上 下
3 / 28

龍神との出会い

しおりを挟む
 さらに奥へと進めそうな道は限られていて、迷うことはなかった。これまでの道でも思ったことだが、手つかずの山のようでいてなんとなく人の通る道筋がある場所だとフェイは思った。
 暫く歩いた先に見えたのは、少し開けた湖だった。空が少し広く見える、歩いてきた道よりも明るいところだ。

「綺麗なところ……」
 美しい水辺にうつる花嫁衣装の真っ白い羽織がなんだか場違いに見えた。フェイは少し恥ずかしくなったが、ここで脱ぐわけにもいかない。

 歩き疲れた足を休めるのに適当な木の根に腰掛ける。ふう、とひと息つくと、さわさわと涼しい風が吹いてくる。
 思わずその気持ちよさに目を閉じると、自分という存在は森の中に溶けて消えたような気持ちになった。


「お前が私の妻となる者か?」

突然聞こえた声に驚き目を開くと、何の音もしなかったはずなのに、フェイの目の前には真っ白く美しい龍が居た。

「……あなたが、龍神様?」
「人はそう呼ぶ」
 龍は湖の上にふわふわと浮き、じっとこちらを見つめていた。よく見ると体表はなめらかな鱗で覆われていて、淡く光っている。柔らかな白い光が水面に反射するのが眩しいが美しい。
 フェイは楽に座っていた姿勢からその場に跪き、頭を下げる。
「御目通り感謝いたします。フェイと申します。龍神様の妻となるために参りました」
「…………ふむ」

 龍は声とも溜め息ともとれぬ音を発してしばしフェイを見つめていたが、ふいにその長い身体を翻したかと思うとフェイのすぐ目の前に近寄ってきた。

「おいで、私の背に乗りなさい」
「……よろしいのですか?」
「? 私がそうしなさいと言うのだ」
「お、仰せの通りに」
 戸惑うフェイは龍の言う通りにその広い背に乗りあげる。
「落としはしないが、人を乗せるのは久方ぶりだ。きちんと掴まっていなさい」
「はい」

 フェイは龍の身体のどこと呼ぶ場所なのかもわからぬが、首元から伸びる毛のような部分を掴む。痛くはないかと心配したが、人の手でどうこうできるような強度ではないと触って理解した。
 ふわりと浮かび上がり、空を泳ぐように飛翔する龍に乗る感覚はこれまでにないものだった。少し怖いが、こんな場所から外の世界を見渡すのは初めてだし、白き龍はすぐそばで見ても美しく、フェイは恐怖よりも知らないものに触れることに胸が高鳴った。

 少しすると、山間に建つ小ぶりな屋敷のようなものが見えた。それは造りはかなり古いもののようだったが、やけに綺麗だった。
 屋敷の前に着くと、龍はそっとフェイを降ろしてくれた。

「……ここは?」
「私たちが住むところだよ。私は普段あまりここを使わないが、昔から嫁いできた者たちと過ごすために使われている屋敷だ」
「……驚きました。山の中にこんな立派な屋敷があるとは」
「中にお入り」

 龍はそう言ってから、自分が入れないことを思い出してハッとしたようだった。人のために作られたようなそこは、門は広いものの中は龍が過ごすには小さいだろう。
「……ふむ、久しぶりなので忘れていた。おまえ、目を覆っていなさい」

 龍はそう言うと、フェイは素直に袖で目を覆う。そうしていてもわかるくらいに眩しく光ったかと思うと、龍が「もういいよ」と言ったときにはもう彼はなんと、人の姿に変わっていた。
「龍神様は、人になれるのですね」
「ああ。私は変化があまり得意でないから、半端な姿になってしまうが」
 確かに龍の言う通りその姿は完全な人間ではなく、するりと伸びた角がそのままになっているし、髪は人のそれとは違った質感の毛だった。喉や手などに鱗の名残があるし、肌は人肌とは違いなめらかでしっとりとしているようだ。
「どちらの御姿もお美しいです」
「そうか」
 龍は部屋の中にフェイを連れて入り、適当に座るように促した。


「フェイと言ったか」
「はい」
「フェイは人ではないのか?」
「いいえ、人と人の間に産まれましたので……この角は、突然変異としか言えず、私に特別な力はございません。ただの人です」
「それは、私のものによく似ている」
「確かに、そうですね」

 フェイの右額にある白い角は、龍神のものとよく似ていた。大人になるにつれ長く太く伸びてきていたが、龍神と比べると小ぶりなものだと思える。

「人の子にそのような変化が見られるのは、昨今では珍しかろう」
「はい。かつては稀に見られたとか」
「そうだな。私や他の精霊たちと人間がまだ親しくしていた頃にはよくあることだった。本当に始めの頃は、私たちに境はなかったから」
 この龍はいったいどれほど長く生きているのだろう。フェイは思った。

「人が龍を神として境ができた。種族は離れていき、次第に龍は畏怖の対象となり、今がある。そんな世においてその姿では苦労をしただろう」
「……大変なことがなかったと言えば嘘になります。けれど、よいこともたくさんありました」
「……ふむ、ならば良かった」

 フェイは龍を見たのは初めてで、けれど今こうして向かい合って話しているのが不思議だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

不変故事ー決して物語を変えるなー

紅野じる
BL
「転生モノ中華BL小説が好き」と患者に打ち明けられた精神科医の藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は、患者の心を理解するために読んだ中華BL小説の中に転生してしまう。 しかし、その物語は”完結済み”であり、案内役のシステムから「世界を改変し崩壊させるとあなたは現実でも死にます」と告げられる。 藍宇軒(ラン・ユーシュエン)は精神科医という経験と、転生前に読みまくった中華BL小説の知識で、なんとか物語崩壊ルートを回避しながら、任務遂行を目指す…! 人間化システム×精神科医のお話です。ゆっくり更新いたします。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※本作はちいさい子と青年のほんのりストーリが軸なので、過激な描写は控えています。バトルシーンが多めなので(矛盾)怪我をしている描写もあります。苦手な方はご注意ください。 『BL短編』の方に、この作品のキャラクターの挿絵を投稿してあります。自作です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

死にたがりの黒豹王子は、婚約破棄されて捨てられた令嬢を妻にしたい 【ネコ科王子の手なずけ方】

鷹凪きら
恋愛
婚約破棄されてやっと自由になれたのに、今度は王子の婚約者!? 幼馴染の侯爵から地味で華がない顔だと罵られ、伯爵令嬢スーリアは捨てられる。 彼女にとって、それは好機だった。 「お父さま、お母さま、わたし庭師になります!」 幼いころからの夢を叶え、理想の職場で、理想のスローライフを送り始めたスーリアだったが、ひとりの騎士の青年と知り合う。 身分を隠し平民として働くスーリアのもとに、彼はなぜか頻繁に会いにやってきた。 いつの間にか抱いていた恋心に翻弄されるなか、参加した夜会で出くわしてしまう。 この国の第二王子としてその場にいた、騎士の青年と――  ※シリーズものですが、主人公が変わっているので単体で読めます。

この恋は無双

ぽめた
BL
 タリュスティン・マクヴィス。愛称タリュス。十四歳の少年。とてつもない美貌の持ち主だが本人に自覚がなく、よく女の子に間違われて困るなぁ程度の認識で軽率に他人を魅了してしまう顔面兵器。  サークス・イグニシオン。愛称サーク(ただしタリュスにしか呼ばせない)。万年二十五歳の成人男性。世界に四人しかいない白金と呼ばれる称号を持つ優れた魔術師。身分に関係なく他人には態度が悪い。  とある平和な国に居を構え、相棒として共に暮らしていた二人が辿る、比類なき恋の行方は。 *←少し性的な表現を含みます。 苦手な方、15歳未満の方は閲覧を避けてくださいね。

処理中です...