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不穏なやり取り
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「――っ!」
明け方、私は悪夢にうなされて跳ね起きた。
カリナと会った日の夢だ。
「今のって……ミリーリアの記憶?」
夢の内容は、ミリーリアの記憶の中にある事故のこと。
私が転生する一か月前、ミリーリアは事故によって聖女の力の大半を失った。その事故とは、階段からの転落。聖女の務めで王城を訪れていたミリーリアは、階段から落ちて大怪我を負った。
幸い近くに他の聖女からいたから傷は治してもらったけれど、それ以降聖女の力はすさまじく弱くなってしまった。
周囲は何とかミリーリアの力を元通りにしようと奮闘するも、すべて失敗。
その後絶望したミリーリアのもとに教皇様からアイリスの教育係をするよう依頼が来て、私が転生したあの瞬間へと続いていくわけだけど――それはいいとして。
夢で見たのは事故の瞬間だ。
階段のほぼ最上部から、二十段近くある段差を真っ逆さまに落ちるというもの。
あれは事故だと思っていた。でも、一つ気になることがあった。
「……誰か、いた?」
落下しながら見上げた階段の踊り場に、女性の人影があった。
よくよく記憶を探ると、ミリーリアは階段を落ちたんじゃなくて、誰かに押されたような感覚があった。まさかあの人影にミリーリアは突き飛ばされたんだろうか?
いちおう、ミリーリアもそのことは他の人間に伝えたらしい。
しかし王太子の婚約者でもある“万能の聖女”を転落死させかねないような真似をするなんて、現実的ではないと判断された。そこに誰かいた、という目撃証言も出なかったし。
よってミリーリアが見た人影は、何かの間違いとして扱われたのだ。
ミリーリアも落下のショックで自分の記憶に自信が持てず、すぐに引き下がったらしい。
その記憶を引き継いでいる私も、今まで特に疑問を持っていなかったんだけど……
「何でこんなタイミングで思い出すのかしらねえ……」
ベッドの上で首をひねる。
特に意味はないと思いたい。
……とりあえず、二度寝しよっと。
▽
俺の名前はフォード・レオニス。
王立騎士団副団長の務めで、今は部下一人を連れて王城へとやってきている。
「副団長、最近あの方とはどうです?」
「あの方? 誰のことだ?」
茶髪が特徴の部下、ケビンがどこか面白がるような調子で言った。
「もちろんミリーリア様のことですよ。森蜘蛛の治療の一件で、お礼をしに行ったんじゃありませんでした?」
「大したことはしていないがな」
単に菓子を渡しただけだ。好みのものがわからないため、多めに持っていったらそのまま一緒に簡易的な茶会を行うことになった。聖女教育の途中で尋ねたため、場所は教会、アイリスも一緒ではあったからよかったが……あのミリーリアという女性、何を考えているのやら。
彼女には王太子というれっきとした婚約者がいる。そんな中で独身の俺を茶会に招くというのは、外聞的によろしくない行為だ。俺はともかく、向こうがいらぬ疑いをかけられなければいいが。
「街でも話しかけられてたじゃないですか」
「ただの挨拶だろう」
「……え? マジで何もないんですか?」
「お前は俺に何を言わせたい?」
「お礼にかこつけて一緒に食事とかデートとか、しなかったんですか?」
「するわけがないだろう、相手はフェリックス殿下の婚約者だぞ」
「えー……つまんなー」
「面白がるな」
単なる謝礼でどこまで妄想を広げるつもりだ。というか立場上俺が礼をするのは当然として、実際に命を救われたこいつのほうこそミリーリアに礼をするべきではないのか。
ふとケビンがこんな話をしてくる。
「そういや、なんか近々この王城でパーティーがあるらしいですね」
確かにそんな話もあった。新しい聖女が現れたというから、そのお披露目のようなものだ。
「確かに招待状は届いていたが……参加している暇はないだろうな」
「……いや、副団長は出ないとまずいでしょう。公爵家の次期当主なんですから」
「…………見合いをさんざん持って来られるのが面倒でな……」
「副団長、それ暗にモテ自慢してませんかね」
「この表情が自慢に見えるか?」
パーティーに参加すると、必ずと言っていいほど未婚の女性が山ほど話しかけにくる。公爵家に取り入ろうとするしたたかな令嬢たちだ。まともな女性ならともかく、以前の婚約者がかなり“合わなかった”ため、嬉しさなどかけらもない。
騎士団の仕事をしていたほうがマシだ。
そんな話をしながら王城の廊下を移動していると――
『――、――――、――――――――――』
『――――、――』
話し声が聞こえてきた。
視線を向けると、通路に接する中庭で女性二人が会話をしている。
どちらも修道服という、王城では珍しい組み合わせだった。片方は聖女専用の白地に金の刺繍が施されたもの。
もう片方は普通の修道服だが、胸元には聖女候補であることを示す首飾りが下がっている。
(聖女の方は……新しく聖女になった人物か。もう片方の聖女候補には見覚えはないが……こんなところで何を話している?)
「それでは、お願いしますね。ニナさん」
「はい! お任せください、カリナ様!」
「ふふ、いい返事です。聖女の力を証明する仕事は退屈でしたが、滞在先の教会であなたと出会えたことは幸運でした」
修道服の二人は、こちらに気付く様子もなく会話を続けている。聖女のほうは落ち着いた声だが、ニナと呼ばれた聖女候補は興奮気味で、声が大きくなっている。
まあ、聖女候補にとって聖女というのは憧れの的。
ああして気分が盛り上がってしまうのも仕方のないことだと――
「――ミリーリア様に鉄槌を下せるのなら、何だってします! パーティーの日が待ち遠しいですねっ!」
「……」
……今、あの聖女候補は何を言った?
ミリーリアに鉄槌を下す? パーティーの日に?
聞き間違いだろうか。問いただしに彼女たちの元に行くかわずかに迷った隙に、修道服の二人は俺たちのいる場所と反対方向に歩いていってしまった。
「どうかしました? 副団長」
黙り込んだ俺に、怪訝そうな顔を向けてくるケビン。俺は呟いた。
「……気が変わった。パーティーに参加する」
「え!? どういう気まぐれですか!?」
「少し気になることができた」
俺が言うと、ケビンは驚きで目を丸くしていた。
……まあ、王城のパーティーで滅多なことはないと思うが……念のためだ。
明け方、私は悪夢にうなされて跳ね起きた。
カリナと会った日の夢だ。
「今のって……ミリーリアの記憶?」
夢の内容は、ミリーリアの記憶の中にある事故のこと。
私が転生する一か月前、ミリーリアは事故によって聖女の力の大半を失った。その事故とは、階段からの転落。聖女の務めで王城を訪れていたミリーリアは、階段から落ちて大怪我を負った。
幸い近くに他の聖女からいたから傷は治してもらったけれど、それ以降聖女の力はすさまじく弱くなってしまった。
周囲は何とかミリーリアの力を元通りにしようと奮闘するも、すべて失敗。
その後絶望したミリーリアのもとに教皇様からアイリスの教育係をするよう依頼が来て、私が転生したあの瞬間へと続いていくわけだけど――それはいいとして。
夢で見たのは事故の瞬間だ。
階段のほぼ最上部から、二十段近くある段差を真っ逆さまに落ちるというもの。
あれは事故だと思っていた。でも、一つ気になることがあった。
「……誰か、いた?」
落下しながら見上げた階段の踊り場に、女性の人影があった。
よくよく記憶を探ると、ミリーリアは階段を落ちたんじゃなくて、誰かに押されたような感覚があった。まさかあの人影にミリーリアは突き飛ばされたんだろうか?
いちおう、ミリーリアもそのことは他の人間に伝えたらしい。
しかし王太子の婚約者でもある“万能の聖女”を転落死させかねないような真似をするなんて、現実的ではないと判断された。そこに誰かいた、という目撃証言も出なかったし。
よってミリーリアが見た人影は、何かの間違いとして扱われたのだ。
ミリーリアも落下のショックで自分の記憶に自信が持てず、すぐに引き下がったらしい。
その記憶を引き継いでいる私も、今まで特に疑問を持っていなかったんだけど……
「何でこんなタイミングで思い出すのかしらねえ……」
ベッドの上で首をひねる。
特に意味はないと思いたい。
……とりあえず、二度寝しよっと。
▽
俺の名前はフォード・レオニス。
王立騎士団副団長の務めで、今は部下一人を連れて王城へとやってきている。
「副団長、最近あの方とはどうです?」
「あの方? 誰のことだ?」
茶髪が特徴の部下、ケビンがどこか面白がるような調子で言った。
「もちろんミリーリア様のことですよ。森蜘蛛の治療の一件で、お礼をしに行ったんじゃありませんでした?」
「大したことはしていないがな」
単に菓子を渡しただけだ。好みのものがわからないため、多めに持っていったらそのまま一緒に簡易的な茶会を行うことになった。聖女教育の途中で尋ねたため、場所は教会、アイリスも一緒ではあったからよかったが……あのミリーリアという女性、何を考えているのやら。
彼女には王太子というれっきとした婚約者がいる。そんな中で独身の俺を茶会に招くというのは、外聞的によろしくない行為だ。俺はともかく、向こうがいらぬ疑いをかけられなければいいが。
「街でも話しかけられてたじゃないですか」
「ただの挨拶だろう」
「……え? マジで何もないんですか?」
「お前は俺に何を言わせたい?」
「お礼にかこつけて一緒に食事とかデートとか、しなかったんですか?」
「するわけがないだろう、相手はフェリックス殿下の婚約者だぞ」
「えー……つまんなー」
「面白がるな」
単なる謝礼でどこまで妄想を広げるつもりだ。というか立場上俺が礼をするのは当然として、実際に命を救われたこいつのほうこそミリーリアに礼をするべきではないのか。
ふとケビンがこんな話をしてくる。
「そういや、なんか近々この王城でパーティーがあるらしいですね」
確かにそんな話もあった。新しい聖女が現れたというから、そのお披露目のようなものだ。
「確かに招待状は届いていたが……参加している暇はないだろうな」
「……いや、副団長は出ないとまずいでしょう。公爵家の次期当主なんですから」
「…………見合いをさんざん持って来られるのが面倒でな……」
「副団長、それ暗にモテ自慢してませんかね」
「この表情が自慢に見えるか?」
パーティーに参加すると、必ずと言っていいほど未婚の女性が山ほど話しかけにくる。公爵家に取り入ろうとするしたたかな令嬢たちだ。まともな女性ならともかく、以前の婚約者がかなり“合わなかった”ため、嬉しさなどかけらもない。
騎士団の仕事をしていたほうがマシだ。
そんな話をしながら王城の廊下を移動していると――
『――、――――、――――――――――』
『――――、――』
話し声が聞こえてきた。
視線を向けると、通路に接する中庭で女性二人が会話をしている。
どちらも修道服という、王城では珍しい組み合わせだった。片方は聖女専用の白地に金の刺繍が施されたもの。
もう片方は普通の修道服だが、胸元には聖女候補であることを示す首飾りが下がっている。
(聖女の方は……新しく聖女になった人物か。もう片方の聖女候補には見覚えはないが……こんなところで何を話している?)
「それでは、お願いしますね。ニナさん」
「はい! お任せください、カリナ様!」
「ふふ、いい返事です。聖女の力を証明する仕事は退屈でしたが、滞在先の教会であなたと出会えたことは幸運でした」
修道服の二人は、こちらに気付く様子もなく会話を続けている。聖女のほうは落ち着いた声だが、ニナと呼ばれた聖女候補は興奮気味で、声が大きくなっている。
まあ、聖女候補にとって聖女というのは憧れの的。
ああして気分が盛り上がってしまうのも仕方のないことだと――
「――ミリーリア様に鉄槌を下せるのなら、何だってします! パーティーの日が待ち遠しいですねっ!」
「……」
……今、あの聖女候補は何を言った?
ミリーリアに鉄槌を下す? パーティーの日に?
聞き間違いだろうか。問いただしに彼女たちの元に行くかわずかに迷った隙に、修道服の二人は俺たちのいる場所と反対方向に歩いていってしまった。
「どうかしました? 副団長」
黙り込んだ俺に、怪訝そうな顔を向けてくるケビン。俺は呟いた。
「……気が変わった。パーティーに参加する」
「え!? どういう気まぐれですか!?」
「少し気になることができた」
俺が言うと、ケビンは驚きで目を丸くしていた。
……まあ、王城のパーティーで滅多なことはないと思うが……念のためだ。
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