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2.Ω嫌いのαと、Ωになりたくないβ編

2-7:Ω嫌いのαと、Ωになりたくないβ編7

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「本当はΩ転換を治す手段なんて存在しないんでしょ。いいよ、薄々分かってた」
「大人しくしていれば、仕事は斡旋いたしますよ。帰るところもないでしょうから」

 覆い被さってくる美しい男は、俺の髪を撫でながらそっと囁いてくる。
 完全に足元を見た発言だが、居場所を失った俺には魅力的な提案だ。

(それに性行為は初めてじゃないから、抵抗感は薄い。けど暴力はないといいなぁ)

 初体験は好きな人に捧げられたし、行為自体も知っているから怖くはない。
 相手が優しいとは限らないけど、商品だから丁重には扱われるだろう。

(籠理さんを一人にしちゃうけど、新しい相手はすぐに見つかるだろうし)

 もう思い悩んでから時間が経っているから、彼への未練も最小限で済む。
 けれど感傷に浸る時間はなく、頭を掴まれてうつ伏せに寝かされた。

「あぁでもその前に、番契約をしておかなければなりませんね」

 うなじに冷たい手が触れ、素肌が晒される感触に余裕ぶった思考を奪われる。
 けれどそれ以上に、特別な繋がりを奪われる恐怖が脳を支配した。

「やだ、首輪と包帯外さないでよ! うなじ、出したくない! うあっ、怖い!!」
「下手な客と番ってしまってもいいのですか。先に繋げておく方が身の為ですよ」

 半狂乱になった訴えは、現実的で無慈悲な言葉で切り捨てられる。
 細身だと思ってた彼はαらしく、俺を簡単に組み伏せた。

「私が噛んで、番関係を保持します。これで客に強要されることはありません」
「それでもやだっ! うあ、あぁ――――――――っ!」

 必死の抵抗も虚しく、首筋をべろりと舐められ、鋭い歯がうなじを噛み千切った。
 痛みに叫ぶ俺に気を良くしたのか、彼は何度も歯を立てては血を啜っている。

 ――けれど不意にフロアの雰囲気が変わり、俺を虐げていた男は顔を上げた。

「ふふ、この瞬間は何度味わっても飽きな、……? なんです、このフェロモンは」
(施設全体が、αのフェロモンで押し潰されそうになってる。でもこれって)

 雑多なフェロモンが混ざり合う空気を、香水のような甘い香りが塗り替える。
 それは嗅ぎ慣れたものではあったが、俺が知るものより攻撃的な印象を抱かせた。

「……ここにいたんですね、狭間くん。探しましたよ」
「籠理さん、どうしてここが分かったの」

 踏み荒らすような足音と悲鳴が聞こえた後、カーテンが引き裂かれるように開く。
 布の隙間から籠理さんが姿を現し、その背後には黒服たちが倒れ伏していた。

「ご友人が連絡をくれたんです。場所を移動していたので、手間取りましたが」
「入り口の見張りは、フェロモンで潰されたようですね。厄介な」

 スマホを振る籠理さんに対して、相談員の男が苦々しく呟きながら立ち上がる。
 店内用音楽だけが虚しく響き渡り、悲鳴も喘ぎ声も聞こえなくなっていた。

「か弱い方々でしたね。でも彼を帰してくれれば、事を荒立てる気は」
(あ、籠理さん察したな。遂に見つかっちゃった)

 相談員の口には、俺の首をべったりと染め上げる赤が付着している。
 籠理さんはひゅっと短く息を吸い、……大きく目を見開いた。

「その子の、うなじを噛んだのですか。狭間くんと番関係を、」
「っまだ番にはなっていません! 彼は半端なβだから」

 明らかに雰囲気が変わった籠理さんに、相談員は言い訳がましく言葉を重ねる。
 けれど男の言葉は耳を傾けられることなく、たった一言で潰された。

「――――うるさい」

 別に殴ったり声を荒げたわけじゃない、それに相談員もΩじゃない。
 なのに籠理さんの言葉とフェロモンで、場が完全に制圧される。

「っう、ぁ!? 息が、できな」

 酸欠を引き起こすような濃い匂いが、強制的に相談員の意識を刈り取った。
 同時に俺も影響され、この人に抱かれたいと体の奥が疼き出す。

(やっぱり籠理さん、αの力が強いな。だからこそ、引きこもってたんだろうけど)

 普段は抑えられているが、制御を手放した瞬間に圧倒的な支配者として君臨する。
 穏やかで弱々しい雰囲気は霧散し、同族すらも跪かせる苛烈さが露わになった。

「狭間くん、病院に行きますよ。フェロモンのバランスが滅茶苦茶になってます」
「……俺、身売りの真似したのに気持ち悪くないの。しかもΩなのに」

 そして気絶した相談員に目も向けず、籠理さんはシーツで包んだ俺を抱き上げた。
 けれど俺は捨てられると思っていたから、どうにも居心地が悪くて仕方ない。

「気持ち悪いなんて、思うわけないですよ。そもそも、元の原因は私でしょう」
「違う。ここに来たのは、俺が勝手にやったことだよ」

 きっかけは籠理さんとの性行為かもしれないが、彼のせいにはしたくなかった。
 だって俺は抱かれたことに、少しの後悔も感じていない。

(性処理をしている間、俺は間違いなく満たされていた。それを否定なんかしない)

 俺が感じていた幸福を間違ってたとは、籠理さんにも言わせない。
 けれど一人で抱え込もうとする俺に対して、彼は静かに首を振る。

「そんなこと言わないで、貴方はなにも悪くない。……私を、責めるべきです」

 籠理さんは苦しげに言葉を詰まらせ、俺をシーツごと強く抱きしめてきた。
 布越しに感じる心臓の音は早く、彼の切羽詰まった感情が伝わってくる。

「でも「私のせいだって、言ってください。お願いだから、責任を取らせて」」

 籠理さんは言葉を遮ると、哀願するように俺の肩に顔を埋めた。
 けれど俺もうまい答え方が見つからず、視線を逸らすしかない。

 ……結局会話は完結しないまま、俺は病院に送られることになった。
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