいたのは桃色の髪が特徴的な、あどけない顔立ちの女性。ただし髪や化粧はガチガチに固めており、どこかしたたかな印象を受ける。
「……ぁ」
記憶にある外見だ。この女性、ミリーリアの知り合いらしい。
「あなた……カリナ・ブライン?」
「……ええ。お久しぶりです、ミリーリア様」
にっこりと笑みを浮かべるカリナ。
このカリナという女性は、ミリーリアと同い年の聖女候補だ。昨年までミリーリアが在籍していた王立学院の同級生でもあった。
ミリーリアとカリナは特に仲良くなかったようなので、あまり情報はない。
とりあえず、当たり障りのない話題を振ってみようかしら。
「ええと、カリナさんはここに聖女候補の仕事の話か何かで?」
「……ふっ」
失笑するようなカリナの吐息。
むっ……何かしらね、この馬鹿にされている雰囲気は。
「ミリーリア様。私はもう聖女候補ではありません。れっきとした聖女です」
「あ、そ、そうなの? いつの間に?」
「つい先日です。ちょうどミリーリア様と入れ替わるタイミングで」
「はー……そうだったのね」
全然知らなかった。王城勤めのお父様なら知ってたかもしれないけど。お父様の場合、聖女の座を失って落ち込んでいるミリーリアに気を遣って伏せていたのかもしれない。
そういえば新しい聖女の話は“ユーグリー・パティスリー”でも聞いてたわね。
普通に忘れてた。
「ミリーリア様は最近は何をなさっているんですか?」
「私はここで聖女候補の教育係をしているわ。教え子が可愛くて、やりがいがあるのよ」
「教育係……あは、そうですか。あのミリーリア様が、子守のような真似を。少し前までなら信じられませんでしたね」
「……何が言いたいのかしら?」
カリナの表情はあくまで上品な笑顔だけど、どこか毒があるように感じる。
というかぶっちゃけ、さっきから馬鹿にされてる気配がぷんぷんする。
「失礼しました、今日は教皇様にご挨拶に来たのです。近頃ずっと、聖女としての実力を示すために国内各地に足を運んでいましたので」
「ああ、そういえばそんなのあったわねー……」
聖女候補から聖女になった時、その実力が本物かどうか、実際に聖女としての仕事を行って周りに証明するのだ。カリナはどうやらそれを終えてきたばかりのようだ。
「ああ、そうだ!」
ぱん、と手を叩いて言うカリナ。
「ミリーリア様、もうすぐ王城でパーティーを開くのです。それにぜひミリーリア様にも参加していただきたくて!」
「パーティー? 何の?」
「私が聖女に就任したことをお伝えするためのものです」
ああ、なるほど。聖女は貴重な存在だから、新たな人物が加われば盛大に祝うのがこの国のならわしである。
「素敵な催しも用意しております。ですので、ミリーリア様にも絶対に参加してほしいんです」
素敵な催しねえ……
正直、パーティーとか面倒くさそうだから気乗りしないんだけどなあ。今はもう聖女のような重い肩書も持っていないわけだし、適当に理由をつけて欠席するのもありかもしれない。
「フェリックス様も喜ばれますわ。パーティーの中でちょっとしたイベントを考えているのですが、それは私とフェリックス様で考えたんです」
「あら、そうなの」
フェリックス殿下といえば私の婚約者である第一王子だ。
婚約の理由は、“王族は聖女の血を取り入れるべし”という掟によるもので、これは聖女が力を失っても継続される。私は事故が原因なので例外としても、聖女の力は年とともに失われていく。そのたびに王族が離婚していたら国民が動揺するからだ。
そんなフェリックス殿下が考えたイベントとなれば、参加しないわけにはいかないだろう。
「というか、カリナさんはフェリックス様と面識があったの?」
「ミリーリア様と同じく、フェリックス様も学院で同学年でしたので」
「それもそうね」
「それに、今回の私のお勤めにはフェリックス様も同行してくださったんですよ。お話する機会は多かったです」
「……へえ」
フェリックス様、婚約者が事故に遭ってから見舞いに一度も来ないと思ったら……カリナのお勤めに同行していたようだ。でも、王族が聖女の仕事に付き添う決まりはなかったような?
国の視察でも兼ねていたんだろうか。
「とにかく、ミリーリア様には必ず参加していただきたいのです」
「そうね。そこまで言われたなら断れないわ」
「もしよろしければ、教え子の聖女候補も一緒に参加していただいても構いませんよ」
「え!? 本当にいいの!?」
「は、はい。今回は参加者を多く募るつもりですので」
これは最後にいいことを聞いたわ! アイリスと一緒にパーティー……つまりおそろいのドレスを着る大義名分ができた! 正直夜会なんて面倒くさいけど、よそいきの格好をしたアイリスを見られるなら全然受け入れられる! いえむしろ大歓迎よ!
「ありがとうカリナさん。必ず参加させていただくわね」
「は、はい。それでは、また夜会にて」
「ええ!」
呆気に取られたような顔から微笑に戻ると、カリナは去っていった。
去っていくカリナを見送る私。
……と。
「……あれ?」
遠ざかっていくカリナのシルエット。
あの姿が、妙に引っかかる。
何か大切なことを忘れているような……
うーん、思い出せない。まあ、今はアイリスの夜会用の装いを考えるほうが重要だ。思い出せないことをいつまでも引きずるより、建設的なことをするとしよう。
……ちょっとだけ、気にはなるけど。
今日も今日とて教会にやってきた私。
例の訓練部屋に向かう途中で、角を曲がってきた人とぶつかりそうになった。
「わっ!」
「きゃあ!?」
慌てて私が飛びのき、ぶつかるのは防ぐことができた。
危なかった……! 転生初日にアイリスと激突したのが私の危機察知能力を上げている気がする!
「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
「……」
声をかけると、無言で私を見てくる相手。
そこにいたのは桃色の髪が特徴的な、あどけない顔立ちの女性。ただし髪や化粧はガチガチに固めており、どこかしたたかな印象を受ける。
「……ぁ」
記憶にある外見だ。この女性、ミリーリアの知り合いらしい。
「あなた……カリナ・ブライン?」
「……ええ。お久しぶりです、ミリーリア様」
にっこりと笑みを浮かべるカリナ。
このカリナという女性は、ミリーリアと同い年の聖女候補だ。昨年までミリーリアが在籍していた王立学院の同級生でもあった。
ミリーリアとカリナは特に仲良くなかったようなので、あまり情報はない。
とりあえず、当たり障りのない話題を振ってみようかしら。
「ええと、カリナさんはここに聖女候補の仕事の話か何かで?」
「……ふっ」
失笑するようなカリナの吐息。
むっ……何かしらね、この馬鹿にされている雰囲気は。
「ミリーリア様。私はもう聖女候補ではありません。れっきとした聖女です」
「あ、そ、そうなの? いつの間に?」
「つい先日です。ちょうどミリーリア様と入れ替わるタイミングで」
「はー……そうだったのね」
全然知らなかった。王城勤めのお父様なら知ってたかもしれないけど。お父様の場合、聖女の座を失って落ち込んでいるミリーリアに気を遣って伏せていたのかもしれない。
そういえば新しい聖女の話は“ユーグリー・パティスリー”でも聞いてたわね。
普通に忘れてた。
「ミリーリア様は最近は何をなさっているんですか?」
「私はここで聖女候補の教育係をしているわ。教え子が可愛くて、やりがいがあるのよ」
「教育係……あは、そうですか。あのミリーリア様が、子守のような真似を。少し前までなら信じられませんでしたね」
「……何が言いたいのかしら?」
カリナの表情はあくまで上品な笑顔だけど、どこか毒があるように感じる。
というかぶっちゃけ、さっきから馬鹿にされてる気配がぷんぷんする。
「失礼しました、今日は教皇様にご挨拶に来たのです。近頃ずっと、聖女としての実力を示すために国内各地に足を運んでいましたので」
「ああ、そういえばそんなのあったわねー……」
聖女候補から聖女になった時、その実力が本物かどうか、実際に聖女としての仕事を行って周りに証明するのだ。カリナはどうやらそれを終えてきたばかりのようだ。
「ああ、そうだ!」
ぱん、と手を叩いて言うカリナ。
「ミリーリア様、もうすぐ王城でパーティーを開くのです。それにぜひミリーリア様にも参加していただきたくて!」
「パーティー? 何の?」
「私が聖女に就任したことをお伝えするためのものです」
ああ、なるほど。聖女は貴重な存在だから、新たな人物が加われば盛大に祝うのがこの国のならわしである。
「素敵な催しも用意しております。ですので、ミリーリア様にも絶対に参加してほしいんです」
素敵な催しねえ……
正直、パーティーとか面倒くさそうだから気乗りしないんだけどなあ。今はもう聖女のような重い肩書も持っていないわけだし、適当に理由をつけて欠席するのもありかもしれない。
「フェリックス様も喜ばれますわ。パーティーの中でちょっとしたイベントを考えているのですが、それは私とフェリックス様で考えたんです」
「あら、そうなの」
フェリックス殿下といえば私の婚約者である第一王子だ。
婚約の理由は、“王族は聖女の血を取り入れるべし”という掟によるもので、これは聖女が力を失っても継続される。私は事故が原因なので例外としても、聖女の力は年とともに失われていく。そのたびに王族が離婚していたら国民が動揺するからだ。
そんなフェリックス殿下が考えたイベントとなれば、参加しないわけにはいかないだろう。
「というか、カリナさんはフェリックス様と面識があったの?」
「ミリーリア様と同じく、フェリックス様も学院で同学年でしたので」
「それもそうね」
「それに、今回の私のお勤めにはフェリックス様も同行してくださったんですよ。お話する機会は多かったです」
「……へえ」
フェリックス様、婚約者が事故に遭ってから見舞いに一度も来ないと思ったら……カリナのお勤めに同行していたようだ。でも、王族が聖女の仕事に付き添う決まりはなかったような?
国の視察でも兼ねていたんだろうか。
「とにかく、ミリーリア様には必ず参加していただきたいのです」
「そうね。そこまで言われたなら断れないわ」
「もしよろしければ、教え子の聖女候補も一緒に参加していただいても構いませんよ」
「え!? 本当にいいの!?」
「は、はい。今回は参加者を多く募るつもりですので」
これは最後にいいことを聞いたわ! アイリスと一緒にパーティー……つまりおそろいのドレスを着る大義名分ができた! 正直夜会なんて面倒くさいけど、よそいきの格好をしたアイリスを見られるなら全然受け入れられる! いえむしろ大歓迎よ!
「ありがとうカリナさん。必ず参加させていただくわね」
「は、はい。それでは、また夜会にて」
「ええ!」
呆気に取られたような顔から微笑に戻ると、カリナは去っていった。
去っていくカリナを見送る私。
……と。
「……あれ?」
遠ざかっていくカリナのシルエット。
あの姿が、妙に引っかかる。
何か大切なことを忘れているような……
うーん、思い出せない。まあ、今はアイリスの夜会用の装いを考えるほうが重要だ。思い出せないことをいつまでも引きずるより、建設的なことをするとしよう。
……ちょっとだけ、気にはなるけど。
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