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Get So Hell?
後編6
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“必死に生きる”とは、随分不安定な言葉だ。必ず死ぬように生きる。確かに、そうなのだが。
覚えているのは…檀家にはそれぞれ籍の証明として一筆を残した…筈、閉めの手続きを考えると。台帳は手元にあった。
きっとすぐに、故人や屋号の照合の手続きが済んだ筈だ。
数々、あったことやしてきたことは覚えているが、気付けばいつの間にか関わった人物や細かな記憶がどうにも、ごっそり抜けている期間があると…実は最近気付き始めている。
こう、後悔する面が見つかる度より確信に変わってきていて。
西郷も木戸も見て“わかった”。ただそれだけで、話していても沖田の顔もピンとくるような来ないような、土方の顔なんて全く覚えていないような。
単純に年月が経ったからかもしれないけれど…北海道での開拓すらいつの間にかやっていた。
時間がない方が却って良かったのかもしれないと、朱鷺貴はまだ迷いながらひとまずはと、進み悪く善福寺に向かう。
…あぁ、あれ、本気でどこだ…ただ、少し先が明らかに拓けている…いや、どちらかと言えば前より…そうだ、建物の配置具合が一気に変わった。
もしや、と思い当たったら早かった。
寺は、坂の上にある。あぁそうか、道の整備をしたのだろうな、昔は「小山」の印象だった。
辺りは田畑と、景観に似つかわしくないレンガ造りのお堅そうな建物がポツポツとある。
あぁ、多分、あの寺だ。
無心に歩くことにも、どうやら慣れていたようだ。
石段が見え、いや、かなり疲れたぞと一度座った。流石に登るのには覚悟がいる歳になったものだ…と一息吐いてはっと周りを見渡した。
──白昼、記憶にある風景とは少し違う、あの空き家すらなくなったみたいだが、まるで時が止まってしまった寺の空気に、そうか、自分はかつてここにいたのかと、妙な気持ちになる。
……詳しくは聞いていないが確か嫁さんは…父親と住職の世話をしていた。
…多分、そう。
悲しい現実が待っていると思う。
この寺にいるのだろうな。父親がここに葬られているのだから。
死後の世界があるとする。だとしたら皆は今逢えているだろうか、だなんて…くだらないな。
そんなものは関係がなくなってしまった事情だ。虚空とはそういうものである。だから、人は答えを求められず与えられもしない。
“悟り”はただの折り合い、幻想だ。人により様々で乖離がある。
そんな場所。
急ぐことはない。
少し散歩しよう。
『 城下の、川沿いの桜が満開だそうで。川を花が流れて行くんがええと』
広大な池。今は薄い氷が張っている。
『わては川よりも、池の方が好きですよと言うたんですけどね』
……そんなようなことを言っていた。花弁が川を流れる様を、三途の川のようで嫌だとかなんだとか…。
あの時、自分がなんと返事をしたか、全く覚えていない。しなかったような気もする。
不思議だ。
池は寒々と見える。まわりは白く大きな池で、春には桜が流れるような綺麗な場所…。
こうしてゆっくり眺めたのは、どうだったかな、初めてなような気さえする。多分、本当は何気なく見ているはずなのに。
桜の季節まで、もう少し。
翡翠は最期、どうだったか…。
嫁さんに逢えたのだろうか。死に目はきっと…沖田が近藤の死を知れなかったように…。
時を忘れそうになる。
…戻るか。
背にしてまた石段が視界に入り気付く。
覚悟?なんの覚悟だというのか。多分今この景色を見ようと思ったのは一瞬の心の逃げだ。
戦争には必ず、後悔をする。いつの日だったかこう考えた道中があった。ここ数日で更に身に染みた。
そうやって自分と戦ったのだ…あいつも、誰も彼も生者も死者も。
実の所誰がどうなったのか、大まかにしか知らない。誰の死に目も見ていないし、北海道を発つ時の土方の石碑すら、噂でしかない、隠された真実であり、あそこが有力だと言うだけ。
でも…天性の勘か、不思議と自分は探し当ててしまう…ことがある、ような。
あそこにはなんとなく、死の力を感じた。
いざ目の前にして衝撃を受けるのは、生者を目の前にした時ばかり。つまり、坊主はこじつけしかしない。本当に恐ろしいのは、一見なのだ。
…等という迷い、柵、それは幻想…自分の産物だから。
捨てよう。あの鉄扇のように。
一息吐いたらうん、空気が確かに綺麗なんだな、この場所は。
昔は“宗派”だなんだと、鉛のように体が重くなったもんだが…あぁ、歩きまくったしな、石段キツ…。
途中で一回煙管を吸った。あぁこんな景色、あったような気がする。
何も変わらないけれど、変わるとしたら。
…考えてなかった。やはり今“必死で生きている”。
しかし、どうして重く感じるのだろう。ただ、挨拶し損ねてるというだけなのに。歳だ、そう。変に考えるな。
これが終わればまた政府に戻る。
考えれば「仕方なし」とまた数段登ると───。
賽銭箱の向こう、本堂の側に…尼さんが見える。
あれ?
ちょっと待て、曹洞宗、いくらなんでもそんなに自由じゃ…。
尼さんの側で歩く…あぁ、あれ、文のやり取りをしていた…確か“清生”さんだっけ、うわぁ、年数を感じるけど側にいるその尼さんって……。
「…南條…さん?でしょうか!?」
やっぱりか。
「…ト」
ん?
清生は一度その尼さんの方へ振り向く。
それに尼さんはふと目を伏せ、去るように見せ掛けるが、清生がこちらに来るのを見て去るのをやめたらしい。
立ち尽くしてしまった。
覚えているのは…檀家にはそれぞれ籍の証明として一筆を残した…筈、閉めの手続きを考えると。台帳は手元にあった。
きっとすぐに、故人や屋号の照合の手続きが済んだ筈だ。
数々、あったことやしてきたことは覚えているが、気付けばいつの間にか関わった人物や細かな記憶がどうにも、ごっそり抜けている期間があると…実は最近気付き始めている。
こう、後悔する面が見つかる度より確信に変わってきていて。
西郷も木戸も見て“わかった”。ただそれだけで、話していても沖田の顔もピンとくるような来ないような、土方の顔なんて全く覚えていないような。
単純に年月が経ったからかもしれないけれど…北海道での開拓すらいつの間にかやっていた。
時間がない方が却って良かったのかもしれないと、朱鷺貴はまだ迷いながらひとまずはと、進み悪く善福寺に向かう。
…あぁ、あれ、本気でどこだ…ただ、少し先が明らかに拓けている…いや、どちらかと言えば前より…そうだ、建物の配置具合が一気に変わった。
もしや、と思い当たったら早かった。
寺は、坂の上にある。あぁそうか、道の整備をしたのだろうな、昔は「小山」の印象だった。
辺りは田畑と、景観に似つかわしくないレンガ造りのお堅そうな建物がポツポツとある。
あぁ、多分、あの寺だ。
無心に歩くことにも、どうやら慣れていたようだ。
石段が見え、いや、かなり疲れたぞと一度座った。流石に登るのには覚悟がいる歳になったものだ…と一息吐いてはっと周りを見渡した。
──白昼、記憶にある風景とは少し違う、あの空き家すらなくなったみたいだが、まるで時が止まってしまった寺の空気に、そうか、自分はかつてここにいたのかと、妙な気持ちになる。
……詳しくは聞いていないが確か嫁さんは…父親と住職の世話をしていた。
…多分、そう。
悲しい現実が待っていると思う。
この寺にいるのだろうな。父親がここに葬られているのだから。
死後の世界があるとする。だとしたら皆は今逢えているだろうか、だなんて…くだらないな。
そんなものは関係がなくなってしまった事情だ。虚空とはそういうものである。だから、人は答えを求められず与えられもしない。
“悟り”はただの折り合い、幻想だ。人により様々で乖離がある。
そんな場所。
急ぐことはない。
少し散歩しよう。
『 城下の、川沿いの桜が満開だそうで。川を花が流れて行くんがええと』
広大な池。今は薄い氷が張っている。
『わては川よりも、池の方が好きですよと言うたんですけどね』
……そんなようなことを言っていた。花弁が川を流れる様を、三途の川のようで嫌だとかなんだとか…。
あの時、自分がなんと返事をしたか、全く覚えていない。しなかったような気もする。
不思議だ。
池は寒々と見える。まわりは白く大きな池で、春には桜が流れるような綺麗な場所…。
こうしてゆっくり眺めたのは、どうだったかな、初めてなような気さえする。多分、本当は何気なく見ているはずなのに。
桜の季節まで、もう少し。
翡翠は最期、どうだったか…。
嫁さんに逢えたのだろうか。死に目はきっと…沖田が近藤の死を知れなかったように…。
時を忘れそうになる。
…戻るか。
背にしてまた石段が視界に入り気付く。
覚悟?なんの覚悟だというのか。多分今この景色を見ようと思ったのは一瞬の心の逃げだ。
戦争には必ず、後悔をする。いつの日だったかこう考えた道中があった。ここ数日で更に身に染みた。
そうやって自分と戦ったのだ…あいつも、誰も彼も生者も死者も。
実の所誰がどうなったのか、大まかにしか知らない。誰の死に目も見ていないし、北海道を発つ時の土方の石碑すら、噂でしかない、隠された真実であり、あそこが有力だと言うだけ。
でも…天性の勘か、不思議と自分は探し当ててしまう…ことがある、ような。
あそこにはなんとなく、死の力を感じた。
いざ目の前にして衝撃を受けるのは、生者を目の前にした時ばかり。つまり、坊主はこじつけしかしない。本当に恐ろしいのは、一見なのだ。
…等という迷い、柵、それは幻想…自分の産物だから。
捨てよう。あの鉄扇のように。
一息吐いたらうん、空気が確かに綺麗なんだな、この場所は。
昔は“宗派”だなんだと、鉛のように体が重くなったもんだが…あぁ、歩きまくったしな、石段キツ…。
途中で一回煙管を吸った。あぁこんな景色、あったような気がする。
何も変わらないけれど、変わるとしたら。
…考えてなかった。やはり今“必死で生きている”。
しかし、どうして重く感じるのだろう。ただ、挨拶し損ねてるというだけなのに。歳だ、そう。変に考えるな。
これが終わればまた政府に戻る。
考えれば「仕方なし」とまた数段登ると───。
賽銭箱の向こう、本堂の側に…尼さんが見える。
あれ?
ちょっと待て、曹洞宗、いくらなんでもそんなに自由じゃ…。
尼さんの側で歩く…あぁ、あれ、文のやり取りをしていた…確か“清生”さんだっけ、うわぁ、年数を感じるけど側にいるその尼さんって……。
「…南條…さん?でしょうか!?」
やっぱりか。
「…ト」
ん?
清生は一度その尼さんの方へ振り向く。
それに尼さんはふと目を伏せ、去るように見せ掛けるが、清生がこちらに来るのを見て去るのをやめたらしい。
立ち尽くしてしまった。
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