15 / 19
3.Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編
3-1:Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編1
しおりを挟む病院には籠理さんが連絡してくれ、俺は待ち時間なく診察室に通された。
αが一緒だと勝手に便宜が図られ、強い格差社会を実感する。
「彼はまだβ因子が強いので、番関係は成立してません。だから痛みを感じてます」
「良かっ、た。いや良くはないか、狭間くんが苦しんでるのに」
隣では籠理さんと医師が話し込んでいて、俺はぼんやりとそれを聞き流していた。
この数日で色々ありすぎて、もはや考える頭も気力も残されてはいない。
「体内バランスが崩れているので、絶対安静にしてください。薬もお出しします」
「そこまでの状態なのに、入院は必要ないんですか」
俺の状態を見た籠理さんは、病院で療養することになると考えてたのだろう。
しかしこの世界の保護対象は基本Ωであり、転換途中でもβの優先順位は低い。
「残念ながら、βの方だと病床を取るのは難しいんですよ。ここに限らず」
(αが一緒にいても引かない。逼迫してること自体は、嘘じゃないのか)
診察順程度なら融通されるが、入院になるとαつきでも厳しくなるらしい。
それに籠理さんは穏やかな保護者に見えるし、俺は治療を終えていた。
(となると、αに捨てられたΩとかが優先になるよなぁ。俺はまだ救われてる)
待合室にいたΩは一人で震えている者が多く、番持ちには鋭い視線を向けていた。
専用の隔離室に入るまでの一瞬であっても、妬みが渦巻いたのを覚えている。
「……じゃあ狭間くん、うちに来てくれませんか。不安でしょうけど」
「籠理さんがいいなら、しばらくお世話になりたいかな」
いつの間にか医者との話は終わったようで、籠理さんが俺を覗き込んでいた。
申し訳なさそうな彼に対し、今度こそ俺も素直に頷くしかない。
(他に行けるところないし、一人だと逆に迷惑が掛かる。今は大人しくしていよう)
Ω転換の治療薬がないと分かった今、もう完全なΩに変異するのを待つしかない。
逆に言えばそれで施設に入れるから、少しだけ籠理さんには我慢してもらおう。
たった数日離れていただけなのに、籠理さんの家に戻ると安心感が体を満たす。
ここで暮らし始めた当初は、自分に不釣り合いだと感じて馴染めなかったのに。
(俺の持ち物が全部残ってるし、他の人の気配もない。誰も呼ばなかったのかな)
日当たりの良い位置に置かれたビースクッション、手触りが好きな膝掛け毛布。
俺の為に籠理さんが用意してくれたものは、全部定位置に置かれていた。
(でもこれで嬉しくなる俺も、どうかしてる。恋人でも番でもないのに)
身の程をわきまえようと思っても、居場所が残されていると心が浮かれる。
それに俺を見る籠理さんの表情が、緩みきっているから余計に。
「やっぱり狭間くんがいると、嬉しくなりますね。どの面下げてって感じですけど」
「そういうこと言わないでよ。俺、容体が安定したら出ていくのに」
けれど俺が突っぱねるように遮ると、籠理さんは眉尻を下げて悲しそうに俯く。
伸ばされていた腕はどこにも届かず、行き場を失って降ろされた。
「狭間くん、「籠理さん、新しいβ探しなよ。今度はΩ転換しないようにしてさ」」
施設に入ったら俺は、二度と籠理さんと会わないようにするつもりだった。
だって彼を縛り付けるのは嫌だったし、もう性行為による発散も手伝えない。
「……やっぱり、私が嫌いになってしまいましたか。当然、でしょうけど」
「そうじゃなくて、Ω転換を止める方法がないからだよ。嫌いになんかなってない」
籠理さんの声が沈むのを聞いて胸が痛むけど、決意を撤回する気はなかった。
彼は愛情深いから急に放り出すことはしない、でも俺だって負担を強いたくない。
「罪悪感は持たないで。体を許したのは俺で、お互いΩ転換なんて知らなかった」
「確かに知識はなかったですけど、貴方をそうしたのは私なんですよ!?」
籠理さんに責任などないと伝えているはずなのに、彼は酷く動揺していた。
俺の肩を強く掴み、怯え切った表情でこちらを見つめている。
――けれどここで絆されてはいけない、もう充分に愛してもらったのだから。
(口では嫌いにならないって言ってるけど、本心なんて分からないし)
フェロモンの分泌は制御が難しく、否応なしにΩは定期的な発情でαを誘惑する。
籠理さんはそれをなにより嫌うが、もう俺はその領域に足を突っ込み掛けていた。
(それにこの関係も、正しい相手に返さないといけない)
でも捨てられるのは耐えられないから、円満に終わらせて傷を浅くしたかった。
籠理さんは内向的だけど優しいから、俺以外の相手だって見つかるはずだし。
「俺は完全なΩになれば保護されるし、大丈夫。お願いだから、無理しないで」
「違う、無理なんかしてません。それどころか私は、この状況を望んでいたんです」
諭そうとする俺の肩に縋りついて、籠理さんは悲痛に声を滲ませて声を荒げる。
――けれどちょっと待って、今、彼はなんて言った?
「……どういうこと。籠理さん、Ω嫌いって言ってたのは嘘だったの?」
「Ω嫌いは本当です。でも、貴方は違う」
今度は俺の方が狼狽える番で、その隙を突いて籠理さんが俺の体を押し倒した。
踏ん張ろうとした足は絨毯に絡め取られ、簡単に動きを封じられてしまう。
「そもそもΩ転換は、αの精を受け入れるだけでは発生し得ないんだそうです」
221
お気に入りに追加
514
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
もうすぐ死ぬから、ビッチと思われても兄の恋人に抱いてもらいたい
カミヤルイ
BL
花影(かえい)病──肺の内部に花の形の腫瘍ができる病気で、原因は他者への強い思慕だと言われている。
主人公は花影症を患い、死の宣告を受けた。そして思った。
「ビッチと思われてもいいから、ずっと好きだった双子の兄の恋人で幼馴染に抱かれたい」と。
*受けは死にません。ハッピーエンドでごく軽いざまぁ要素があります。
*設定はゆるいです。さらりとお読みください。
*花影病は独自設定です。
*表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217 からプレゼントしていただきました✨
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる