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3.Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編

3-1:Ω嫌いのαと、Ωになることを受け入れたβ編1

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 病院には籠理さんが連絡してくれ、俺は待ち時間なく診察室に通された。
 αが一緒だと勝手に便宜が図られ、強い格差社会を実感する。

「彼はまだβ因子が強いので、番関係は成立してません。だから痛みを感じてます」
「良かっ、た。いや良くはないか、狭間くんが苦しんでるのに」

 隣では籠理さんと医師が話し込んでいて、俺はぼんやりとそれを聞き流していた。
 この数日で色々ありすぎて、もはや考える頭も気力も残されてはいない。

「体内バランスが崩れているので、絶対安静にしてください。薬もお出しします」
「そこまでの状態なのに、入院は必要ないんですか」

 俺の状態を見た籠理さんは、病院で療養することになると考えてたのだろう。
 しかしこの世界の保護対象は基本Ωであり、転換途中でもβの優先順位は低い。

「残念ながら、βの方だと病床を取るのは難しいんですよ。ここに限らず」
(αが一緒にいても引かない。逼迫してること自体は、嘘じゃないのか)

 診察順程度なら融通されるが、入院になるとαつきでも厳しくなるらしい。
 それに籠理さんは穏やかな保護者に見えるし、俺は治療を終えていた。

(となると、αに捨てられたΩとかが優先になるよなぁ。俺はまだ救われてる)

 待合室にいたΩは一人で震えている者が多く、番持ちには鋭い視線を向けていた。
 専用の隔離室に入るまでの一瞬であっても、妬みが渦巻いたのを覚えている。

「……じゃあ狭間くん、うちに来てくれませんか。不安でしょうけど」
「籠理さんがいいなら、しばらくお世話になりたいかな」

 いつの間にか医者との話は終わったようで、籠理さんが俺を覗き込んでいた。
 申し訳なさそうな彼に対し、今度こそ俺も素直に頷くしかない。

(他に行けるところないし、一人だと逆に迷惑が掛かる。今は大人しくしていよう)

 Ω転換の治療薬がないと分かった今、もう完全なΩに変異するのを待つしかない。
 逆に言えばそれで施設に入れるから、少しだけ籠理さんには我慢してもらおう。



 たった数日離れていただけなのに、籠理さんの家に戻ると安心感が体を満たす。
 ここで暮らし始めた当初は、自分に不釣り合いだと感じて馴染めなかったのに。

(俺の持ち物が全部残ってるし、他の人の気配もない。誰も呼ばなかったのかな)

 日当たりの良い位置に置かれたビースクッション、手触りが好きな膝掛け毛布。
 俺の為に籠理さんが用意してくれたものは、全部定位置に置かれていた。

(でもこれで嬉しくなる俺も、どうかしてる。恋人でも番でもないのに)

 身の程をわきまえようと思っても、居場所が残されていると心が浮かれる。
 それに俺を見る籠理さんの表情が、緩みきっているから余計に。

「やっぱり狭間くんがいると、嬉しくなりますね。どの面下げてって感じですけど」
「そういうこと言わないでよ。俺、容体が安定したら出ていくのに」

 けれど俺が突っぱねるように遮ると、籠理さんは眉尻を下げて悲しそうに俯く。
 伸ばされていた腕はどこにも届かず、行き場を失って降ろされた。

「狭間くん、「籠理さん、新しいβ探しなよ。今度はΩ転換しないようにしてさ」」

 施設に入ったら俺は、二度と籠理さんと会わないようにするつもりだった。
 だって彼を縛り付けるのは嫌だったし、もう性行為による発散も手伝えない。

「……やっぱり、私が嫌いになってしまいましたか。当然、でしょうけど」
「そうじゃなくて、Ω転換を止める方法がないからだよ。嫌いになんかなってない」

 籠理さんの声が沈むのを聞いて胸が痛むけど、決意を撤回する気はなかった。
 彼は愛情深いから急に放り出すことはしない、でも俺だって負担を強いたくない。

「罪悪感は持たないで。体を許したのは俺で、お互いΩ転換なんて知らなかった」
「確かに知識はなかったですけど、貴方をそうしたのは私なんですよ!?」

 籠理さんに責任などないと伝えているはずなのに、彼は酷く動揺していた。
 俺の肩を強く掴み、怯え切った表情でこちらを見つめている。

 ――けれどここで絆されてはいけない、もう充分に愛してもらったのだから。

(口では嫌いにならないって言ってるけど、本心なんて分からないし)

 フェロモンの分泌は制御が難しく、否応なしにΩは定期的な発情でαを誘惑する。
 籠理さんはそれをなにより嫌うが、もう俺はその領域に足を突っ込み掛けていた。

(それにこの関係も、正しい相手に返さないといけない)

 でも捨てられるのは耐えられないから、円満に終わらせて傷を浅くしたかった。
 籠理さんは内向的だけど優しいから、俺以外の相手だって見つかるはずだし。

「俺は完全なΩになれば保護されるし、大丈夫。お願いだから、無理しないで」
「違う、無理なんかしてません。それどころか私は、この状況を望んでいたんです」

 諭そうとする俺の肩に縋りついて、籠理さんは悲痛に声を滲ませて声を荒げる。
 ――けれどちょっと待って、今、彼はなんて言った?

「……どういうこと。籠理さん、Ω嫌いって言ってたのは嘘だったの?」
「Ω嫌いは本当です。でも、貴方は違う」

 今度は俺の方が狼狽える番で、その隙を突いて籠理さんが俺の体を押し倒した。
 踏ん張ろうとした足は絨毯に絡め取られ、簡単に動きを封じられてしまう。

「そもそもΩ転換は、αの精を受け入れるだけでは発生し得ないんだそうです」
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